第37話 憎しみに蓋をして 幸せを選び取る

「っ、小蘭……っ」


 軒虎は蘭花を寝台に押し倒し、白くすんなりとした首筋に吸い付いた。


「んっ、んっ、ん……っ」


 軒虎に皮膚をついばまれるたびに、チリッとした甘やかな痛みを感じ、蘭花の息は上がっていく。


「っ……はぁ、きもちいい……軒……」


 赤い髪をかき混ぜながら言うと、軒は一番強く肌に吸い付いたあと、ガバっと上体を起こした。そして、荒々しく婚礼衣装を脱ぎ捨てていく。段々とあらわになる鍛え上げられた身体を眺めながら、蘭花は自分がとても興奮してきていることに気がついていた。


 ――早く。早く、軒に抱かれたい。


 あの筋骨隆々とした身体に触れたい。触れられたい。


 蘭花は息を荒くしながら、軒虎に両手を伸ばした。


「はやく……っ、早く抱きしめて、軒」


「小蘭……っ」


 軒は中衣を脱ぎ捨てると、ガバッと蘭花に抱きついてきた。――ああ、素肌で触れ合うことの、なんと気持ちいいことか。


 蘭花は恍惚としながら、軒虎の首に腕を回した。そのとき、


「――えっ?」


 軒虎の首筋と鎖骨の間に、梅の花に似た痣を見つけた。蘭花は、軒に身体を弄られながら、声も出せずにその痣を凝視した。やがて、なんの反応も示さない蘭花を訝しんだ軒虎が、上体を起こして蘭花の顔を覗き込んできた。


「――小蘭? どうした? 何をそんなに見つめて……」


 軒虎は、蘭花の視線の先を追いかけて、その正体が自身の痣であると知る。


「ああ、これか? 変わった形してるだろ?」


 蘭花はぼんやりと頷いて、その梅の花に似た痣をそっとなでてみた。


 「……もう痛くないの?」と言った、蘭花の頬に、軒虎は軽く口付けた。


「小蘭は優しいな。生まれつきの痣だから、痛かったり引き攣れたりはしない。……心配してくれて、ありがとうな。小蘭」


 そう言って、軒虎は再び蘭花への愛撫を開始した。


 敏感なところを触られ、弄られ、吸い付かれる度に、蘭花の口から甘い吐息が漏れた、軒虎は愛撫の合間に、必ず、蘭花の口吸いを求めてくる。蘭花は快楽の波に飲まれそうになりながら、一時も、軒虎の痣から目を逸らさなかった。








 ――そうして、初夜の全てが滞りなく終わった時。


 蘭花は静かに眠る軒虎をまたいで、煌々と燃える蝋燭の芯を、芯切り鋏で切り落としてまわった。


「――火が揺れてる……芯を切ったのか?」


 事後の色気を隠すこともせず、軒虎が気だるげに問うてきた。


「うん。……初夜の火を守ることが出来たら、ずっと夫婦でいられるっていう、民間のおまじない」


 そう答えて、蘭花はまた一つ、蝋燭の芯を切る。その様子を黙って眺めていた軒虎が、寝台から身体を起こした。


「へぇ……それじゃあ俺も、初夜の火を守らなきゃな」


 言って、軒虎は芯切り鋏を蘭花から受け取り、パチンと蝋燭の芯を切った。


 芯を無くした炎が、頼りなげにゆらゆらと揺れる。


「……これで二人は、ずっと一緒だ」


「うん、そうよ。ずぅーっと、一緒」


 眠気を我慢して、揺れる火を幸せそうに眺めている軒虎に、蘭花は「ねぇ、軒」と問いかけた。


 「ん?」と、優しい声音が返ってくる。


 蘭花は自分の希望が通ることを確信して、口を開いた。


「その痣の上に、蝋梅の入れ墨を入れてみない? 私とおそろいにして、ねっ?」


 蘭花は甘えるように、自ら軒虎の腕の中に収まった。


「急にどうした?」


 耳元で低い声に囁かれ、暴かれたばかりの火照った身体が反応する。蘭花はそれに気づかない振りをして、逆行前の話を夢として聞かせた。


「……私、赤い梅の花が苦手なの。夢の中で、梅の痣を持った男の人がお母様を斬り殺してから……ずっと」


 蘭花がふるりと肩を震わせると、逞しい腕が、蘭花を守るように抱きしめる力を強くした。


「……そんな恐ろしい夢を、今でも見るのか?」


 蘭花はふるふると首を左右に降った。


「最近は減っていたけど、その痣を見る度に、悪夢に魘されそうで……」


 蘭花が声を震わせると、軒虎はこくりと首肯した。


「――分かった。小蘭が望むことならなんでもしよう。……ただ、小蘭の綺麗な肌に入れ墨を入れるのは……かなり、抵抗があるが」


 蘭花は身を翻して、筋骨隆々とした軒虎の胸板に、自分の頬を擦り寄せた。


「お願いよ、軒。軒が背負うものを、私も一緒に背負いたいの」


 蘭花の意味深な言葉に、軒虎はハハッと笑みを浮かべる。


「『背負う』だなんて、入れ墨一つで大げさだな」


 言って、キセルの吸い口で頭を掻いた軒虎に、蘭花は潤んだ瞳で懇願した。


「軒。私のお願いを聞いてくれる?」


「ああ、わかった。任せておけ。さっそく彫師を呼んで、絵柄を決めよう。……どうだ? これで安心して眠れそうか? 俺の愛しい小蘭」


 ようやく、ホッとした表情を浮かべた蘭花は、思い出したように揺れる蝋燭の火を見遣った。


「ええ。……でも、火を守らなくちゃ、」


「それは俺が見ておくから。アンタはもう少し寝ていろ、小蘭」


 言って、軒虎は蘭花を横抱きにすると、優しく丁寧に布団の上に横たわらせた。その後も、甲斐甲斐しく蘭花の世話をやく軒虎に、蘭花の鼓動がドクンドクンと高鳴る。


「……ありがとう、軒。愛しているわ」


「俺も愛してる。小蘭」


 言って、二人は触れるだけの口づけを交わしたのだった。







 ――お母様。あなたの敵である白軒虎と幸せになりたいと願う私を許して。


「……私は、犯人を捕まえるために時を遡って来たんじゃない。運命の人と、今度こそ結ばれるために戻ってきたのだわ」


 蘭花は一人囁いて、蝋梅と煙草の香りに包まれながら、夢の世界へと旅立ったのだった。



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