神様は大学生(6)

「夕凪様、端的に申し上げます。神様になっていただけないでしょうか?」

「か、神様だって?」


思わず、お手本のようなリアクションをする。風間はこの僕に、神になってほしいと確かに言った。冗談ではなく本気で言っているようで、表情を見てもかなり強い気概が伝わってくる。凄まじい変動をするIQを、再びなんとか引き戻して風間の話を聞く。


「はい、神様です。まごうことなき。」


風間は間髪入れずに言う。


「夕凪様、八百万の神、の考えはご存じでしょうか。」

「ああ…えっと、なんか、すべてのものにいろんな神が宿っている、っていう考え…でしたっけ。」

「仰る通りです。日本では、自然や身近なもの、ありとあらゆるものにそれぞれ神様が存在している、一種のアニミズム的な信仰が昔から言い伝えられており、それがまさに夕凪様もご存じの、八百万の神の考えとなります。」


風間はテーブルのお茶を少し飲み、話を続ける。


「八百万の神の考えは大変的を射ております。天界でも、日本はそれと殆ど同じ仕組みによって統治されているのです。」

「神様が沢山いるってこと、ですか。」

「ええ。先程、天界は地球を統治する役割を担っている、とご説明致しました。ここ日本では、『八百万の神システム』というものがそれに該当します。」

「ま、全く同じなんですね。地球で流通している言葉と、一言一句違わずに。」

「はい、偶然とは思えませんが…それは一旦置いておきまして。今現在も、ありとあらゆるものには天界からそれらを統治する神が配属されており、その神たちによって地球の平穏は守られているのです。」

「な、なるほど…?」


風間はテーブルのお茶を全て飲み、話を続ける。だんだん饒舌になってきている。


「統治、というとなにやら支配的な印象を持つかも知れませんが、実際にやっていることは、そのイメージとは全く異なります。近年、この「統治」、という言葉遣いが天界でも問題になっておりまして。もう少しマイルドな言い方ができないものか、と度々話題になっており、ワイドショーでもよく取り上げられております。」

「は、はあ。」

「コンプライアンス上の問題、とでもいうのでしょうかね。昔は、地球のことを下界、と呼んでいたのですが、それも差別的な発言ではないかと取り沙汰された時期がございまして。今は「地球」、と呼ぶのが一般的になっています。」

「な、なんだかそのコンプライアンス遵守の考えは、現代の日本と同じ感じがしますね。」

「はい、夕凪様の住む地球と、基本はなんら変わりません。あ、気分を悪くされたら申し訳ありません。今や天界には、地球に対し差別的な扱いをする人なんてまずいませんから。昔はいたみたいですが…」


天界にもワイドショーがあるんですか、という質問をするタイミングは完全に逃してしまった。


「あ、すみません。話が逸れてしまいました。私も地球に直接来たのは初めてなもので、少し楽しくなってしまって。」


やや赤面しながら、風間は恥ずかしそうに言った。ちょっとこの天使可愛すぎるかも知れない。いや、天使じゃなくて神様なのか?天使と神様ってなにか違いがあるのだろうか。て、いやいや、なに言ってるんだ僕。僕には鏡子さんという心に決めた人が。


「話を戻しますね。ええと、ありとあらゆるものには、天界からそれらを治める神が配属されている、という話までしました…よね。」


風間はすぐさまキリッとした表情になり、背筋を伸ばして話を続けた。僕も思わず背骨が伸びる。


「治めている、というのは、森羅万象のものに宿るエネルギーのことを指します。」

「エネルギー、ですか。」

「はい、ただ、物理的なエネルギーではなく…なんといいますか、一般的な地球の方には観測できない特別なもので、天界だけが観測できるエネルギーでして。」

「それを治める必要があるんですか。」

「天界の我々がそれを管理しなければ、エネルギーは瞬く間に発散してしまいます。簡単に言えば、存在が消滅してしまいます。」

「き、消えてしまうんですか。」

「跡形もなく。あらゆるものがそこに形として存在できているのは、それぞれに内包されているエネルギーを、天界が発散しないよう抑制しているからなのです。今、この瞬間もそうです。」


なにやらよくわからないが、天界の人材によって、いや、神材によって、僕たちの身の回りのものが、そこにあるものとして存在できている、ということなのだろうか。だとすると__


「なんとなくはわかりましたが…それが僕が神になることとどのような関係があるのですか。」

「はい、それについてなのですが。」


そういうや否や、風間は神妙な顔になった。


「エネルギーを抑制できる者は、実は天界でも一握りなのです。それらを、私たちは『神様』、と呼びます。」


神様。神様とはそんな存在だったのか。


「最近、そんな神様の数がどんどん不足しているのです。このままでは、地球を治めきれなくなり、あらゆるものが発散する未来、つまり、八百万の神システムの崩壊が危惧されております。」

「そ、それは…た、大変なこと、なんですよね、多分。」

「ええ、天界においては大問題です。そこで、夕凪様。」


風間は僕を強い目力で見つめて言う。そんなに見つめられると緊張する。


「地球の方々にも、神様と同じ業務を委託する極秘のプロジェクトが発足しました。」

「ぼ、僕が、それをやるということですか…?」

「ええ、夕凪様。」


「あなたには神様になれる資格があります。どうか、我々に夕凪様の力をお貸し下さい。」


このとき、風間の体が再び神秘的に光っていたような気がしたが、それは単に僕が疲れてきているからだったと思う。

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神様は大学生 トンケル @Tonkeru

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