神様は大学生(5)

晴天の霹靂。今日もいつも通りの1日が始まる予定だったが、その思惑は玄関先の風間と名乗る人物によって大きく狂わされてしまった。


「あの……だ、大丈夫ですか?」


僕があまりにも唖然としていたため、風間が心配そうに尋ねる。よく見たらなんか体の周りが神秘的に光ってやしないか。あまりの衝撃的な出来事に対して大暴落したIQをなんとか引き戻して答える。


「え、えーーっと、」

「その翼、しまうことってできますか?」


自分でも何を言ってるのかよくわからなかったが、現状ではこれが精一杯の返事だった。誰かに見られたらややこしいことになる、そう思ったからだ。とはいえ、このアパートに人なんて殆どいないのだが。


「え、ああ、すみません、そうですよね、すぐにしまいますね。」


そういうと、風間の両翼は変形し、縮み込むように背中への収納が始まった。てっきり鳥のような感じを想像していたが、これではまるでロボットアニメである。思わず見入ってしまう。


「びっくりさせてしまってすみません。こうでもしないと、信用していただけないと思って....んっ....」


風間は体をさすりながら、翼を背中へ押し込む。その時の動作があまりにもセクシーだったのだが、罰当たりすぎるのですぐ脳から抹消した。相手は天界から来たのだぞ。とはいえ見入ってしまう。


この時、自分が既に風間を天界からきた者と認識しきっていることには、我ながら驚いた。精巧なドッキリかもしれないし、悪質なイタズラかもしれない。そもそも天界なんてものが存在するのかどうかも怪しい。そんな懐疑的な思いは、自分の中で存在はしている。しかし、それと同時に心のどこかで、自分は今、超次元的な現象に対峙しており、風間は本物の天界出身の者であると確信めいた何かがあった。あまりにも主観的で申し訳ないのだが。この後、僕は風間から天界に関するあれこれを聞くことになるのだが、やけにそれが冷静に聞けたのも、超常現象に対する自己認識フェーズを匠の技の如く素早く終わらせることができたからだと思う。鏡子さんへの恋心の認識をすぐ終えたのとまったく同じだ。いや、それとは訳が全然違うぞ。落ち着け、僕。


「よ...すみません、終わりました。」


そうこう考えているうちに風間の翼はしまわれていた。玄関を開けたときに観測した、絵に描いたように広がる翼を携えた天使の面影は全くない。その翼は背中へ溶け込むように一体化しているらしいのか、見た目だけでは完全に人間と分別がつかない。体の周りが神秘的に光っていたような気がしたが、あれも気のせいだったのか。よく見たらスーツを着ているぞ。非常に似合ってる。


「それで、夕凪様にお話がございまして。少しお時間の方よろしいでしょうか?」


風間はすぐ終わるから、と言っていたが、どう考えてもすぐ終わるわけがないと思ったので、家に上がってもらうことにした。まさか初めて自室に招待する異性がこの方になるとは。このとき、僕の脳内には、10時までに研究室に行かなければいけないことなんぞ微塵とも残っていなかった。サボる理由ができてラッキーとは少し思ったが、その理由が天使に会っていたから、というものなら、いよいよ頭がおかしくなったと思われるのがオチであるため、何らかの言い訳は考えておかねばならない。


「粗茶ですが。」

「あ、すみません、本当にお構いなく。」


先程まで朝餉を食べていたローテーブルの前に、風間は姿勢良く座っている。やはり、翼がないとごくごく普通のビジネスウーマンにしか見えない。


「まず、急な来訪にも関わらずお時間をいただき誠にありがとうございます。本来であれば事前にご連絡を差し上げるべきではあるのですが…いかんせん急な用件なものでして。」

「あ、ああ、いえいえ。」

「インターホンを鳴らした際も、お届け物です、とお伝えしたあまりに、宅急便と誤解を招いたようで…申し訳ありません。確かにお届け物はあるのですが…」

「あ、いえいえ、ほんと、お気になさらず。」


礼儀が正しすぎる。


「私、天界の統治部から参りました、風間恵(かざまめぐみ)と申します。」


統治部ってことは、他の部署とかもあるんですか?天界の人間も我々みたく苗字と名前がついてるんですか?ていうかここまでどうやってきたんですか?天界ってどこにあるんですか?そもそも天界ってなんですか?


溢れ出てくる疑問の数々をなんとか押さえ込み、とりあえず風間の話に集中する。超常現象に対する受け入れが済んでいるおかけが、IQは下がるどころか、かえって頭が冴えているまである。


「地球に住まわれている夕凪様には馴染みのない概念かと思われますが、実は天界というのがこの世には存在しておりまして。私はそこから参りました。」

「えーっと、て、天国みたいな存在、ということでしょうか。」

「イメージとしてはそれに近いですね。ただ、地球で蔓延する天国のイメージとは異なり、天界も地球みたく、社会が形成されております。」

「……といいますと……」

「その辺の説明を詳しくすると日が暮れてしまうのですが___そうですね、端的に申し上げますと、」


風間はジェスチャーを交えつつ、こう説明した。


「まず、地球が存在しております。地球では、いろいろな国や人が存在しており、それぞれがコミュニティを形成して、社会活動を行っています。」

「はあ……」

「ここで、その地球をコピーアンドペーストして、もう一つ生成します。これが天界です。」

「は、はあ……」

「天界と地球の共通点として、天界も地球と同じくいろいろな国や人が存在しており、それぞれが社会活動をしています。パラレルワールド、と言うとわかりやすいかもしれません。

「ず、随分現実的な存在なんですね、天界って。」

「はい、夕凪様の地球となんら変わりありません。ただ、天界は地球と大きな相違点がございます。」


そういうと風間は指を上げ、


「一つ目は、地球から天界は見えません。一方で、天界から地球は観測できます。」

「二つ目は、天界は地球を統治する役割を担っています。これは、一部の限られた人材により行われています。」

「……な、なるほど……?」


先程、頭が冴えているだのなんだの述べたが、あれは真っ赤な嘘であった。まるで大学講義の終盤によく味わう、教授の難解な呪文詠唱を聴くような気分で風間の説明を聞く。


「今回お尋ねしたのは、二つ目に述べた、天界が地球を統治していることに関する要件です。」

「現状、日本は八百万の神システム、というもので統治されているのですが、近年、このシステムの崩壊が危惧されております。」

「そこで今回、地球の日本国民の方に、試験的に統治を委託してみるプロジェクトが発足しました。」


何一つ訳がわからない。


「夕凪様、端的に申し上げます。」


何一つ訳がわからない。


「神様になっていただけないでしょうか?」


神か。かっこいいな、神って。

既に僕のIQは下限に達していた。

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