第22話 これからは

「何かするか?」

 

 日曜日の午後、夏紀の部屋には静音が来ていた。

 遊ぶ約束をした結果、遊び場所が夏紀の家になったからだ。

 

 部屋に二人きり、そう考えると胸の鼓動が速くなってしまう。

 昔はよくこうして遊んでいたのだしあまりドキドキする必要はない。

 しかし前に静音の部屋であったことを思い出すと胸がおかしくなってしまう。


 両親は今いないが隣の部屋に妹はいる訳なので理性は今まで以上に働いている。

 とはいえそれでも抑えられない気持ちもあるのだ。

 

「んー、テレビゲームとか一緒にやりたい」

「テレビゲームか......最近発売されたゲームは買ってないな。元からあるやつだけだ......妹から借りてくるか。どういう系にする?」

「マルチプレイの面白いやつで」

「わかった、借りてくる」


 夏紀はそう言って立ち上がって妹の部屋に行く。

 入るとすぐに「お盛んですねえ」と久々に女子が来たからか揶揄ってくる妹にデコピンをしてゲームを借りた。


「何個か借りてきたけど......どれやる?」

「あ、これ新しいやつじゃん。これやりたい」


 静音が選んだゲームは二人でクリアを目指す謎解きもので意外と難しいゲームだ。

 

 そうしてしばらくゲームをプレイしていく。

 最初は簡単だが後々から問われるプレイスキルも謎も難しくなっていく。


「夏紀、操作下手じゃない? ここおいでよ」

「そんなことは......あ、落ちた」

「私やっていい?」

「ん、どうぞ」

「えっとね、ここをこうして......んー、本当だ、なんで私一回で成功したんだろう。もうちょっとやらせて」


 気づけばいつのまにか静音との距離が近くなっていた。

 どちらかが動けば体が触れてしまう距離。

 鼻で呼吸するたびに静音の良い匂いがしてしまう。


 そして静音がゲームに集中しようと姿勢を直して前のめりになった時、お互いの足が触れる距離になった。

 一瞬であればよかったがずっと触れ合っている。


 静音は気にしていないのだろうかと見てみればゲームに真剣に取り組んでいた。


 (気にしてないなら......いいか)


「はい、夏紀、できたよ」

「ん、ありがとう」


 静音にコントローラーを渡され、夏紀はコントローラーを操作する。

 しかし未だ当たっている足のせいで集中できない。


「あの......足当たってる」

「え? あ、ご、ごめん......」


 静音はそう言って夏紀から少し離れた。

 本当に気づいていなかったらしい。


 言わなくてもよかったかもなと思いつつ、静音の方を見る。

 すると静音は頬を赤くして右手で顔を覆っていた。


 (ていうか俺からさらっと離れればよかったのに離れなかったって......不純だな、俺)


 後悔と煩悩を打ち消し、ゲームに集中する。


 そうして集中してやっていると気づけば三時間以上も時間が経っていて、すでに外は空が赤くなっていた。

 なぜ好きな人と過ごす楽しい時間はこうも早く終わってしまうのだろう。


「やったー、二章クリア」

「まだやるか?」

「ううん、時間も時間だしそろそろやめよ」

「それもそうだな」


 夏紀はゲームの電源を落とす。

 そして床に手をついて深く息を吐いた。


「何か疲れた。最後の方だいぶ難しかったな」

「だね、攻略サイトというチートに頼らなきゃいけなかったのは悔しい」

「......なあ、静音、コンビニでも行かないか?」

「あ、いいよ、アイス買いたい......ていうか今何時?」

「五時過ぎだな」

「じゃあ荷物持っていこうかな。そのまま家帰るね」


 ゲーム後、コンビニに行くことに決めると二人は外へ出た。

 外はカラスがよく鳴いており、玄関を開けて右から差す夕陽が眩しかった。


「アイス何買おっかな」

「昨日今から行くコンビニに行った時、見たことない商品あったぞ。多分新作」

「本当? どんなやつ?」

「チョコの高そうなやつ」

「あー、チョコか......今日ソーダの気分なんだよね」


 そんな会話をしながら夕焼けの下、歩いていく。

 いつも二人で並んで歩いているというのに何故今日は静音がこうも可愛らしく見えるのだろうか。


 日に日に静音への想いが増している気がする。

 

 夏紀は静音より身長が高いので、静音が夏紀を見る時は少し見上げなければならない。

 その何気ない仕草でさえ、近頃は心を動かされている。


「ねえねえ、私たちって他の人から見たらカップルに見えるのかな」


 ふと、静音はそんなことを言い出した。

 そして前にいるカップルを指差す。


「急にどうした?」

「私たちって普通に友達だけどさ、二人でいること多いし他の人から見たらカップルに見えるのかなって」

「たしかに、でもあんな風に手繋いでないしギリ見えないんじゃないか?」

「じゃあ手繋ぐ?」

「......そうするか」


 夏紀は静音の冗談に近い提案に乗り、静音の手を握った。

 

 いつもならしないこと、しかし今日の夏紀は少しおかしくなっていた。

 

 気持ちを表に出すことを避けて、好きバレしないように自然を装っていた。

 誰しも猫を被っていると人間不信になった人間が、恋で猫をさらに被るようになるなんておかしな話ではある。


 けれどそんな装いも日に日に緩くなってしまっている。


「え、えっと、冗談で言ったつもりなんだけど?」


 もちろん静音の反応は困惑だった。

 

 何をしているんだと夏紀はハッとして手を離そうとする。

 しかしそんな夏紀の手を静音は握り返した。


「嫌じゃないのか?」

「びっくりしたけど誰も嫌なんて言ってないよ......ふふ、これもいいかもね」

「......そういうのは卑怯だ」

「卑怯?」

「何でもない」


 友達に対するただの揶揄いなのか、匂わせなのか。

 間違いなく前者だろうが後者の可能性も信じてしまうのはもう仕方がない。


「静音は......好きな人とかいるのか?」

「......うん、隣にいるよ」

「冗談......だよな?」

「......もちろん冗談」

「で、本当は?」

「教えなーい。アイス奢ってくれたら教えてあげてもいいよ?」

「なら、買おうかな」

「ハーゲンダッツの箱のやつ」

「やっぱり大丈夫だ」


 静音は真剣な表情でタチの悪い冗談を言ってくるので余計に心臓に迷惑だ。

 

 (......ハーゲンダッツの箱を買うくらいで静音の好きな人を知れるなら買ってもいいかもしれないな)


 そんなことを考えつつ、コンビニに入る。

 コンビニに入ると、二人とも同じソーダアイスを買って外に出た。


 そして近くの公園のベンチに行ってそこに座る。


「そういえば夏紀って好きな人いるの?」


 アイスの袋を開けた時、静音はそんなことを聞いてきた。

 回答の仕方に悩まされる質問だというのに、静音は両足をぶらぶらと動かしながら正面を見ている。

 

「いる......な。好きな人」

「え、本当に?」

「ああ、隣にいる」

「......タチの悪い冗談だなあ。私の回答パクらないでよ」


 静音はアイスを食べる手を止めてジト目でこちらを見ている。

 

 冗談と思われても仕方のない回答だが冗談ではない。

 そんなことを言えるわけないので夏紀は黙る。

 

 アイスを食べ終わるまでの間、しばらくは沈黙が続いた。


「静音、一緒にゴミ捨ててこようか?」

「本当? ありがと」

 

 そしてアイスも食べ終わり、公園のゴミ捨てにそれを捨てに行く。

 

 (冗談じゃなくて本当だと言える日が来たらいいんだけどな)


「ありがと、捨てに行ってくれて」

「どういたしまして」

「......ちなみにさっきの話だけど好きな人いないの? 冗談抜きで」


 静音はニコニコとしながら興味を持った様子で聞いてくる。

 どうしても夏紀の好きな人が気になるらしい。


 夏紀はこのままいないと言ってはぐらかすつもりだった。

 ただ、夏紀が言葉を発する直前のことだった。


 静音は頬を赤くしながら、目を逸らし、髪を耳にかけた。

 

 何度も何度も静音の何気ない動作に胸をおかしくさせられてしまう。

 

 静音の何気ない動作、何気ない言葉、何気ない表情。


 もう静音のことがどうしようもないくらい好きなのだと夏紀は気づいた。

 そしてその気持ちはもう抑えられないものになった。


「冗談も何も、さっきのことは本当だ」

「......え?」

「今、隣にいる人が好きだ」


 ただ、言葉を発してやっと自分の言葉の重さに気づいた。

 間違いなくここでいう言葉ではない。


「それ......本当?」

「......また明日改めて言わせてくれ。返事は、まだしないでほしい」


 夏紀はそう言ってベンチから立ち上がった。

 

 戻れることなら数秒前に戻りたい。

 先ほどの言葉を撤回したい。


 ただ、自分の気持ちを吐き出したせいか不思議と心は冷静だった。


 (明日......心の準備しとかないとな。振られる方が可能性が高いんだ)


「じゃあ暗くなる前に帰らないか? 家まで送ってく」


 夏紀は静音を送っていこうとした時、静音はそれを引き止めた。

 

 そして勢いよく抱きつかれた。

 

 いきなりのことだったので夏紀はあまり状況が読み込めなかった。

 当の静音は顔を上げようとせず、夏紀の胸に顔を埋めている。

 

「......静音?」

「言いたいことあるんでしょ? なら今がいい......今じゃ、ダメですか......?」


 静音の声は震えていた。

 しかし夏紀を抱きしめる力は強かった。


 もう静音のことがどうしようもないくらい好きだ。

 想いを伝えれば間違いなく関係性は変化する。


 本音をいえば少し怖い。

 ただ、静音とならそれも含めて乗り越えられるだろうなと思えた。

 

 夏紀は深く呼吸をして、言った。


「静音のことが好きだ。俺と付き合って欲しい」

「っ......はい、よろしく......お願いします!」


 静音は顔をあげて、目を潤ませながら満面の笑みを浮かべた。

 

 それからしばらくの間、夏紀は静音と抱きしめあった。


 気づいた頃にはあたりは真っ暗になっていて、カラスも鳴いていなかった。


「そろそろ帰るか?」

「うん、帰ろ......今、私とっても幸せ。成功すると思ってなかった」

「俺も成功するとは思ってなかった。いつから好きだったんだ?」

「高一の初めから私はずっと夏紀が好きだったよ」

「......まじか、ごめん、気づかなかった」

「ううん、今こうして恋が叶ったからいいの。ずっと想い続けてよかった」


 夏紀と静音はそんな会話をしながら帰り道を歩いていく。

 

 そんな二人の笑顔は二人が帰るまでの間、絶えることはなかった。


 ***


「夏紀、どうしたの? ボーッとして」


 告白した次の日の朝、夏紀は静音と学校までの道を歩いていた。

 ただ、あんまり付き合ったという実感が湧かない。

 

 恋について悩んでいたことが嘘のようにすべて無くなってしまった。

 そしてこうして静音の隣に立てている。


「いや、なんか付き合った実感湧かないなって」

「ふふ、私も。お互いの好きバレしたところで小さいからの関係は変わらないよね」

「......それもそうだな」


 たしかに静音の彼氏になったからと言ってすぐに変わる訳でもない。

 むしろこれからが大切なのだ。


「ねえ、夏紀、手繋ご」

「ん、いいけど......ちょっと恥ずかしくないか?」

「いいじゃん、昨日も手繋いだし」


 静音はそう言って夏紀の手を取った。

 

 胸がドキッとした訳だが昨日とは違うドキドキ。

 幸せのような感情が入っている。


 付き合ったといえどこれからもまた悩み、葛藤していかなければならないだろう。

 

「夏紀」

「ん、どうした?」

「なんでもない、呼んだだけ」

「はは、なんだよ、それ」


 しかし静音と一緒なら乗り越えられる、そんな気がした。


 

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高校に入って突如冷たくなった幼馴染が痴漢されていたので助けた結果、次の日から幼馴染の様子がおかしくなった テル @tubakirou

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