女子寮の管理人になった俺だが、住人がクセの強い女性クリエイターだらけだった件

橘まさと

第1話 人生の転機は不意にやってくる

■2024年3月末

 

「いち、じゅう、ひゃく、せん……」

 

 俺——西成 優(にしなり すぐる)——は自分の貯金通帳を眺めては悩んでいた。

 何回数えても、大学に通うための目標金額に100万円程足りない。

 狭い部屋の中で布団に寝転ぶと、下の定食屋から働く両親や客の声が聞こえてきていた。

 夕方から日付変更くらいまで営業しているちょっと変わった定食屋『誰彼たそがれ食堂』が俺の家である。

 駅から徒歩5分という立地にもかかわらず、客足は少なく貧乏だ。

 近年、安い居酒屋チェーン店が駅前にたくさんできたのが理由であるが、そんなことはどうでもいい。


「金がない……こんな生活から早く脱出したいのに……」


 不安定な定食屋が嫌いな訳ではないが、俺が理想としているのはかっこよく稼ぐ仕事だ。

 そう、俺の憧れでもあるあの人の……。


——トゥルルル


 スマホの着信音がなって、表示された名前は今、思い描いていた親戚のお姉さんで弁護士の蒼樹 御守(あおき みもり)だった。


「もしもし!」

『あ、ゆぅくん寝てた? 起こしちゃったかな?』


 俺が急いで電話に出ようとしたが、手が滑ったので電話にでるのに時間がかかってしまう。

 そんなことを心配してくれる優しい声色が心地よかった。


「そんなことないですよ」

『ん~……ねぇ、ゆぅくん。”おねーちゃん今日も頑張ったね、えらいえらい”って言ってくれる?』


 たまにだが、こんな変なことを言ってくるが喜んでくれるので俺は素直に答える。


「おねーちゃん今日も頑張ったね、えらいえらい」

『はうぁ! 元気出てきた! ありがとう、ゆぅくん』


 ちなみに俺は優しいと書いてスグルなのだが、御守さんはゆうくんと呼んでいた。

 それが特別な感じがするので、俺は御守さんを注意することはない。


「それでこんな時間に何の用ですか?」

『そうそう、おばさんから話を聞いてるけど、ゆぅくんは弁護士目指して勉強中ってことで、大学の費用は大丈夫なのかなって心配になってかけたんだ』

「またタイムリ―ですね……ちょうど、目標金額に足りなくて悩んでいたところです」

『じゃあ、よかった。4月からだけど、私がオーナーをしているマンションの管理人やらないかな? バイト代は月10万は出すよ。代わりにほぼ住み込みになるけど、ゆぅくんの高校には近いから学業に問題はないよ』

「そうなんですか! 10万は大きいですね」

『もちろん、結果次第ではボーナスも検討するし、なんとそのマンションは私の事務所もあるから入試の勉強も教えてあげる。どうかな?』


 御守さんから持ち掛けられた話はとっても魅力的だった。

 文句をいったら怒られるくらい魅力的だが、その分心配にもなる。


「ええっと、すぐには決められませんので春休みに一度、そのマンションへ伺ってもいいですか?」

『うんうん、大丈夫だよ。無理やり契約なんて弁護士に恥ずべき行為はしないよ。納得したらやってくれればいいからね』


 そういうと御守さんからメッセージアプリにマンションの住所が送られてきた。

 確かに駅から近いので電車で高校に通っている俺に問題はない。

 

 ……この時はそう思っていた。

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女子寮の管理人になった俺だが、住人がクセの強い女性クリエイターだらけだった件 橘まさと @masato_tachibana

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