エルフの財宝

燈夜(燈耶)

エルフの財宝


吹きすさぶ乾いた風が、緑の尾根を越えてマルギルの白い体と蜂蜜色の髪をなぶる。

彼女は淡い緑色の長衣を着た彼女は世界の終わりと呼ばれるカラル山の山頂に立っていた。

湿った風は山々の緑を癒し。

そんな木々を超えて届く乾いた風は、世界の終わりと言われる、大地に穿たれた巨大な亀裂、悪魔のアギトへと吸い込まれていく。


夜ではあるが、太陽の替りに二つの月が淡く大地を照らす。

空には黄色い月ルーナが西に沈み始め、中天には青い月カマルが煌々と岩と小石からなる非生産的な大地を照らしている。


「すごい景色ですね、ルインエレン(青い星)姉さま」

「でしょう、マルギル(黄色の星)」


二人の女性。

まだ幼さを残す、人間であれば年端も行かぬ風貌。

かといって、幼い子供でもない。

微妙な年齢であろう。

そして彼女たちだが、天空の神々に愛されたとしか思えない、比べようもなき美貌。

スラリとした姿態に、キリリとした精神の片りんを見せる整った美。

そう、淡い緑色の長衣に身を包んだ彼女らは姉妹。


森妖精。

そう、他の種族からは呼ばれるエルフの氏族の者たちである。


しかし、森の妖精たる彼女らはなぜこのような地に?

麓の森ではない。

ここは世界でも有数の山脈。

そう、山の上、そしてその頂上。

岩と、石ころだけが広がる山頂である。


「姉さま、この辺りに守護者様が?」

「ええ、マルギル。長老様が示されたのは、間違いなくこの座標です」

「しかし、聖なる衣とは? 死すべき定めの者たちの、気配すら感じぬこの荒野……」

「まあ、見なさい。あの窪みを」


ルインエレンの視線は誘導される。そして見たのだ。

彼女は二つのやや大きめの金属の箱を。

箱には、それぞれ意匠が彫ってある。


それは龍。青い箱。

もう一つは虎。黄色い箱。


「これは? 姉さま?」

「あったみたいですね、本当に。神話の武具が」

「でも、あれは伝説の?」

「我らの始祖が、正直だったということでしょう」

「では、これらは私たちの物?」

「ええ。ただ、長老様方は──」

「──?」


二人の足元が揺れた。

それは突然のことである。


瞬間、二つの箱の置いてある地面が爆ぜる。

そして二つの箱の蓋がガタガタと震えたかと思うと、それは大きく弾け跳ぶ。


「姉さま、この光!」

「落ち着きなさい、マルギル!」


箱から放たれたのは神々しい光。

それは七色の。真の銀の色。

内部から光を放ち始めたのだ!


すさまじい風、それは膨大な魔力を伴って。


そして最も恐るべきことは、その力が魔に起因するものではなく、聖なる圧力を持って迸ったということ。


やがて眩しい光が収まる。

そして見た。

長老様方の仰っていた、氏族に伝わる、神代の装備。


おそらく金属製の、青と黄に輝く鎧が一つづつ。


──そう、その鎧が宙に浮いている──いや、黒の人型の何者かがその鎧をまとっていたのだ。

それはもやで、肉体とは思えない。

おそらく霊的な──化け物の類。

つまり、この連中こそ守護者であろう。


「マルギル! フルパワー!!」


ルインエレンは叫ぶなり、マルギルに祝福を与える。

輝き始めたマルギルは、黄色の影に向かって拳を放つ。


「姉さま! 打撃を任せてもらえばこのマルギル、村一番の体術使い!」


と、ボゴゥ! と音を立てて黄色の鎧に挑む。

彼女の足元からすさまじい土煙。

マルギルが跳ぶ、その後で足元を踏みしめた時の音が鳴る。


夜の暗がりに黄金の輝きが煌めいた。

そして遅れて打撃音。

金属が、ありえないことに肉の打撃で裂けている。


──キィイイイイイイイイイン!


そんな音が、耳を撃つ。

それは黄色の影の骨を、いや、肉を切らせて鉄を断つ。


文字通り、そんな非常識なことをこのマルギルはやってのけた。

マルギルの手足は正に鋼鉄。

種を明かせばそれは、己の肉体を全身兵器に変える魔術の結果だ。


とはいえ、相手は遠く神代の鎧。

そうたやすくは落ちないはずである。

しかも、その鎧をまとうのは謎の霊体なのだ。


「はッ!」


マルギルは息を吐く。

そして、こぼれる息の色は白。


「金属は冷えると脆くなるってね」


そうなのだ。

万物は熱を加えると軟化する。

常識だ。

野菜も肉も、煮込めば煮込むだけ柔らかくなる。


ところがだ。

その逆はあまり知られていない。


全てのモノは、極限まで冷やせば脆くなる。

特に弾力を持つものなど、凍らせると容易にヒビが入り、割れるのだ。


黄色の鎧は、こじ開けられたヒビから、黒い煙を血のようにあふれださせる。


全てはマルギルの力。

しかし、敗れた黄色い金属は、そのマルギルの肌を裂き。

真っ赤な血が噴き出している。

そして彼女は姉を振り向いた。


「やったよ、姉さま!」

「大丈夫なの!? その怪我!」

「うん!」


と、マルギルは顔をしかめて。

確かにそうダメージを食らった感じではない。


「油断大敵!」


姉のルインエレンはマルギルに急接近、腕を伸ばして突き飛ばしつつ叫ぶ。


「え!?」


マルギルは目を見開いて振り返る。

姉に押され、バランスを崩して倒れた。

ルインエレンは見た。

マルギルの後ろで再び黄色に輝きだす壊れた鎧を。


それと、青く輝いていたもう一つの鎧も。


「精霊よ!」


ルインエレンは山の霊、吹きすさぶ風の霊に訴える。

大気が軋む、圧縮される。

そして鼻を曲げざる負えない悪臭とともに、青の電光がはじけ飛ぶ!


姉妹の目に見えるは雷光。

そして聞くは目を焼く稲光。


「お前が聖か邪など関係ない! 私たちの前に立ちふさがる霊を焼き尽くして!」


ルインエレンは印を切る。

途端に雷光は黄色と青色、二つの鎧を撃った。


バチバチと鳴る、いや。鳴り続ける恐ろしげな音。

そして何時までも止まぬ、二つの鎧を撃つ電光。


「姉さま!」

「任せて。精霊たちの相手はあなたより得意なこと、知ってるでしょ?」

「それは、確かに姉さまのこと、長老様方も褒めていて!」


二つの鎧は小刻みに震え、雷光に撃たれ続ける。

中身の黒い影、霊は赤く燃え始め。

そしてマルギルは逆に、姉ルインエレンの攻撃に手ごたえありと、その秀麗な顔に笑顔を浮かべ始める。


「マルギル、あなた止めを!」

「はい! 姉さま!」


と、マルギルは姉の号令に声を上げて応じ。

ゆるんだ顔を引き締めて、再び鎧どもに跳びかかる。


「霊よ、自然よ、祖霊たちよ」


と、マルギルは自然霊に祈りを捧げつつ。


「はぁあああああああ!」


と、拳と脚に白き輝きを再び宿らせて。


「食らえ!」


マルギルはまずは一体と、半壊している黄色の鎧に跳び蹴りを。

バキバキと脆くも砕ける黄色の板金に大穴を空け。

彼女の脚は鎧を前から後ろに貫いていた。


「こっちも!」


黄色の鎧を貫く脚。

彼女は足先を地面に突き刺したつま先を軸に。

すかさず彼女は回転蹴りを、今だ火花を飛ばす青い鎧の胸当てへと食らわせる。


マルギルの脚が、青い鎧に接触した瞬間。


──スパーク!


青い鎧は内部の黒い霊とともに、赤く爆発して吹き飛んだ。

鎧の隙間から炎が上がる。

黒い霊が燃えているのだ!


そして、オオオ、オオオ……と霊の叫びが耳を撃ちつつ大気に融け始め。

どさりと二つの鎧は地に落ちる。

と、黒い霊は消えてゆく。


そう、残すは主の消えた二つの鎧があるだけ。

それを見て、ルインエレンは笑みをたたえて。


「やったわね、マルギル」


妹は笑顔。


「ええ、姉さま」


と、煤にまみれて二人の姉妹は戦いの構えをといたのだ。








「で、姉さま、姉さまが青の鎧を?」


 と、黄色の全身鎧をまとった妹が言う。

 マルギル。

 彼女は虎の文様があしらわれた黄色の鎧を装着していた。

 まるで彼女のためにあしらったよう。

 そんなバカなことがあるのかと、思うがこれも神代の武具。

 着用者の体格に合わせてピタリとその全身を覆い、確かな防御力を期待させていた。


 で、もう一方の青い鎧。

 こちらは竜の文様があしらわれた鎧。

 ルインエレンが装着している。

 これも全身を覆う鎧である。

 体の線を、凛々しくも艶めかしく浮かび上がらせる。

 軽く、しかし強靭な耐久力を匂わせる鎧であった。


 「姉さま、これらの品物、確かに立派な鎧ですけど……」


マルギルの言わんとすることはわかる。

ルインエレンも感じているのだ。

そう、この鎧。


──体のラインをはっきりと浮かび上がらせ過ぎなのだ!

異姓に対するアピール?


魑魅魍魎や悪鬼の類に何か効果が?

いや、同族の男性や、愚かで下種の人間たちの雄相手には、油断を誘えるかもしれないが。


ルインエレンは飽きれる。

だが、そんな妙な考えを頭に浮かべると──変化が起こった。


ルインエレンは寒気を覚える。

風が、夜風が彼女の肌を優しく通り過ぎて行ったのだ。

肌? 全身鎧なのに?


と、思うルインエレン。

だが、その理由を一瞬で突き止める。


「な!? これ!!」


と叫び、彼女は見た。


「ね、姉さま!?」


と、マルギルも叫ぶ。


風が姉妹の間を過ぎてゆく。

優しい風が彼女らの肌をなぶる。

蜂蜜色の髪が、ぱっと広がり。


彼女らの肌を、冷たく優しく撫でてゆく。


鎧?

そう、何と一瞬で二人がまとう鎧が変形したのだ!


鎧は胸の二つの丘を優しく包み。

極限まで運動しやすいように腰回りを小さく覆い。

頭の兜は大きく顔を出して。

手甲と脛当てが、申し訳程度に手足の肌を覆い。


そう、水着、いや下着同然。

うん、そう。

俗にビキニアーマーと呼ばれる鎧と化していたのだ。


二人の姉妹はお互いを見て息をのむ。

そして、沈黙を破るように姉のルインエレンは裂帛の気合を込めて叫ぶ。


「あっのジジイども!」


ルインエレンは叫ぶ。

今までの涼やかな態度はここにはない。


「姉さま、私たちの鎧! これ! 何!? なんなのよ!!」


マルギルも、自らの体を覆う鎧の変化に叫んで。


「くっ、これが私たち姉妹に託された試練の本当の意味!?」


と吐き捨てて。


「道理でいつもはミイラみたいなジジイどもの目と声が笑っていたのよ! 今、初めて合点がいったわ!」

「姉さま、姉さまはこうなることを知らずに!?」

「あたりまえでしょう! あのエロジジイども!」


朝焼け空に、姉妹は怒り出す。


「何が村一番の美人姉妹よ!」

「何が村一番の戦士たちよ!」


ルインエレンとマルギルは罵詈雑言を吐き始め。


「「何が我が種族の誇り、そなたたちに神々の遺産を預けよう、よ!!」」


ハモった。

太陽が、姉妹の白い肌を輝かせ。

金属光沢をこれでもかと見せつけ始める黄色と青色の鎧の色も鮮やかに。

スラリとした美人姉妹の姿を、陽光が神々しくも照らし出す。


「たとえ歳が中年に差し掛かった男性だらけの村とはいえ、道理で男性にお声が掛からなかったわけだわ。若い男性、いないものね」

「ええ、姉さま。この屈辱はどうしましょう?」

「そうね……」


と、姉のルインエレンがその仕草も可愛らしく、小首をかしげ。

そのまま動かぬ姉を、マルギルはじっと見つめているのだった。








そして、二人は下山し始める。

森へ、里へと戻るのだ。

神器を受け取り、その報告を長老様方に。


……な、訳がない。


「姉さま、長老様へのお灸、何か考えが?」

「幸いこの鎧、動きに全く制限が掛からないもの。隙を見せたらその瞬間、関節技を決めてあげるつもり」

「得意の精霊術は?」

「お仕置きなのよ? 肉体への痛みこそ、その最たるものじゃなくって?」

「魔法のほうがスマートでは?」

「そうね、それも良いわね。この鎧のおかげで、魔法を使う時に補助してくれるようだし」

「さすが神器、と言ったところ?」

「そうね、でも、それよりも」

「え?」

「この格好よ、ビキニアーマー。この神器を作ったエロ神々の、嫌らしさと情けなさを今、超絶に感じているところよ」


怒りの声でルインエレン。

はあ、と半ば流されてマルギル。


「ともかく、直にグーパンじゃなかった、あの枯れ木連中は骨を折ってあげないと駄目よ」

「ええ?」

「長老たちに、一泡吹かせなきゃ気が収まらないってこと! 精霊術じゃ、長老様方には実力で敵わないでしょ? 半分精霊になっている相手なんだもの。こちらは若さで勝負しなきゃ」

「同感」


姉妹は高山植物の咲かせる奇麗な花の中、そんな花畑の中を駆け降りる。

目的地は自分たちが生まれ育った村だ。


その村の指導部、つまり老人たちに文句の一つでも浴びせるつもりなのである。


「ああ、せめてマントはないの? 恥ずかしいったりゃありゃしない」

「その前に、サソリやヘビ、そしてヒルが肌に付かないか心配で」

「そこは気合で」

「あ、ハイ、お姉さま」


と、村までの道のりで、軽口が復活し。


「でも姉さま、男どもは女の裸など見て嬉しいのでしょうか?」

「さあ? でも、人間は特に喜ぶって聞いたことはあるわ」

「エルフには?」

「さあ? 若いエルフの男はいないもの。男は長老たちばかり……そうか!」


ルインエレンは手を打った。


「そうか、そうなんだ、長老たちは自分たちがまだまだ現役だって知るために、私たち若い娘に嫌らしい格好をさせたのね!? 何が魔王退治に必要よ、ホントのところは全然そんな理由じゃないじゃない!」

「え!? それじゃ、長老様方は自分たちの楽しみのためだけに私たち姉妹を!?」

「そうね」


ルインエレンの声に、マルギルは飽きれた声を返す。


「うん、最長老と、長老様方を許すまじ」

「うん、姉さん、私も同感。長老様方たちに熱っついお灸を据えましょう」

「ええ!」


二人は掛ける。

生まれ育った森は、もうすぐそこだ。

体のあちこちが冷えてるが、全速で走っているので、むしろ気持ち良い。


だが、姉妹の心は決まっている。


自分たちに試練が待っているのは間違いない。

ただ、長老様方が自分たちの趣味を姉妹に押し付けてきたのが許せない。


「ね、許す気にはなれないでしょ?」

「ええ、姉さま」


そう。

何千年も生きてきた長老様方が、今自分たち姉妹がまとう神器の詳細を、その性能と姿を知らないわけがないのだ!


「さっそく帰ったら長老様方をボコるわよ?」

「はい、姉さま!」


姉妹は走る。

里へと走る。


そして岩や石ころか。

それを見かけたのは草木か花々か。

やがて毒沼を過ぎ、妖魔の目を避け戦闘を避け。

彼女らは小川を抜けて、泉を避けて。


そして、ある強い思いとともに、姉妹の絆をさらに強めてエルフの里へ、ひた走る。


──本当のところはわかっている。


長老様方はきっと正しい選択をした。

彼女ら姉妹が授かったこの鎧は、確かに間を打ち破るための神器であると。


だが、彼女らは許さない。


うん、滅べ。

そして砕け散れ、老害の糞ジジイども、と。

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