第4章 遠い都のその近辺


     1


 13時。

 適当に昼食を摂ってホテルに。

「鬼立さん、まだ連絡つかないの~?」岡田が言う。

 おかしい。

 荷物ごとない。

 帰った?

「そうゆう人?」岡田が言う。

「いや」

 急用ができて帰ったにしては慌ただしすぎる。

 それに鬼立の最優先事項は、俺の監視じゃないのか。

「荷物ないなら不慮のなんたらってことはなさそうよね~」岡田が言う。

 鬼立のことも気になるが、鵺を捕まえるのが先決だ。

 14時。

 捜査本部の会議に参加することになった。

 田中が最後列に座るように案内してくれた。

「三千原さんのためにもなんとかせえへんとですね」田中が言う。

 三千原が現場指揮を離れても、鬼立の口添えが利いている。

 会議の内容を要約すると。

 容疑者は厨府研太郎で間違いない。

 しかし居場所がつかめない。

 江縫瑛壱のメッセージにも反応しない。

 陣内探偵によって、厨府研太郎がなんらかのバイトに応募していたことがわかった。

 履歴書に犬らしき噛み痕が残っていた。

 伏見稲荷、清水寺、鴨川で目撃された鵺は確かに存在する。

 厨府研太郎の足取りを追いつつ、鵺は見つけ次第確保。

 会議が終わった後に田中から話しかけられた。「何かとっておきの情報を隠してへんでしょうか」

「協力はするが、俺は俺でやることがある」

「履歴書は誰から預からはったんですか」

「終わったら全部話す」

「先に教えてくれはったほうがありがたいんですけどね」

「任意だろ?」

「任意です。せやから余計に善意に甘えたいんですわ」

「わかった。降参だ」

 研究所の場所を教えた。

 ちょっとだけ座標をずらして。

「ご協力感謝します」田中が敬礼した。

「ウソつきの極意はちょっとだけホントを混ぜることってね」岡田が俺にしか聞こえない声で呟く。

 15時。

 警察が研究所に捜査に入るべき準備を始めた。

 今がチャンスかもしれない。

 ホテルに戻ってもう一度連絡する。

 つながらない。

 おかけになった電話番号は~というお決まりの嫌味なメッセージが流れる。

 まずい。

「どうする?」岡田が言う。

 手掛かりはまだある。

 江縫瑛壱の部屋を訪ねた。

「いつまでここにいりゃいいんすか~」江縫は相当退屈を持て余していた。

「今日は行かなかったんだな」そういえば。

 毎朝9時から警察署に出向くようになっていたはず。

「俺から搾れるもんなんもないってわかったからじゃない? だったらさっさと解放しろっての」

「面白い話をしてやれる」

 江縫が俺を見た。

 俺はソファの正面に座った。岡田はまたもドアの脇に立っている。

「お前のファンがやったことだ」

「そんなの俺に関係ないっすよ」

「俺は、お前の責任を問う立場にない。だから警察が伏せるであろう全部の事実を教えてやる」

 江縫瑛壱ことペンネーム・エヌヱの小説をもっと多くの人に呼んでほしかったのが動機。

 そのために厨府研太郎は、とある女の力を借りた。

 その女は、趣味でキメラを作っている。

 キメラというのは、人間と動物を切り貼りした新たな生き物だ。

 生体からキメラを創れないことは通説だが、女はそれを可能にした。

 獣でも魚でも鳥でも、なんでも思いのまま、人間と混ぜることができる。

 厨府研太郎は、小説通り4人の女を犠牲にするために、自らを差し出した。

 鵺の正体は、厨府研太郎だ。

「そんな、俺の話より面白いじゃないすか。ずるいっすよ」

「お前それ本気で言ってんのか」

「だってそうでしょ」江縫が身を乗り出す。眼がやや充血している。「鵺なんて。俺の名前じゃん。最高だよ」

「確かにお宅さんに責任はないかもしんない」岡田が言う。「でも実際3人亡くなってて、1人大ケガしてる」

「俺には関係ないっすわ。あーあ、こんなことならそのファン?と共同して書けばよかった。あ、そのネタもらってもいいすか。いまからリテイク版書きますわ」

「ふざけんじゃねえぞ、クズが」岡田が吐き捨てる。

 同意見だったが岡田が言ってくれたので幾分か溜飲が下がった。

 退室。

 16時。

 17時。

 18時。

 19時。

 20時。

 21時。

 22時。

 23時。

 0時。

 1時。

 2時。

 3時。

 4時。

 非通知の着信。

 5時。

 空は薄暗いが見えないほどじゃない。

 御所に行った。伝説上では鵺はここに何度も出現している。

 ハト。

 スズメ。

 名前のわからない鳥。

「ケーサツが海のほうに人員割いてるなら、俺らは俺らで自由にやれると思うんだよね」岡田が言う。内ポケットに手を入れながら。

「でもな、やっぱ市街地で銃声はヤバいだろ」

「ヤクザの抗争とか都合よく起こってくんないかな~」

「物騒だな」

 着信。

 非通知。

「あけずがいきてはった」

「言ったろ」

 岡田に目線で知らせる。

 厨府研太郎からだと。

「あけずがいきてはった」

「厨府?」

「あけずにゆうといて」

 あ

 してる

「ちーろちゃん!!」岡田が上空を指差す。

 明らかにハトでもスズメでもない鳥が飛んでいる。

 鳶のようなシルエットで旋回する。

 西のほうに飛んでいく。

「追うぞ」

 御所上空を通りすぎて、西側。

 二条公園の北まで来た。

 そこにあるのは、

 鵺池。

「岡田!」

「ちょっち遠い」

 電話はとっくに切れてる。

「下りてこい」叫んだ。

 旋回しながら僅かずつ高度を落としてきた。

 もう少し。

 あと少し。

「撃つよ」

「ああ」

 岡田が正確に頭部を撃ち抜いた。

 まだ落ちない。

 二発目。

 羽。

 三発目。

 もう片方の羽。

 落ちる。

 落ちる。

 池の中に。

 どぼんと。

 水飛沫を上げて。

 赤い血が池の水を侵食する。

 キジ=ハンに渡されていたどでかいクーラーボックスに押し込む。

 汚れた手は公園のトイレで洗った。

 誰にも見られていないはず。

 そう信じて、さっさと車で移動した。

 市内から100分。

 警察には大阪港だと教えたのでここは露見していないはず。

 6時。

 7時。

 研究所は撤収の準備をしていた。

 トラックの荷台にだいじな研究材料を詰め込んでいる。

「早かったわね」キジ=ハンは現場監督よろしく、駐車場脇でパイプ椅子に脚を組んで座っていた。

「ここでいいか」

 クーラーボックスがクソ重い。岡田と一緒に持っても滅茶苦茶重かった。

「大阪がにぎやかなことになってるのはちーろのせい?」

 岡田が反射的に構えようとしたがやめさせた。

 キジ=ハンの脇に、お気に入りの毛むくじゃらのキメラ(体長190センチ超え)がいる。

「そっちにもお仲間がいたのか」

「いないわけじゃないわ。でもありがと。お陰でここにはまだ気づいてないわ」

 魚のキメラがクーラーボックスを軽々と持ち上げて、トラックに載せた。

 獣みたいなキメラや、鳥みたいなキメラや、トカゲみたいなキメラや、その他大勢が荷造りをしている。

 地獄の参列でももっと心休まる。

「いい材料も手に入ったし、しばらく実家に戻るわ」キジ=ハンが言う。

「いい材料?」

「鵺よ、鵺。捕まえてくれたじゃない」

「死んでるんだが」

「そこからまた掛け合わせるんだから。死んでようがあまり関係ないわ」

 嫌な、

 予感が掠めた。

「ちーろ、あの子、バイト君のことだけど」

 あの子?

「鵺だろ」

「眼だけね。残りはほら、一昨日、そこのお友だちが撃っちゃったじゃない」

 岡田が嫌悪の表情をする。

 まさか。

「どっちだったかしら。オオカミちゃんだったか、コモドオオトカゲちゃんだったか。折檻してたら、ほら」

 嘘だ。

 じゃあ。

 あの電話は。

「これ?」キジ=ハンがケータイを見せる。「オオサンショウウオちゃんに渡してたけど。お話できてた?」

 オオサンショウウオ?

「ちーろを案内した子よ。水もらって喜んでたわよ」

 さっき鵺を運んで行ったのは。

 まずい。

「魚のやつ! どこだ」

 いない。

 突然小型トラックが動き出し、研究所に向かって走って行く。

 気のせいでなければスピードが上がっている。

 このままじゃ。

「ねえ、ちょっと」キジ=ハンがお気に入りのキメラを向かわせたが間に合うわけもなく。

 トラックが研究所に突っ込んだ。

「やばい。離れて。みんな、離れなさい」キジ=ハンが叫ぶが、キメラに届く声は少なく。

 あっという間に炎に呑まれる。

「ちーろちゃん、危ない」岡田が体当たりして腕を引っ張る。

 爆発に巻き込まれるところだった。

「ちょっと。ちょっとちょっとちょっと。ちーろ、どうしてくれるのよ」キジ=ハンが俺の腕を反対側から引っ張った。

「俺のせいじゃない」

「オオサンショウウオちゃんの頭にあのバイトくんの脳を入れてたのよ。やっぱ分割させたら駄目ね」

 燃える。

 燃える燃える。

 めらめら燃える。きめらが燃える。

 エヌヱの小説のタイトルどおりになってしまった。

 これがやりたかったのかもしれない。

 これを俺たちに見せたかったのかもしれない。

 爆発音のお陰で、消防車が近づいてきた。

 逃げるか。












     2


 昼前には京都市内に戻れた。

 昼過ぎまで仮眠をとった。

 岡田もホテルのソファで眠った。(鬼立のベッドを使わないように無意味に気を遣っていた)

 龍華は無事に帰宅したようだった。律儀に置手紙を残して。

 15時。

 コンビニで適当に腹を満たして、警察署に顔を出した。

 田中が俺たちを待ちかまえていた。

 応接室。

「言いたいことあるんやけどわからはりますか」声音が静かに沸騰していた。

「逃がしたのか」

「ほんまのこと言いたなりませんか。罪滅ぼしやと思うて」

「ねえな。滅ぼす罪がない」

「まあ、おいおい明らかになりますでしょう」田中が敬礼する。「ご協力ありがとうございました」

 協力しないなら帰れということだ。

 鵺も見つけられず。

 厨府も捕まえられず。

 3名死亡、1名重傷。

 京都府警としては散々な結果だろう。

「終わったね~」岡田が警察署を出てからようやく喋った。

 曇り。

 雨が降りそうな黒い雲が西側の空を占拠している。

「楽しかった~ってゆったら不謹慎だけど、楽しかった~~。ありがとね、ちーろちゃん」

「お前が捜してたもんは見つからなかったがな」

 駐車場。

 岡田はなかなか乗り込もうとしない。

「どうした」

「ん? いや、ホントにただの京都修学旅行リベンジだったんだけど、まさかこんなことになるなんて思ってなくってさ。実は先月退職したばっかで。捜すにしてもホントどうしよってなってて。とりあえずやれることからやろかなって思って、そうだ、京都行こうってなって。そんで、事件とちーろちゃんに会えた」岡田がレンタカーにもたれながら言う。「最初に会えたのがちーろちゃんでホントに良かった」

「そりゃそうだ。俺があそこで声掛けてなけりゃまだ拘束中だったろうな」

「命拾いだよ、ホント。ありがとね~」

 パトカーが一台パトロールに行ったのを見送った。

「じゃ。また、引き続き捜すの頑張るかな。あ、俺の連絡先消さないでね。番号変えないようにするから。変えても変えたって連絡するからさ!」

「別にいい。じゃあな」

 岡田が手を差し出したので握手をするのかと思ったが、謎のハンドサインというか手遊びに巻き込まれた。

「それじゃ! 鬼立さんにもよろしく~。鬼立さんとくれぐれもよろしく~」

「最後のは余計だ」

 岡田が車で走り去った。

 ホテルまで送ってもらえばよかったと少し思ったが、まあいいか。

 歩くのも悪くない。

 そんなことより鬼立だ。

 なんで連絡がつかない?

 何かの事故に巻き込まれていないといいが。

 上に呼ばれて急いで帰ったにしてはなぜ一言も言って行かなかったのか。

 あとから言い訳でもいい。

 それも何もなかった。

 あんまりやりたくないが、鬼立の上に照会メールだけでも送っておくか。

 緊急事態なので致し方ないし他に手がない。

 16時。

 三千原から連絡が入ったので、地下鉄で病院まで行った。

 前回より拘束部位が減ったように見えた。

「私はもう捜査に携われません。せやからほんまのこと教えたってください。頼んます」

 やけに塩らしく頼むのでおかしいと思ったが何らおかしいところはなかった。

 別れたとはいえ、想いを寄せている元恋人がどうなったか知りたいのは道理だ。

「わかった。だか、誰にも言うなよ。墓場まで持っていけると約束できるか」

 そうしないと俺の京都での滞在期間が無限に延長されてしまう。

 三千原が無言で頷いた。

 研究所。

 キメラ作製。

 バイト。

 眼は鵺に。

 脳は魚のキメラに。

 身体は他のキメラに。

 最後は。

 鵺を載せてトラックごと研究所に突っ込んだ。

 トラックも研究所も爆発炎上していた。

 めらめら燃えるきめらが燃える。

 途中から三千原は泣いていた。

 しゃくり上げるどこではなく大声で泣いていた。

 泣きやむまでそこにいてやる義理はない。

「これで全部だ。じゃあな」

「一個だけ。一個だけええですか」三千原が涙を袖で拭って呼び止める。「あいつは、研太郎は、最後になんか」

 ああ、まずい。

 これを言わなきゃいけなかった。

「悪かった。先に言ってやるべきだった。愛してるってよ、不明あけずさん」

 三千原が嗚咽混じりに泣き始めたので退室した。

 俺がホテルで荷造りをしている間に、メッセージが来ていた。

 ありがとうございました、と。

 着信も入ってたので折り返す。

「落ち着いたか」

「涙が枯れましたわ。もうなんも出ぇへん」三千原の声は掠れていた。「なんであいつはあんなもんのために命賭けはったんでしょうね。わからへん。小説読んでもなんもわからへんのです。そこまでする価値があったんか」

「少なくともお前が決めるもんじゃねえだろ。あいつがそう思ったんなら、そうゆうことにしといてやれよ」

「なんでそないに割り切れるんですやろ」

「他人だからだろうな。もし俺がお前の立場だったら、あのクソ小説家殺しに行ってる」

「ああ、それもええですね」

「冗談だろ」

「冗談に決まってますやん」

 三千原が笑ったが、果たしてどこまで本気なのか。

「これから帰る」

「東京でしたっけ」

「埼玉だ。やっとまともに寝られる」

「お気をつけて」

「辞めんなよ」

「そちらこそ」

 電話が切れた。

 さて、

 帰るか。

 新幹線は爆睡した。













     3


 21時。

 家に着いて寝ていたら鬼立がやってきた。

 いつものしわ一つないカッチリとしたスーツ上下で。

「お前、一体どこ」

「辞令が出た」鬼立が重々しい表情で言う。

 とりあえず家の中に通した。

 俺の育ての親の家系が代々住んできた古い日本家屋(2階建て)を俺に譲った。

 一人暮らしにしては広すぎるのが玉に瑕で、家に来るたびに綺麗好きの鬼立が勝手に掃除していく。

 今日はそんな場合じゃなさそうだが。

 居間の定位置に鬼立は正座した。俺と鬼立は、ちゃぶ台のそれぞれ隣り合った辺に座っている。

「何があったんだって?」

「お前が訊くのか」鬼立が重たい溜息を吐いた。「鵺の写真。あれがいけなかった。アレの出処を探るのは、上的に禁じ手だったらしい」

「突いちゃいけない藪をつついて蛇に噛まれたってところか。まさに鵺じゃねえか」

「冗談じゃ済まない。お前、何か知ってるんだろ?」

「聞いたら首が飛びかねねえな」

「だろ? そんな気がしてた。だから辞令を甘んじて受けることにした」

「どこに飛ばされたんだって? 優秀なキャリアの鬼立警部は」

「埼玉県警だ」

 自分で用意した茶を吹きそうになった。

 一部が気管に流れ込みそうにもなっていた。

「あんだって?」

「だから、余計にお前にマンツーマンで付ける。悪くない」

「アホか。なんで、んなことんなってんだよ」

「上に聞いてくれ」

 あり得ない。

 なんで余計に物理的な距離を詰められているんだ。

 フツーは遠ざける方向に行くだろうに。

 いや、俺を使ってキジ=ハンよりもっと上の悪に迫ろうとしているのか。

「やめた方がいんじゃないか」

「なんでだ。喜ばしいことだろ」

「じゃあなんで先に帰りやがったんだよ」

「急に帰れと命令があったんだ。それに別件でいろいろしてたら連絡を忘れてた」

「ただの正義莫迦だろ」

「なんか言ったか」

 心配して損した。

 ピンピンしてるどころか絶好調じゃないか。

「気分がいいから明日の昼と夜奢ってやる。食べたいもの考えといてくれ」そう言い残して、鬼立が帰った。

 自宅に戻ったのかは怪しい。

 埼玉県警でウキウキで要らん仕事を作っているに違いない。

 はあ。

 これからもずっと一緒ってことじゃないか。

 引っ越すか。

 俺が県外に引っ越せばいいのか。

 付いてくる気がする。

 はあ。

 まあ、

 いいか。














     4


 なんで。

「なんで鵺を作った?」探偵が尋ねる。

 床面から3メートルほどの高さのところに女がいる。

 彼女が。

 鵺を作った。

「なんでって。面白いからに決まってるでしょ」女は長い髪を白い指で払った。

 探偵とその相棒は女を見上げた。

 女の両脇には、けむくじゃらで二足歩行の獣と、ぬめぬめした体表の魚人のような生物が立っていた。

 相棒は銃を持っている。

 構えようとした手を思わず引っ込める。

 撃てばその両側のが命がけで女を守るだろう。

 つまり一撃必中だとしても、最低三発撃たなければ女には当たらない。

 相棒は銃の腕には自信があった。

 その彼も思わず臆した。

 見たこともない生き物に見下ろされている気色の悪さが存外に手元を狂わされかねない。

「逃げちゃったのよ。だから捕まえてちょうだいな」女が余裕たっぷりに言う。

 主語は、鵺。

 鵺は京の町を跋扈している。

 すでに4人の女性が鵺の餌食になっている。

「あなたたちが止めればいいじゃない」女が他人事のように言う。「私は困ってないもの。逃げちゃったこと以外」

「こいつの銃じゃ、外すことのほうが難しい」探偵が真っ直ぐ女を見据えて言う。「もし間違って当てちまっても文句はねえな?」

「あら、鵺の正体を知っても同じことが言えるかしら」

 正体?

 鵺は鵺じゃないのか。

 猿の頭。

 狸の胴。

 虎の手足。

 蛇の尾。

 キメラであり化け物。

「正体?」探偵が言う。

「どうしても4人の女を殺さないといけない。猿に喰わせて、虎に引っ掻かせて、蛇に噛ませて。そのためにはなんでもするって言うから、協力してあげたの」

 まさか。

 鵺の正体は。

「気色悪ィな」探偵が吐き捨てた。


 (中略)


 めらめら燃える。

 京の町でキメラが燃える。

 火の粉が上がる。

 ぱちぱちと爆ぜる。

 それは護摩を焚いているようにも見えて。

 宗教的な儀式にも見えた。

 鵺のシルエットは炎に舐められ、あっという間に輪郭を喪った。

 鵺が啼いている。

 ヒョーヒョー。

 ツェーツェー。

 炎と合わさり妖怪の鳴き声に相応しい。

 探偵とその相棒が見つめる。

 鵺は、

 その短い命を火に焦がした。


(『めらめら燃えるきめらが燃える京の町できめらが燃える』より抜粋)











     5


『めらめら燃えるきめらが燃える京の町できめらが燃える』後書き


 もともとの話は『めらめら燃えるきめらが燃える』というんだが、そっちはなかったことにしてほしい。

 そのくらい今回の改稿版が自信作だから。

 改稿版を書けたのは、作中のモデルにした探偵のお陰。

 探偵が筆者にヒントをくれた。

 もっと面白い話が書ける。

 ネタならここにある。

 原案と言ってもいいかもしれない。

 ここで感謝の意を示す。

 ありがとう。

 あんたのお陰でこれが書けた。

 亡くなった方には申し訳ないけど、もともとの話で亡くなってるし。

 これを書くきっかけになった糧?贄?てことで。


(編集側に削除を求められたため最後の2行は出版した本には存在しない)















     6


 余談。

 エヌヱこと江縫エヌイ瑛壱エイイチの小説『めらめら燃えるきめらが燃える』は、『めらめら燃えるきめらが燃える京の町できめらが燃える』として改稿版をネット上で発表し、鵺が京都に出たというニュースと相まって爆発的に有名になり、大手出版社から出版もされたが、重版がかかったタイミングで本人の行方が知れなくなったので、更に小説のミステリアスさに拍車がかかり、本は更に飛ぶように売れた。

 11月。

 京都で紅葉が見ごろだと朝の全国ニュースで言っていた日。

 俺のところに小瓶が届いた。

 蓋はコルク。

 中身は短冊状の細い紙が2枚。

 印字にはこうあった。

 浅い水面のその岸辺。

 遠い都のその近辺。

 嫌な予感がして、京都府警の三千原に連絡したが応答がないので、田中に連絡した。

「鴨川ですね。もう一つははっきりわからへんですが、捜してみます」

 鴨川デルタを掘ると人間の右腕が出てきた。

 身元はすぐにわかった。

 エヌヱこと江縫瑛壱。

 重要参考人として呼ばれたときに取っていた指紋と一致した。

 遠い都?

 その近辺。

 この暗号がわからない。

「おひさしぶりです」やっと三千原につながった。「お元気ですやろか」

「そっくり返す。お前いま」

「ええこと教えてもろたんで、やってみたわけです。これなら研太郎も地獄で喜んでくれはりますやろか」

「いいか。いまどこにいて、何をしようとしてる」

 俺はいま埼玉の自宅にいるから駆けつけても間に合わないかもしれない。

 田中に何かヒントを送れれば。

「遠い都は京都のことです。市内から離れたらどこにおっても遠い都ですわ。古くから歌人もそう詠んではります。その近辺。近辺はどこですやろ。もう、どこに埋めたか忘れましたわ。捜してくれはりま」

 爆発音。

「おい! おい、何があった。さんぜんば」

 電話は切れている。

「田中!」

「ちょっとそれどころやあらへんのでまた改めます」

 ネットの現地民の実況中継のようなSNSで見た。

 京の町の中心部で火が上がっている。

 爆発か。火事か。

 めらめら燃えるきめらが燃える京の町で。


 火災現場から一人の焼死体が見つかった。

 おそらくは。

 自分を化け物と掛け合わせて自ら燃えた。

 

 きめらが燃える。















歴史去る暗入り巣 登場人物


陣内ジンナイ 千色ちーろ(29)伝説の名探偵(通称)


岡田オカダ 真三しんぞう(28)なんでも屋さん(自称)


鬼立キリュウ 木彦もくひこ(28)警察庁キャリア



三千原サンゼンバラ 不明あけず(35)京都府警察本部 刑事部 捜査第一課 課長


田中タナカ(40)京都府警察中京警察署 捜査一課 刑事


江縫エヌイ 瑛壱えいいち(24)アマチュア作家 ペンネーム:エヌヱ


厨府クリフ 研太郎けんたろう(36)会社員



龍華タチハナ 彌能末やたすえ(17)京都の私立高校に通う高校生



キジ=ハン(?)キメラ製作者

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歴史去る暗入り巣 伏潮朱遺 @fushiwo41

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