シンデレラの逆襲

@reon_01

第一話:どん底の決断

東京の片隅、古びたビルの6階にある小さなオフィスで、西野美咲は今日も淡々と仕事をこなしていた。彼女は29歳、社会人として7年目になるが、キャリアにおいても私生活においても、まったく輝きのない日々を過ごしていた。


「美咲さん、この書類、確認しておいてもらえる?」

隣のデスクにいる後輩の夏希が、軽い調子で資料を渡してくる。夏希はこの会社に入社して3年目だが、持ち前の明るさと柔軟な対応力で、すでに上司たちからの信頼も厚い。そんな彼女に対して、美咲は劣等感を抱かずにはいられなかった。


「わかった、すぐに見ておくね」

作り笑いを浮かべながら、夏希から資料を受け取ったが、その手は少し震えていた。自分より若くて、どんどん評価を上げている後輩がいる中、自分はただの事務仕事に追われるだけ。


オフィスの窓から見える夕日が、ビルの間に沈みかけている。周囲の社員たちは退勤時間を迎え、次々と帰り支度を始めていたが、美咲にはまだ片付けるべき仕事が山積みだった。パソコンの画面には、入力作業のためのエクセルシートが延々と並んでいる。


「毎日、同じことの繰り返し…」

彼女の心は、どこか遠く離れた場所に漂っていた。


かつては夢があった。大学時代、ファッションデザインに興味を持ち、クリエイティブな仕事に就きたいと考えていた。しかし、現実は厳しく、就職活動で何度も落ち、気づけば小さな事務職に落ち着いてしまった。


その日の夜、仕事を終えて家に帰った美咲は、疲れ切った身体をソファに投げ出した。1Kの狭い部屋、カーテンの隙間から東京の夜景がかすかに見える。テレビではバラエティ番組が流れていたが、彼女の心には何の響きもなかった。


美咲はスマホを手に取り、久しぶりに元カレの直人のSNSを開いた。5年付き合っていたが、半年前に別れを告げられた。別れの理由は「結婚を考える相手じゃない」とのことだった。


「私は、誰にとっても『それなり』の存在なのかもしれない…」


直人のSNSには、新しい恋人らしき女性との楽しそうな写真がアップされていた。美咲はその画像を指でスクロールしながら、涙が一筋流れ落ちるのを感じた。


「どうして私だけ、こんなにうまくいかないんだろう…」


次の日、会社でも美咲の心は晴れなかった。昼休み、夏希が他の社員と楽しそうに話している姿を横目に見ながら、彼女は自分の机で一人、コンビニのおにぎりを食べていた。


すると、デスクの上に置いていたスマホが振動し、画面には涼子からのメッセージが表示された。涼子は高校時代の同級生で、久しく連絡を取っていなかった。美咲の中で、涼子は「勝ち組」の象徴だった。彼女は大学を卒業後、華やかなファッション業界に就職し、現在は自らのブランドを立ち上げるほどの成功を収めていた。


「久しぶりに飲まない?」

そう書かれたメッセージに、少し戸惑ったが、美咲はOKと返事をした。今の自分にとって、何か変わるきっかけが欲しかった。


数日後、東京の表参道にあるおしゃれなカフェバーで、涼子と再会した。彼女は変わらず輝いており、成功を収めた自信に満ちていた。一方、美咲は自分の地味な服装と表情に、ますます自信をなくしていた。


「美咲、元気そうじゃない?」

涼子は笑顔で言ったが、美咲はうまく笑えなかった。


「うん、まあね。仕事も…まあ、ぼちぼちかな」

涼子は美咲の曖昧な答えに少し驚いた様子を見せたが、すぐに理解したように頷いた。


「わかるよ。私もね、最初は苦労したんだ。今の仕事だって、順風満帆ってわけじゃない。でも、やっぱり自分で動かなきゃ何も変わらないって気づいたんだ」


たしかに……、涼子が言うように、動かなければ何も変わらない――頭では理解していたが、なかなか一歩が踏み出せなかった。


「でも、涼子みたいに成功するなんて、私には無理だよ…」

美咲がため息混じりに言うと、涼子は真剣な顔で彼女を見つめた。


「そんなことないよ、美咲。私だって最初は何もわからなかった。ただ、自分を信じてやってみるしかなかったの。あなたもできる。自分に自信を持ちなよ」


「うん…、そうだよね…!」


美咲は今までずっとどん底にいる自分を変えたいと思いながらも、何もできずにいた。


だが、涼子との会話を通じて、美咲は自分の心の奥底に眠っていた「挑戦したい」という気持ちを少し取り戻した。


その夜、美咲は帰宅すると、すぐにパソコンを開いた。まずは何か新しいことを学びたい。かつて憧れていたファッション業界で何かできるかもしれないという希望が芽生えていた。そこで見つけたのが、オンラインで受講できるWebデザイン講座だった。


「これなら、私にもできるかも…」


美咲は思い切って講座に申し込んだ。最初は不安だったが、何かを変えるためには行動するしかない。どん底にいる自分を変えるための第一歩を、彼女はついに踏み出したのだった。


次の日から、美咲の生活は少しずつ変わり始めた。仕事の合間を縫ってデザインの勉強を始め、毎日の中で少しずつ自信を取り戻していく。そして、デザインの世界にのめり込むうちに、彼女の中に新しい目標が生まれつつあった。


「私だって、もう一度夢を追いかけてもいいんだ」

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