第二話 陰陽師との出会い

日が一番高くなる手前になる頃、外口からの突風で戸が揺れた。人と何かの気配があるのを感じた一嘉は、立ち上がり荷物を抱えた。迎えが来たのだ。


「あ、おはようございます~」

「おはようございます。一嘉と申します、よろしくお願いいたします」

「あはは、ちょっと遅くなっちゃいましたかね」

「いいえ、ご足労いただき恐縮です」


一嘉は軽く頭を下げる。再度、山には不釣り合いな白い狩衣の優男を見た。小綺麗さのある彼と、一嘉の外見には大きく差が出ている。身なりを気にしたことはなかったが、それは影壱が居たからだ。


艶のある整えられた髪、白い肌と高級感のある装い。全てが身分の高さを示していた。


「少し休んでから、出発しましょうか」

「私は疲れていないので大丈夫です」

「そうですか。では、行きましょう。少し遠いと聞きました」

「まぁまぁ、お待ちください」

「あ、はい」

「僕の仲間を呼ぶので、もう少しお待ちいただいても?」

「分かました」

「ありがとうございます。えーと、何か気になることでも?」


彼の問いかけにドキリとした。隅々まで見ていたのを指摘されたからだ。何とか当たり障りのない返事返そうとして、墓穴を掘る。


「いえ、噂で聞く方とは少し印象が違うもので、あっ。すみません、失礼しました」


影壱の言った、血も涙もない人から想像していた男とは似ても似つかなかった。気が緩んでいたとはいえ、一度出た言葉は無かった事にならない。


「あぁー。何と言われたかは想像がつきます。申し遅れました。私は賀茂保憲かものやすのりと申します」


幸いにも保憲は気にした様子もなく、ゆるやかに笑う。一嘉は少しだけ緊張を緩めて、言葉に気をつけなければと己を叱咤する。


「望月一嘉です。よろしくお願い致します」


互いに名乗りあう。保憲は、ゆっくりと背負う大きな風呂敷包みをとく。中には大鏡が見えていた。


十理じゅり、起きて」


大鏡に向かって呼びかける姿は滑稽だった。本来ならただの大鏡だが、強い霊力を感じる。一嘉は固唾をのんで見守った。


「十理? おーいー、じゅーりー」


「聞こえてるわ! んだよ、もー」

「はい、おはよう。仕事だよ〜」


大鏡の中から子供が出てくる。式神だ、直感で一嘉は理解した。

十理と呼ばれる少年は、白い肌と相反する闇夜を映したかのような漆黒の髪を持っていた。その髪は腰にかかるほどの長さで、うっとうしそうに髪をはらう。瞳は澄んだ琥珀色で、何かを見透かすように輝いている。


「おれ必要か?」

「道中襲われても困るから、一応ね」

「はいはい」


彼の背丈は一嘉と同じくらいだが、その表情には年齢にそぐわぬ鋭さがある。


「お待たせしました、私の心強い仲間! その名も十理」

「敬え、人間」

「は、はい。望月一嘉です。お世話になります」

「世話なんてするかよ」


それはそうだ。またもや言葉の選びを間違えてしまい、動揺する。十理はそれっきり黙ってしまう。保憲はその二人を冷静に見ていたが、苦笑しながら話を進めることにした。


「えーっと。目的地までは十理が案内します。何か不測の事態があった場合は、私か十理の近くに。良いですね?」

「分かりました」


一嘉はずっと影壱しか、話し相手が居なかった。本人が自覚していない所で、甘やかされていたのだと気付いた。今更気付いたといっても、一嘉の文句を受け止める彼は居なかった。そもそも彼らの雰囲気が、、無意識に一嘉の警戒を緩めていた。


「街までは、二週間程ですかね。よろしくどうぞ」

「はい、お願い致します」


失礼の無いよう、ゆっくりと頭を下げた。


山道を軽やかに進む十理は、的確に獣道を選んでいた。その後ろから一嘉と大分離れた所に保憲がいる。様子を見て、何度か小休憩を入れ鈍足で山を歩いていた。


日が落ちる手前、川辺で野宿する事になった。


「それで一嘉くんは、何でこんな、はぁ。山奥に、いたんです?」

「えっと修行、でしょうか」


保憲が声をかけた。一嘉は少し言葉を選びながら答える。どんな意図でここに暮らすことなったか、一嘉もよく分かっていない。側近の景壱を付けたのだ。利用価値があると判断したのだろうと考えている。


「え? いつから」

「えーっと六歳の頃からですね。護衛も兼ねて面倒を見てくれていた人がいて、その人が色々と教えてくれました」

「えぇ?」


凄く引かれてる気がする。不味い事を言ったのか、本人にその自覚は無かった。保憲の態度から察するのは難しくない。自分が常識外の環境にいると思っていないのだ、一嘉は。山の生活を苦に感じていない。最初こそ、大変であった様子だが慣れると屋敷よりも快適だと気づいたのだ。


野宿の準備を始める二人。一嘉は川で魚を捕まえ、保憲は枝を集め火を起こした。


「十理様は、あれ」

「ん? もう大鏡に入っちゃった。興味ないみたいだから、私たちの分だけでいいでしょう」

「かしこまりました」


道案内が終わると十理はこつ然と姿を消す。彼が式神である以上、食事も休息も不要だった。だから一嘉と十理が会話を交わす機会は、もっぱら道中の移動中に限られていた。

とはいえ、十理は決して完全にいなくなっているわけではなく、大鏡の中にひっそりと潜みながら、二人の話を聞いているのだ。だが、そのことを一嘉が知る由もない。十理の存在はいつも薄く、まるで風のように感じられる。

保憲は、十理が何となく一嘉を避けていることに気付いていた。彼は一嘉に対して興味を持っているものの、距離を置くような態度を取る十理に、何か複雑な感情があることを察していた。だが、それを口にすることはなく、二人の関係がどのように発展するかを静かに見守っていた。


食料調達してきた魚を串刺しにして、火で温める。


「手慣れてます、ね」

「それはもう慣れです」

「一応確認ですが、名家のご子息ですよね」

「はい。望月が嫡男です、紛れもなく」

「そうですか。私は、望月家の寵愛を受けた子供かと。過保護からこの推薦者として依頼があったのだろうと思ったのです」

「ちょーあい? 僕には縁遠い言葉ですね」


思わぬ言葉に大きく笑う。一嘉は知らない事だが、望月家の長男は一度も公の場に出ていない。それを周りの者達は、寵愛し隔離しているのだと思っている。ごく自然な事である。


一嘉からの視点と外からの視点。それぞれから見た話が、ここまで真反対だというのもある意味で珍しい。名家であれば、家督を継ぐ者を秘匿するのは、それなりにある。元服まで一部の者しか接触させない理由は、ケガレを嫌うからだ。それさえ知らない一嘉には、自分が特殊だと思う訳もなかった。


「そうですねー。では、望月家についてはどこまで知っておられます?」

「えっーと、望月家が代々封印している妖怪がいるとか。あ、その影響で当主は随一の巫女が抜擢されるだとか」

「それならもう分かるのではないですか。僕は男なので、女系の望月家には邪魔なんですよね」

「まさか。いや、そういうことですか」


納得のいった保憲は、気まずそうに口に焼き魚を頬張った。それを見て一嘉も自分の分を食べ始めた。採りたての焼き魚も十分美味いが、どうせなら調味料を持ってくれば良かった。冷静に焼き魚の味を評価している一嘉。


二本目を取ろうとした時、手が止まって思案している保憲を見た。

望月家の印象をかなり悪くさせてしまったか。流石に加茂家と望月家の関係を悪くするのは、次期当主に申し訳が立たない。今更庇うのも可笑しいと思いつつ、答えを出した。


「あー、どうあがいても僕は男ですし、下に妹と弟がいます。家督を継ぐのは恐らく妹でしょう。弟は次男坊なので、邪険にされることもないです。僕も自由に出来るので、まぁそれなりに良い生活でしたよ」


次期当主は妹だと一嘉は知っていた。母親譲りで霊力も強く、見目麗しい女性になるだろう。初めて聞いた時は足元が崩れるくらい動揺したが、他の誰でもない妹ならいいかと、一嘉は心変わりしていた。影壱との鍛錬が、そうさせた。当主になる事が全てではない。力をつけ、望月家に貢献するのも良いだろうと落とし込んでいた。


「腑に落ちました。一嘉くんの年不相応さも、この焼き魚が美味しいことも」


保憲は事実を伝えた。一嘉は苦笑して、気を遣うのが上手な人だと思った。


「周りは大人ばかりでしたから、……やっぱり慣れですね」

「慣れですか」

「例えば、賀茂様は食べ方が上品ですから、名乗らなくても貴族の出身だと分かります」

「ほう」

「相手がどんな身分なのか知ることは大切です。屋敷にいた下男等は粗雑ですから、偉そうな事を言ってきたら望月嫡男にそんな態度でいいのかと言ってやるんです」

「肝が座っておいでですなぁ」

「それは何よりです」


その後の話は重くなることもなかった。


焼き魚を全て食べ終えても、一嘉と保憲は談笑していた。主に一嘉の話を保憲が聞いていた。聞き上手なのか、初対面の相手に自然に話は続いた。

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平安逆風日記~僕らに居場所はないそうです~ ポイニークン @poini_kun

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