第3話 高嶺の花、俺にだけ愚痴る

 翌日。

 登校して席に座るなり、クラスメイトの女子が近寄ってきた。


「おはよう、千羽くん」

「おはよう、佐月さつき


 佐月しずく

 まっすぐに伸びた艶のある黒髪がよく似合っている、絵に描いたような清楚系女子。

 高校に入学してから知り合った同級生の中では、男子を含めてもダントツで仲が深まっている相手だ。


「ねぇ見てよこれ、登校したら机の中に入ってたの」


 佐月は一通の手紙を手にしていた。


「ラブレター?」

「うん。入学してまだひと月も経ってないのに、手紙だけでもう七回目だよ? はぁ……」


 受け取り方によっては自慢にも聞こえる台詞だが、佐月のこれは本気で嫌がっている。

 話すようになってまだまだ日は浅いが、そのくらいはわかった。


「佐月、美人だもんなぁ」

「よく言うよ」

「みんな言ってるぞ。佐月雫は学校一の美少女、高嶺の花だって」

「高嶺の花、ねぇ」


 最上級の褒め言葉にも、佐月はつまらなそうな顔をする。

 しかしそんな顔すら画になるあたり、やっぱり佐月雫はとびきりの美少女なのだろう。


「本当に高嶺の花だったら、みんなこんなにポンポン告白して来ないでしょ」

「んー、まぁそれもそうか」

「ワンチャンありそうって思われてるんだよ。だいたいさ? 私のことなにも知らないくせに、好きとか言われても困るし。ほんとに? って思っちゃう。誰かを好きになるって、そんなに軽いものじゃないよ」

「確かになー」


 今日の佐月はいつにも増して饒舌だ。


「一目惚れなんて嘘。どうせ性の対象としてしか見てないんだよ。ま、みんな断っても傷ついてなさそうだし、こっちも胸が痛まないからいいんだけどね」

「佐月、そのへんにしとこう」

「? どうして?」

「いや、みんなに聞こえてるから。あんまりぶっちゃけすぎると好感度下がるよ?」

「別にいいもん。むしろ下がってほしいくらい」


 と言った直後、佐月は慌てた顔で俺を見た。


「もしかして、きみの好感度も下がる……?」

「え?」

「だったら困る。こういうこと、千羽くんにしか話せないもん。ほかの男子なんて信用できないし、女子には自慢だと思われるし……。でも、千羽くんもこんな愚痴ばっかり聞かされるの、嫌だよね……?」


 不安そうな瞳で俺を見つめる佐月。そんな顔をされて嫌と言えるわけがない。

 実際、全然嫌じゃないし。


「俺でよければいくらでも聞くよ」

「ほんと? よかった……」

「でも、なるべく二人きりのときにしよう。佐月は校内の有名人だし、今のご時世些細な一言で炎上しかねないからね」

「うん、そうする。ありがとう、千羽くん。この続きはまた今度、二人きりのときに話すね!」

「あ、まだ続くんだ……」

「また朝っぱらからイチャイチャしてるー。相変わらずお熱いねぇ」


 今登校してきたのだろう、スクールバッグを肩に下げた金髪ギャル、高橋ミカが話しかけてきた。


「だから、千羽くんとはそういうのじゃないっていつも言ってるでしょ?」


 佐月が気安い口調でミカに言う。二人は家が近所で、物心ついたころからの幼馴染らしい。

 俺はミカとは学校こそ違ったが、中学時代は同じ学習塾に通っていて、よく会話する仲だった。

 自分の友達同士が仲を深めているのが嬉しいのか、ミカはこうしてちょくちょく茶化しにやってくる。


「しーちゃんはそう思ってても、陽のほうは違うかもよ?」

「いや、違わないって」

「うんうん。千羽くんとはただの友達!」

「ほんとかなぁ〜。なぁんか怪しいんだよねぇ」


 と、そんな他愛のない会話をしていると。


「あ」


 教室の後ろのドアから、白浜さんが入ってくるのが見えた。


「おは――」


 近くを通った白浜さんに、俺は片手を挙げて挨拶しようとしたのだが――

 彼女はそそくさと一直線に自分の席に向かうと、静かに着席した。……なんか、すばしっこい小動物みたいだ。


「んー? 陽、白浜さんと仲よかったの?」


 虚しく手を下ろす俺を見て、ミカが訊いた。


「いや、昨日はじめて喋った」

「なんだ、そっか。仲いいんだったら、白浜さんのこと知りたかったんだけど……」

「どういうこと?」

「あの子、あんまりクラスに馴染めてないみたいだから、ちょっと気になって。何回か話しかけてみたんだけど、なかなか会話が続かないんだよね。アタシとしては仲間外れにしてるみたいで嫌だし話しかけたいんだけど、あっちからしたら余計なお世話かもしれないでしょ? だから、どんな子なのか知りたくて」

「なるほど……ミカって何気に面倒見いいよね」

「ミカは保育園のころからこんな感じだったよ」

「お節介じゃなければいいんだけどね〜」


 ミカが女子の中心にいる限り、うちのクラスはいじめとは無縁だろう。


「佐月も、白浜さんとはあんまり話したことない感じ?」

「あんまりというか、まったく」


 うーん……昨日は普通に喋れてたけどなぁ。なんで学校だと寡黙なんだ。

 よし、そのへんも含めて、本人に直接訊いてみるか――と思ったけど、そろそろホームルームか。

 次の休み時間にでも、じっくり話してみよう。

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クラスの陰キャ女子が急に猛アプローチを仕掛けてきた。え、俺と付き合うためにタイムリープして青春をやり直してるってマジですか? かごめごめ @gome

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