わたしはライカ

第1話 わたしはライカ

お母さんと一緒にいられたのは

ほんの少しの間だった

わたしは大人しく我慢強い女の子だった

だからたくさんいた仲間の中で

最後に選ばれたのがわたしだった

わたしはソ連のスプートニク２号に乗って

宇宙空間に旅立った最初の犬だった

はじめから帰っては来れない旅だった

身動きの出来ない狭い箱に押し込まれ

ロケットが発射した瞬間に

とんでもない轟音と圧力と熱に襲われた

わたしが泣き叫ぶ声は

だれにも届かなかった

わたしは程（ほど）なく天国に旅立った

天国は何もない世界

何もないから

苦しみも悲しみもない

でもね

そこに着くまでに

わたしはだれかの

声を聞いたんだ

　ライカ

　あなたをこんな目に会わせてしまって

　ごめんなさい

　まさかこんなことになるなんて

　思いもしなかった

　わたしは愛を生みたかった

　愛はいのちを愛し

　いのちに愛されて生まれるもの

　だからたくさんのいのちがあれば

　たくさんの愛が生まれると思った

　でもたくさんのいのちは

　奪い合いを生んだ

　そして奪い合いは

　憎しみを生んだ

　憎しみはいのちの

　奪い合いに変わってしまった

　わたしは間違っていた

　終わりのあるいのちに

　永遠の愛は生まれない

　ライカ

　あなたはきっと

　わたしを憎んでいるでしょうね

　こんなことのために

　生まれたのじゃなかったと

わたしはライカ

名前も知らないあなた

あなたはわたしを

この世界で目覚めさせてくれた

わたしはお母さんに会えた

兄妹（きょうだい）にも会えた

育ててくれた人間にも会えた

それはみんな　わたしが

この世界に生まれることができたから

そして何よりも

わたしはわたしに会えた

それがいちばん

たいせつなことだった

それはすべて

あなたの愛があったから

憎んでなんかいないよ

わたしは

短い間だったけど

この世界で輝くことができた自分を

誇りに思ってる

こんなわたしに会わせてくれて

ありがとう

みんな　あなたの愛のおかげだよ

きっと　いつか

すべてのいのちが

憎みあうことなく

愛しあえる世界がくることを

信じてるよ

あなたが望む

大きな　大きな愛で

包まれる日が来ることを

信じてるよ