いまの冒険者はVRで育っている
渡貫とゐち
冒険者VR
昔は良かった、と言うつもりはない。
言ってしまえば昔の方が劣悪だった。
俺たち冒険者は、金がない奴が辿り着く最後の居場所だった。
墓場目前、生死の境の真上に立っているようなものだ。
金がないからまともな武器も持てず、人間よりも倍以上の体を持つ化物と戦って勝利し、そいつらの素材を持ち帰っては換金して生計を立てる。
その日暮らしの生活費を稼ぐのも命懸けだ。
隻腕なんて当たり前の世界だ。体を欠損していない奴は新人、未熟者――それくらいには過酷な業界だった。
あの時代は、女なんていなかった……いるのは小汚い男や、やせ細った子供、犯罪者や死にたがりの狂った奴だったり……。この仕事を心底楽しんでいる奴もいたな。
結局のところ、俺も含めて全員、頭がおかしかったんだな。
「それがなんだ、今ではギルドも綺麗になりやがって……豪華な服を着せられた女子供が普通に出入りする場所になっちまった。ここは遊園地じゃねえんだぞ」
「技術の進歩ってすごいですよねえ。私は昔の劣悪な環境のことは知りませんけど、先輩から苦労話と伝説を色々と聞いていますから……無知ではないです。昔と比べたら、今の冒険者はぬるい環境ってことになるんでしょうけど……」
白い太ももが見えた。
ギルドの受付嬢(給仕係)の長耳娘。彼女は俺が頼んだ料理を手のひらの上に乗せている。
食事も出されるようになったギルドだ。
昔は無愛想な受付(嬢ではない)が俺たちを見下しながら仕事を振っていた。「嫌なら帰れ」とまで言われて、俺たちは反骨精神で受けたものだ。
それが今や、文句ばかりの冒険者に寄り添って依頼を変えたり調整したりして、冒険者に合わせている。ぬるいというか甘やかしてるよな。
どか、ではなく、そっと目の前に置かれた分厚いステーキ。
今ではこういうご馳走も日常的に食べられるようになった。あの劣悪な環境を生き残って稼いだのだから、これくらいのご褒美があってもいいだろう。
フォークを肉に突き刺し、持ち上げる。
片手で分厚いステーキを持ち上げ、大きな口でかぶりついた。
「相変わらず豪快な食べ方ですね……」
「マナーがどうとか言うなよ? うるせえだけだからな」
「言わないです。昔の人になにを言っても常識が違うのですから、理解できない戯言にしかならないでしょう? 今の子たちはナイフとフォークで切り分けて、小さなお口で上品に食べるのが常識ですから。それが当たり前の時代です。どちらが良い悪いではないんですよ」
「俺たちのやり方が淘汰されてるなら悪いってことじゃねえか」
ミニスカートの長耳娘が、返事をせずに笑顔を返してきた。
察しろってことだろう。
法律は俺たちを排除する気はないらしいが、それでも過去を生きた今の邪魔者は、今の時代が作り上げた空気感で居場所を失いつつある。
俺たちの居場所だったギルドも、今やこうして、端っこのちょっとしたスペースしか、いられる場所がない。
内装、人選、全てが綺麗になったギルド。
そして冒険者という業界に、俺たちの居場所はもうないのかもしれなかった。
貢献してきたのは俺たちだぞ。
「……まあ、昔と比べて死者数が減ってるなら今が正解ってことか」
「最近の子は飲み込みが早くて助かります。昔は現場で、冒険者としての活動方法を教えていたんですよね?」
「そりゃ一部の特別扱いだけだ。俺たちの時代は、勝手に行って勝手に帰ってこいの世界だった。失敗すれば死ぬだけだからな……命懸けで成功を奪ってきたもんだよ」
「いや、それはうんと昔の話ですよね……私が言っているのは数年前の話です」
なんだ、三十年前の話じゃないのか。
数年前と言えば、冒険者という仕事が既にある程度の地位を確立してきた後の話だ。子供はいなかったが女は普通に冒険者をやっていた。
当時の新人にものを教えるとするなら、現場までベテランが付き添って教えるのが主流だったな……今は違うのか?
「今は、VRで教えていますね。いえ、勝手に勉強していると言いますか」
「VR?」
「あれ、知りませんか? もうおじさんじゃないですか……」
「俺はおじさんだが」
老害だ。と言ったが、害ある行動をしているとは思っていない。だが、無自覚に害を与えてしまっているかもしれない。見た人によっては、俺のことを老害と言うのかもしれないな。
「VR……ああ、あれか。ヘルメット。あれを被って…………で?」
「ある科学者が作り上げた最新技術なんです。使用者本人の魔力をエネルギーにして動く代物でして。使用者の五感を利用し、現場さながらの冒険者を体感できる研修アイテムとなっています。ベテランさんのアドバイスなども映像に組み込まれていますので、今の子の成長が早いのはこれまで積み上げてきた冒険者という歴史と技術が、あのヘルメットの中に収まっているからなんでしょうねえ」
「へえ。そりゃいいな。仮想の世界で冒険者体験か。死ぬことがないシミュレーションはした方がいい。毎回毎回、命懸けの戦いをしていたら命がいくつあっても足りないからな」
「まあ、弊害もありますけどね。現場さながらですので、リアル過ぎてトラウマになり、以降、冒険者を続けられなくなった新人さんもいます。怪物に殺されるイメージが未だに拭えていない精神病になってしまった子もいまして……」
「現場で死ぬよりマシだろ」
生きているなら克服もリベンジもできる。だが、死んだら終わりだ。
長耳娘は「ですよねえ」と曖昧に苦笑した。俺の言っていることは正論だが、今の時代だとクレームの原因なんだろう。生きづらい世の中になったもんだ。
昔は冒険者に人権なんてなかったものだが……。
子供を冒険者にさせておいてその結果に文句を言うのはどういう目的なのか。
親としては最悪だ。親なら一緒にいてやれ。寄り添ってやれ。
子供は勉強して国のために賢い人間になってくれ。
望んで俺たちのところまで堕ちてくる必要なんてないだろ。
「……VRで冒険者に慣れても……不安だな」
「? どうしてですか?」
長耳娘はもうひとつの弊害には気づいていないらしい。この様子だとまだ問題としては上がっていないのだろう。それとも、死者をただの死者と思っているのかもしれない。
現場でのミス。
もしくは敵が強過ぎた、などだ。
「VRはあくまで仮想だろ。もちろん現場そっくりに似せてはいるだろうが、空気感までは再現できない。五感を使ったシミュレーションだが、第六感は無視される。……そして現場で重要視されるのは第六感だ。直感とも言う。VRで結果を残し続けてきた自称実力者が現場に出れば、油断とシミュレーション外の事態に直面して対処できずに死亡する――あり得るだろ?」
「…………」
長耳娘は絶句していた。
そして、顔を一気に青くさせた。
「思い当たる節でもあったか?」
「……VRで、ハイスコアを出していた子が、現場に出たら失敗することが多くて……敵のレベルが上がっていたと思っていましたけど、そういう弊害が……」
「まあ、敵のレベルが上がっているのは本当だと思うぞ? 奴らは環境が変われば、それに合わせて変化するからな。冒険者の実力が上がれば自然と敵のレベルも上がっていく。学習し、奴らの本能が血を渡って受け継がれていく。自然界ってのは、そういうもんだ」
「ど、どうしましょう……? これじゃあ新人さんたちがバタバタと死んでいって……いいアドバイスとかありませんか!?」
「VRに頼るなって話だろ。あくまでも研修のひとつ。VRを極めたからと言って強くなったわけじゃない。VRと現場は違うんだ――って、言い聞かせておけ」
理解しない悪ガキがいたなら、俺に任せてくれればその自信をへし折ってやることはできる。
パワハラだなんだと言われるかもしれないが、まあ、死ぬよりマシだろう。
「現場に連れていって怪物の巣にでも放り込んでやろう。逃げ惑う中で自然の怖さを知るだろうぜ。危なくなったら俺が助けてやるから安心しろ。そんな荒療治でよければ俺が重い腰を上げてやってもいいが?」
「パワハラどころかデスハラですよ!! 任せませんからね!?」
それか、ひたすらトラウマを植え付けるためだけのVR体験をさせてみるのもいいかもな。
クレームがくるかもしれないが、我が子が死体で帰ってくるのとどっちがマシかって話だ。
……死体が帰ってくるだけ恵まれてる方だぜ?
…了
いまの冒険者はVRで育っている 渡貫とゐち @josho
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