第3話 特訓場
翌日のこと。駆除班の拠点から少し離れたところにある森林地帯。周次と玄造が武器を携えて歩いている。
「やはりお前には基本からみっちり教え込む必要がある!」
「‥‥‥何をそんなにやる気になってんですか」
胸の前でぐっと拳を握り締める玄造と、短刀と盾を重そうにして猫背になっている周次。
昼間ではあるが、木々が生い茂っているためにほとんど陰になっており、疎らに日の光が差し込んでいる。涼しい風が吹き、森林中の木の葉が鳴っている。神秘的な光景だ。
だがそんなこと周次にはどうでも良く、ただひたすらに"面倒臭い"と心で繰り返すだけである。
「わざわざ車で一時間以上かけて‥‥‥。ここはどこなんですか」
「俺の秘密の特訓場だ」
玄造の言葉を聞くや否や、周次はますます面倒そうな面持ちになった。
「小鳥遊がああ言うから、お前を虫女と任務に向かわせた。だがやはり間違いだった。蟹江には戦闘の知識と技術が致命的に足らん」
「それ悪いの俺じゃないですよね。
「そうだ。だから俺が直接教育する!」
「いやいや。俺が戦えないと分かったなら、涼風も言ってたように俺を別の班に異動させてくださいよ。そっちの方が手間かからないでしょ」
周次の意見に玄造は首を横に振る。
「現状、虫女の監視として務まる人間は
「‥‥‥さっきから"小鳥遊""小鳥遊"って、一体あの人が何だって言うんですか。あんないかにも胡散臭いオーラを纏ってる女」
「胡散臭いというのは認める‥‥‥が"何者か?"と問われれば、"ただ者ではない"と答えざるを得ない。小鳥遊は殺蟲隊最強の戦闘員だからだ」
周次は口答えを止めた。彼が"小鳥遊真央"のことを訊くのはこれが初めてではない。
周次が殺蟲隊に加入したのはまだ最近のこと。彼を駆除班の戦闘員として推薦したのが真央である。‥‥‥ところが周次は虫が大の苦手であり、戦闘などもってのほか。
訳も分からず駆除班に配属された周次は真央に話を聞こうとするが、毎回何かと茶を濁されてまともに情報を得られない。なので他の人間に殺蟲隊のことを訊いた上で、重ねて真央のことを訊くのである。
真央のことを訊いた時に限って、皆が口を揃えてこう答えるのだ。
"小鳥遊真央は最強の戦闘員だ"
もう耳にタコができるほど聞いた。中には"魔王"と呼ぶ者さえ居る。ますます何者なのか分からない。
そうして周次は仕方なしに駆除班の戦闘員として活動している。
「――着いたぞ、蟹江」
下を向いて歩いていた周次は、玄造の背中にぶつかってようやく気づいた。すぐ先は埋め立て地のような巨大な大穴になっており、それを囲うようにキープアウトテープが木々に貼りつけてある。
「‥‥‥あの、何ですかこれ」
周次の視界に広がったのは、とても信じがたい光景だった。
「組織の人間でも通常は立ち入ることのできない場所だ」
大穴からジリジリと気味の悪い音が際限なく聞こえてくる。
「じゃあ俺たちも入っちゃ駄目でしょ。帰りましょう」
おびただしい数の
「いや、ここでお前に戦闘の基礎を叩き込む」
殺蟲隊の者でさえ立ち入ることを許されず、しかし殺蟲隊ならば看過してはいけないはずの現場。
「班長、あんた頭おかしいですよ」
大穴に蠢く無数の何か。本来の生態と明らかに異なる多種の虫々――
「ここにいるのは全て
「ええ、未だに頭の整理がついてません。とにかくヤバいってことだけは確かだ。今見たもの全部記憶から抹消するんで、早く帰りましょう」
「よし蟹江、まず一つ教えよう。殺蟲隊――とりわけ駆除班の一員として大事なのは‥‥‥」
玄造は周次の言葉を聞き入れず、キープアウトテープをくぐってその魔境へと歩みを進める。そして後ろで戸惑う周次の腕をぐいっと引きながら言う。
「頭の一つや二つ、おかしくあることだ!」
玄造の腕力は凄まじかった。周次は抵抗を諦めた。
「終わった‥‥‥俺の人生。呪ってやる、小鳥遊真央」
* * * * *
「‥‥‥くしゅん!」
暗がりの地下牢に響くくしゃみの音。檻の向こうでカゲロウが笑う。
「こんなところに居たら風邪引いちゃうよ。君は人間なんだから」
鼻をすすりながら首を横に振る真央。
「いいや、誰かが私の噂話をしてるんだよ。私は人気者だからね」
「意味が分からない。‥‥‥というか、どうして毎日毎日ここに来る? そんなに見張らなくたって、僕は暴れたりしないよ」
カゲロウの疑問に真央は「やれやれ」と言わんばかりにため息をついた。
「だーかーらー、見張りに来てるんじゃないってば。君とお話がしたくて来てるの。仲良くしよ!」
「嫌だね。僕が仲良くするのは周次だ‥‥‥け‥‥‥」
カゲロウの言葉が途切れ、余裕そうだった表情が曇っていく。真央は首を傾げた。
「どうかした?」
「‥‥‥‥‥‥周次が危ない」
ムシノシラセ ラハズ みゝ @rahazmimy68233
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