ジャスミンと、アリス 〜 手紙に託された想い〜
ジャスミンからアリスへの手紙
1837年11月15日
ワシントンD.C.
親愛なるアリス様、
突然このような形でお手紙を差し上げる非礼をお許しください。私があなたにこの手紙を書く勇気を持てたのは、先日フィリップの母であるウェブスター夫人の家でお会いした際のあなたの温かいお人柄と、私の不安を察してかけてくださったお言葉のおかげです。その節は心から感謝しております。
さて、あなたのような方にご相談するのはお恥ずかしいのですが、私はまだこの国の社交の場に馴染むことができません。東インドの出身である私がこの国で居場所を得ることができるのか、正直不安でいっぱいです。私はフィリップの妻としての責務を果たしたいと思っておりますが、アメリカ社会の中でどのように振る舞えば良いのか、どうにも戸惑うばかりです。もしよろしければ、どうかご助言をいただけませんでしょうか。
あなたのようなご高潔な方からの一言一言が、私にとっての大きな励ましになると信じています。どうぞ私の未熟さをお許しいただき、率直なご意見をお聞かせください。
敬具
ジャスミン・ウェブスター
アリスからジャスミンへの返事
1837年11月20日
メリーランド州
親愛なるジャスミン様、
あなたからのお手紙を受け取ったとき、私は心が熱くなるのを感じました。あなたが異国での暮らしに悩み、不安を抱えていると知りながらも、それを打ち明ける勇気を持ったことに感動しました。そして、あなたのような方が私に頼ってくれることを、光栄に思います。
あなたはフィリップの妻としてだけでなく、一人の女性として、どれほど特別な存在であるかを自覚していますか? フィリップのお母さまも私の母も、幼い頃から私にこう教えてくれました。
「自分に自信を持ちなさい。人の目に映る自分ではなく、自分自身を信じて輝きなさい」
と。そして、それはまさにあなたに伝えたい言葉でもあります。
ジャスミン、社交というものは、決して自分を着飾ることや周囲に合わせることではありません。むしろ自分自身でいることこそが、本当の意味で人を惹きつける力なのです。特にあなたのように心からの情熱と知性、そして祖国を思う深い愛情を持つ人ならば、なおさら。
フィリップのお母さまを思い出してください。彼女はハイチでプチ・ブラン※として生まれ、貧しい生活からアメリカへ渡りました。一方、私の母も同じハイチでグラン・ブラン※として数年を過ごした人ですが、そんな身分や出自の違いを超えて二人は親友になりました。それは、互いが自分に誇りを持ち、偏見を乗り越えて心を開いたからです。
また、私が存じ上げている自由黒人の女性で、現在社交界の華となっている方がいます。彼女はかつて奴隷だったという過去を包み隠さず話し、それを恥じるどころか誇りに思っておられます。その率直さと堂々とした姿勢が、周囲の人々を惹きつけるのです。
どうか、あなたが持つ素晴らしい力を信じてください。そしていつでも私に頼っていただければ幸いです。何かお力になれることがあれば、喜んでお手伝いいたします。
心を込めて
アリス・ラ・トゥール
(※) 植民地時代のハイチ社会における白人階級であり、
アリスからジャスミンへの手紙
1838年3月12日
メリーランド州
親愛なるジャスミン様、
いつも温かなお手紙をありがとうございます。あなたとの文通を通して、私は多くのことを学ばせていただいています! お友だちが増えるということは、本当にありがたいものだと改めて実感します。
そして、今回の手紙は、少々重い話題になりますが、どうしてもあなたにご意見を伺いたいと思いペンをとりました。
私の家族は、ずっとこの地で
奴隷制度に関する議論が高まる中、私は遺言で自分の奴隷たちを解放することを考えています。ただ、これが果たして彼らにとって最良の選択なのか、自信がありません。自由になった人々が生活基盤を持たず、厳しい環境に置かれるという話を耳にするたびに、彼らの未来について悩むのです。自由とは素晴らしいものである一方で、それを生かす力がなければ重荷になることもあると感じています。
あなたは解放運動の中心にいらっしゃり、多くの人々の人生を導いてこられたと聞きました。どうか、この問題についてあなたの率直なご意見をお聞かせください。
誰よりも賢明な女性へ感謝を込めて
アリス・ラ・トゥール
ジャスミンからアリスへの返事
1838年3月20日
ワシントンD.C.
親愛なるアリス様、
お手紙をいただき、深い思索の末にこうしてお返事を書いております。あなたがこのような重要な問題を私に相談してくださったこと、そしてあなたの優しさ、誠実さに、心から敬意を表します。
まず申し上げたいのは、あなたがご自身の責務を重んじ、
私の経験から申し上げると、自由を与えられた人々が自立するためには、経済的な仕組みが必要です。解放された後、彼らが土地に根付き、家族を養い、自分の力で生活を築ける環境を整えることが大切ではないでしょうか。
たとえば、
また、教育や技術の訓練を提供することも大切です。新しい生活を始める際、農業の知識や商売の基本、さらには読み書きの能力があれば、彼らの未来はより明るくなるでしょう。
アリス、あなたが今から準備を始めれば、きっと彼らの自由を祝福に変えることができると信じています。管理人や信頼のおける専門家たちと話し合いながら、具体的な計画を立てていかれることをお勧めします。私にできることがあれば、どうか遠慮なくお知らせください。
あなたのような方が未来を考えることで、多くの人々の人生が変わるはずです。どうか、その優しさと責任感を胸に、最善の道を歩まれますように。
勇敢なレディへ
ジャスミン・ウェブスター
ジャスミンからアリスへの手紙
1839年4月15日
ワシントンD.C.
親愛なるアリス様、
突然のご連絡をお許しください。私は今、筆をとる手が震えております。それでも、どうしてもあなたに伝えたく、そして打ち明けたくて、この手紙を書いています。
まず、私たちに新たな命が授かったことをご報告いたします。娘の名前はカミラと名付けました。彼女の小さな手を握るたびに、私の命よりも大切な存在を守ることこそ、これからの私の生きる意味なのだと心から感じます。
ですが、こんな幸福の報告と共に、恐ろしい知らせをお伝えすることをお許しください。つい先日、私の兄弟たちが東インドで過激派のテロリストと見なされ、獄中で命を落としたとの報せが届きました。彼らは穏健派として平和的な方法を模索していたにもかかわらず、このような形でその生を閉じることになるとは思いもよりませんでした。この事実を受け入れることができず、ただ涙にくれるばかりです。
私は今、二つの思いに引き裂かれています。一つはカミラとフィリップという、私の人生そのものともいえる存在と共に安全に生きていきたいという思い。そしてもう一つは、愛する故郷東インドに戻り、彼らと共に未来を作るために力を尽くしたいという思いです。けれど、この二つを同時に叶えることは難しい。私は、どちらかを選ばなければならないという残酷な現実に直面しています。
こんなにも無神経な内容を、あなたに相談してしまう自分が恥ずかしく、心から申し訳なく思っています。それでも、あなたがこの胸の内を聞いてくださるだけでも、少しだけこの息苦しさから解放されるような気がします。本当に勝手なお願いですが、どうかお許しください。
後悔と、深い友情を込めて
ジャスミン
アリスからジャスミンへの返事
1839年4月25日
メリーランド州
親愛なるジャスミン様、
お手紙を受け取り、あなたの嘆きを思い涙をこらえることができませんでした。
愛するご兄弟を失われたことへ、心からの哀悼の意を表します。どれほど強い信念を持ち、祖国のために尽くされてきたかを想像するだけで、胸が締め付けられる思いです。私にできることは祈ることだけですが、彼らの魂が安らかであることを心から願っております。
そして、新たな命のご誕生、おめでとうございます! 小さなカミラが、あなたとフィリップの愛を一身に受け、健やかに育つことを心から祈っています。彼女があなた方の人生そのものであり、生きる意味であるというあなたの言葉に、私も深く胸を打たれました。
正直に申しますと、私は今もフィリップを愛しています。それは若い頃の熱い想いではなく、今では静かな、深い尊敬と感謝に満ちた愛です。そして、そんな彼があなたと共に人生を歩み、小さなカミラという存在が生まれたことを、本当に幸せに感じています。彼が選んだ道が、正しく、そして美しいものであったと心から思っているのです。私を信じてくださいね。
あなたが抱えている苦しみが、どれほど深いものかを私には完全に理解することはできません。ただ、あなたがその重い心を私に打ち明けてくださったことに、感謝の念を抱いております。これほどの悲しみと葛藤の中にありながら、それでもあなたが未来を見据え、選択しようとしているその強さを尊敬します。
私にできるアドバイスはありません。ただ、あなたとフィリップ、そしてカミラの未来が光に満ちたものであるように、そして、あなたの故郷が平和と繁栄を取り戻す日が来るように、心の底から祈っています。どうか無理をせず、時にはその苦しみを他者に分かち合いながら歩んでください。
不思議なご縁に対する感謝と祈りを込めて、
アリス
ジャスミンからアリスへの手紙
1839年5月10日
ワシントンD.C.
親愛なるアリス様、
またしても無礼な手紙をお送りすることをお許しください。私の心の中で嵐が吹き荒れる今、どうしてもあなたに話を聞いていただきたいのです。
フィリップが、私にこう言ったのです。「カミラは自分に任せて、君は東インドの皆の元へ行くべきだ」と。なんて身勝手で独りよがりな言葉でしょう! 私がどれほど彼とカミラを愛しているか、二人が私の世界そのものであるかを、彼は理解していないのでしょうか。それとも、私がこの葛藤の中でどんなに引き裂かれる思いをしているのか、わかろうともしていないのでしょうか。
怒りで息もできないほどでした。私がカミラを手放すなど、どうしてそんなことができるというのでしょう? それは、私自身を失うことと同じです。確かに、東インドの人々の未来は私にとって命よりも大切です。それでも、カミラのいない未来など考えられません。
このような激しい感情を抱えたまま、あなたに手紙を書いてしまったことをどうかお許しください。あなたには何の責任もないのに、私はただ思いの丈を誰かに聞いてほしかったのです。
天使のような私の友人へ愛を込めて、
ジャスミン
アリスからジャスミンへの返信
1839年5月20日
メリーランド州
親愛なるジャスミン様、
こうして感情を打ち明けてくださったことを嬉しく、誇らしく、そして少し寂しくも思います。あなたが、フィリップの言葉に対して怒りに震えるお気持ちと、あなたの心はよくわかりますから。
どうか思い出していただきたいのです。フィリップは、あなたを深く理解し愛している人です。彼の言葉が身勝手に思えるのは、彼があなたを愛しすぎているが故ではないでしょうか。彼にとって、あなたはただの伴侶ではなく、かけがえのない存在なのです。
私はあくまで傍観者にすぎませんし、この件について判断を下すことはできません。ただ、おそらく(私を冷酷な女と誤解なさらないでくださいね)あなたはもう心を決めているのでしょう?
最後に一つだけお伝えしたいのは、あなたがどのような選択をされても、私はあなたとあなたの家族の幸せを心から願っています。ジャスミン、あなたの強さと愛情が、きっとカミラにもフィリップにも伝わると信じています。
妹のようなあなたの幸せを心から願う、
アリス
ジャスミンの返事
1839年5月30日
ワシントンD.C.
親愛なるアリス様、
あなたの心の込もったお返事に、どれほど励まされたかわかりません。読んでいる間、私は何度も涙を流しました。あなたが私を理解し、思いやってくださることに、言葉にならない感謝を感じています。
あなたの仰る通り、フィリップは私を深く愛してくれているのでしょう。彼がそうであるからこそ、私も彼を信じるべきなのかもしれません。ですが、それと同時に、私は母親として、カミラにとって最善の未来を考えなければならない立場にあります。
カミラはまだ小さく、これから多くのことを学び、愛されながら育っていくでしょう。彼女の周りには、彼女を愛する人たちがたくさんいてほしい。私はそのことを最も大切に思っています。あなたのように寛大で賢い方がカミラの人生にいてくだされば、それだけでも私はどれほど救われるでしょう。
人生とは、時に自分の心に逆らわなければならないものだと痛感しています。選ぶこと、そして前に進むことの重さを、今はただ受け入れるしかありません。
これからもどうか、私たちを見守っていただけますように。そして、あなたにも幸せな日々が訪れることを心から願っています。
どこまでも大切な友人であるあなたの、幸せと安らぎを祈りながら、
ジャスミン
この上なく恵まれた男の物語 蜂蜜の里(カクヨム低空飛行中) @akarihoney
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