最終話 暇は続くよ どこまでも

 たっぷりのお菓子と、夕飯のおかずをお土産に持たせてくれて帰宅。

 こんな風に毎回お土産をくれるのならば、まあ、悪い話ではないのかな、と思いつつ。財政がやばめな国でこんなにお土産もらっちゃ駄目かもしれない、とも思う。

 次回は余ったお菓子だけもらえるか聞いてみよう。でもって用意するお菓子は極力減らしてもらおう。

 贅沢は敵だ!!



 しっかし、就職できるって思ったのに駄目だったなぁ。

 好きだったラノベ、ファンタジーの世界、主人公って何やって生きてたんだっけ? 金貸しとかあったけど、いやいや駄目だ。契約書がかけないし、持ち逃げされる未来しか見えない。

 あとは冒険してたな。冒険のわくわくが好きだった。

 あんなに好きで読みふけったのに、今思い出そうとしても思い出せないのはなんでだろう。年を取るって悲しい。


 

 簡易バーナーで肉をあぶる。夫が好きな謎肉だ。

 これが何の肉なのか、わからない。向こうの世界では食べたことがない。だけどおいしい肉。

 お土産にもらったそれをあっため直して食卓へ。

 

 今日も夫の帰宅は早かった。

 多分私が王妃様相手に粗相をしていないか心配になったせいだと思うけど。

 謎肉ステーキ出したらめっちゃ喜んだので、同じく歓喜している息子と三人で笑顔で食卓を囲む。

 異世界に来ても変わらない風景。

 

 私一人転移してたらその方が身軽で楽しい異世界生活になったんじゃないか、なんてちょっとだけ思ったこともあったけど、やっぱ一家揃っていてよかったなって。

 だって、一人だったら、二人が恋しくて仕方なかったと思うんだ。



 流石にダンジョン攻略は疲れたのか息子は夕食を食べた後、すぐにシャワーを浴びて寝てしまった。

 ちなみにお湯も購入している。魔法で冷めることのないお湯を購入してタンクに入れてもらうのだ。ちらっとみたら残量が少ない。夫はギリギリ使用可だが、私は本日水浴び確定!

 

 最近息子が色気づいてきたのか、お湯を湯水のように使う――あれ、何か変な表現?

 少なくなってきたら気を遣えっつってのに!


「で、どうだったの、王妃様との面談」

「あの方、ちょっと、お飾りっぽいなって」

「おいおいおいいい! それ本人には」

「言うわけない」


 だって、会長夫人に面と向かって言える内容でもないし。


「ちなみに王妃様の世論ってどうなってんの」

「愛情深き、慈愛の人」

「えー」


 何か腕白っぽいこと言ってたけどな。まあそういうオフィシャルイメージならそれでいいか。


「またお茶しましょうってことになった」

「……確かにきーちゃんは面白いから誘いたくなる気持ちはわからんでもない。が」


 夫の中の私の評価がよくわからない。

 面白いって何を持っての判断だと聞きたい。


「きな臭いか?」

「大丈夫大丈夫、私、内政チートとかできないし」

「チート?」


 おっといけない。夫は非オタだった。

 古のラノベでも内政チートやるような主人公はいなかったように思うから憧れはない。


「何でもない。私たち、いつか元の世界に戻れんのかな?」

「さあ、研究はしてるって王様は言ってるけど、進捗状況確認しているわけじゃないしな」

「このまま戻れなくてもさ、私、いいかなって思い始めているんだよね」

「え!?」

 

 夫は心底驚いたような声をあげた。

 そんなに驚かれたことに私も驚く。


「いやあ、何か結構面白いなって思うようになったし。それに達朗くんも好きな仕事やれてるしさ。戻れたら戻れたでいいんだよね」

「ああ、それは、ある……かなあ」


 好き放題に仕事をやっていることに自覚があったのか夫は気まずそうに視線をそらした。

 ったく本当に羨ましいわ。好きなことを仕事にして、しかもそれを楽しんでやれてるってさ!


「でもさ、圭一朗はどうなんだろうなって。あの子はあっちに戻してあげたいって気持ちが強い」

「あいつ順応してるように思うけど」

「ねぇ、順応早すぎてびびるよ、親としては」


 全然ホームシックになっている感じがない。

 まだ一ヶ月で、向こうの世界と離れてそんなに時間が経ってないからかもしれないけど、この先どうなるかは、わからない。

 親としては、息子が悲しんでいたら胸が痛むんだろうなとは思うけど。


「まー、明日急に戻れるようになるかもしれないし、そう悲観的になる必要はないんじゃないの」

「あなたは本当に楽天的だよね」

「きーちゃんも相当だと思うよ」


 知ってる私たちは楽天的な夫婦だ。

 そして私たちの血を継いでいる息子も楽天的なんだろう。


「ま、いっか楽しいことも発見したし」

「……それは子供を集めて何かしていることに関係する?」


 やべ、バレてる。


「それも、楽しいことの一つ……。ごめんなさい、そろそろ手を引きます」

「何してんの?」

「海を越えた先には魔法がない国があるんだって、いつか行ってみたいね!」

「誤魔化すか……、ああ、海外旅行か。いいかも。行ったことないし」


 そう、私たち夫婦は夫の職場がブラックだったので、結婚しても休みが取れなかったのだ。

 式をやらない代わりに旅行には行こうと約束していたのに、まだ果たされてない。

 この異世界でその約束を果たしてもいいのかも。


「”三笠の山にいでし月かも”って詠うつもりはないよ。けど、そうなっても後悔はしないように生きたいなとは思う」

「みかさのやま?」

「阿倍仲麻呂、詳細はググれ」

「スマホないし」


 スマホないのはやっぱ不便だな。

 何でもわかる魔法の窓とかあるのかな。そういうの探してみるのもいいね。

 米もあるかもしれないし、息子が魔法を使えるようになるのかもしれないし。

 

 ニートであることでマイナスにとらえることが多かったけど、高等遊民名乗ったらだんだん前向きに考えられるようになった。肩書って大事。


「これからもよろしくね、夫君」

「こちらこそよろしくきーちゃん」



 一家で異世界転移して、一番の利点はこうやって感情を共有して、協力し合える人が一番近くにいることだ。

 コミュニティーに入れないこととか、魔法使えないこととか問題はたくさんあるけれど、楽しいこともたくさんあるし、何よりここには家族がいるから。

 

 元の世界に戻れたらまたあくせく働かなきゃいけないわけだから、こうやってのんびりと高等遊民を楽しめるのはここにいる間だけ。

 そう、期限が決まっていればもうちょっと寛容に何もやることがない日々をただ送る生活も愛しいとか思えたり……しねーわ!


 どうせ明日も明後日も、暇を持て余して、周囲にひそひそされて過ごす日々が続くに違いない。

 楽しいことを何とか見つけ出して一人でほくそ笑む生活に違いない。

 生活魔法が使えず頭を抱えることの多い日々に違いない。


 いつまでそんな日々が続くかわからないけど、本当に何もなくてぼんやり過ごす日々よりも、仕事をこなすだけで精一杯でボロボロになるよりはいいのかもしれない?

 いやあ、でもさ、自分で稼いだお金で買い物するのは全然後ろめたさとかなくてサイコーなんだわけ。

 ああ、働きたい。


 多分しばらくこの葛藤は続く。

 主婦になれない異世界転生者の苦悩は続く。


 とりあえず、文字の読み書き頑張ろう! 話はそれから。



 それでもやることがあるだけ、見つかるだけまだましだよね。

 頑張ろう。



 おしまい

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一家で異世界転移したら、専業主婦になれなかった 古杜あこ @ago_t

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