第5話 ハイソサイエティとの交流会

「あ、そうだ言い忘れてた」


 私の機嫌がよくなったことにあからさまにほっとしていた夫が、何気なくそう言った。

 

「明日、王妃様がきーちゃんをお茶会に招待するって。これ招待状」


 懐から封筒を取り出して、夫はとんでもないことを言いだした。

 息子が封筒を横からひったくるように奪い、開封し中の便せんを取り出した。


「ちょっと勝手に――」

「だって読めないんだろ?」


 まあ、そうだが。ちょっとなら読める。ちょとだけなら。


「読めん」


 息子はすぐに放り投げた。おい! しっかりしろ現役学生!


「ああ、多分招待状は読めないだろうから、伝言、明日午前中にお迎えに上がりますので、家でお待ちくださいって」

「なぜ断らない!」


 あっけらかんと言い放つ夫に、私は詰め寄った。

 王妃様とお茶会って、なんじゃそりゃ!?

 何が楽しくて天上人とニート、じゃなくて高等遊民がお茶をしなきゃならないの!?


 ……なんか高等遊民なら王族とお付き合いがありそうな響きなの不思議だわ。内容ニートなのにね。


「断れるわけないって。雇用主!」

「……そうか、王様が雇用主ってことは、社長夫人……」


 いや、むしろ会長夫人みたいなものか。

 夫の会社の会長夫人とお茶するって、ハイソサイエティな香りがする。

 私は庶民! 実家もザ庶民!


「……部下が断れない誘いをかけるのは、パワハラ!」

「そんなに労働者守られてないしなー」

「異世界の悲しいところね」


 労働者の身分云々より、多分平民だからなんだろうけど。異世界って差別社会か。


 なんで日本で異世界流行るんだろう。みんな差別されたいマゾばっかなのか。あ、いや逆か。みんな貴族になって見下したいのか。サドなのか。


 ……差別とか面倒くさくね? 横並びのゆとり教育も微妙だけどわざわざ見下しに行くのってよっぽど暇だとしか思えない。

 多分この国で一番暇な私が言うのもおかしな話。


「王妃様のお茶会って、何か高級なお菓子とかありそう。お土産よろしく、お母さん」

「他人事だと思って!」


 まあ、母親がニートでも息子はグレないでいてくれるし、夫も優しい。家族仲良く平和が一番だ!




 というわけで、ニート改め高等遊民、登城する!

 布張りの馬車に乗せられてやってきたのは、召喚された日以来の城だ! 言い換えれば夫の職場。


 立場がよくわからないが、秘書オーラを放つ人に城の中を案内されている。

 城の中の教会に連れて行かれて、夫が彫った天井細工を見せてもらったが。

 ……夫よ、なぜ異世界でハスを彫る! 仏教じゃねーんだぞ!! と喉元までせりあがってきたツッコミを必死で飲み込んだ。


 しかし、見事な彫刻細工だ。これから専門の職人により着色がなされるそうだが、木目が見えるままでもいいように思えた。

 夫が器用なことは知っていた。本当にすごいな。大事にしよう。今夜は謎肉ステーキにする(夫の好物)


 あれこれと夫の仕事を見せてもらったり、城の施設を見せてもらったりと城内をぶらぶらして、本日のメインイベントだ。

 王妃様との面会。


 多分一対一はないな。偉い人だし。一瞬だけ顔を出してすぐにどこかに行くに違いない。絶対そう。


 城のバラが咲き誇るバラ園に入り、すでにお菓子がセットされたテーブルへと案内された。

 あれ、おかしいぞ? 茶器の数、二人分だけ?


 席に座らされて待つことしばし、あれ、王妃様一人で来ちゃったよ!?

 慌てて立ち上がり、素直にお辞儀をする。カテーシーとか知らんし。

 しかも今日の服装、完全に町人スタイルだわ。丈の長いチュニックにエプロンドレス、みたいな。着替えさせてくれんのかな? なんてちょっと期待してたのは内緒。

 でも案内してくれた人もすれ違う人も誰も私の服装見とがめるようなことなかったし。


 ああ! 異世界人だからそんなもんだって思われているのか。


「ご無沙汰しておりますね、キララ」


 王妃様は50代半ばという話。王様が60歳になったばかりなのを考えればまあまあいい感じの歳の差だと思う。

 頼むからきららって呼ばないでほしい。知ってるよ、この国でもその名前は浮いているって。


「お招きいただきましてありがとうございます、王妃様」


 護衛もなしに来ちゃったけど、多分その辺に隠れてんのかな。ただ異世界人だから無礼なのはある程度我慢してほしい。お願いします。


「どうぞおかけになって。あなたとは一度ゆっくり話をしたいと思っていたのよ」


 まだ若々しい艶のある肌や髪。

 まあ私の両親よりは若いけど、それでも年齢よりもお若い。

 私と並んでも、姉妹ぐらいの年齢差に見えるかもしれない。


 王妃様はニコニコしながらマナーを気にせず軽食やお菓子を楽しむように言ってくださった。

 お言葉に甘えて早速テーブルに置かれた焼き菓子が盛られた皿からマドレーヌみたいなのを摘まんだ。遠慮? するわけがない。王妃様が遠慮せずっつってんだからする方が失礼!

 というのは建前で、お腹が減って仕方なかったのだ。

 朝食は昨日の残りのスープだけ。広い城の中をひたすら歩かされて、喉も乾いたしお腹も減っている。

 さすが王城、お菓子は文句なしにおいしい。


「こちらでの生活はどう?」

「そうですね、暇です」


 ここで変に取り繕うする必要はない。正直に答えてやる。


「生活魔法が使えないので、やれることがないんです」

「教会の子供たちに魔法を教えていると聞いたけれど」


 それを知っているのか!?

 情報網の広さに舌を巻くが、まあ、そうだよね、異世界人なんて怪しい奴を野放しにはしないか。


「あれは魔法そのものではなくて、呪文を教えているだけで……」

「呪文? 掛け声に何か意味があるの」


 ないけど、かっこつけだけど。


「子どもたちはあると考えているようですので、向こうの世界の物語の呪文を教えておりまして」

「まあ、物語の! そうですね、私も幼い頃は物語の王子様が使う魔法にあこがれたものです」


 王子様にか。割とお転婆なパターンとみた。

 でも私が呪文を広めている対象は「幼い」じゃなくて「中二病」だ。思春期、成長過程、そういう段階だから王妃様の憧れとはまた別の話。


「でも、生活魔法を使えないのは、苦労をするわねえ。海を越えた砂漠の国の民は魔法を持たないそうだけれど、民の生活がどうなっているのかは、ここからではわからないし」

「魔法を持たない国があるのですか!」

「ええ、ただ王族は魔法を使えるの」


 へえ、異世界こっちで生まれるたらデフォルトで生活魔法を習得してるかと思っていたけどそうじゃないと。国によって違うってマジか。

 ……もしかして、その国に行けばハンナ婆に媚び売らなくてもやっていけんのかも?

 でもなあ、電化製品使わない家事って超かったるいからな。やることないからやってもいいけど、体力的には厳しいかもな。


「生活全般、お困りでしょう。今はどうやって生活をしているの?」

「全部外注ですね。洗濯代行を生業にされている方にお願いしていて、食事や水は全て町で購入しています。掃除だけは、狭い家なので自力で何とかなるんですけど」

「そうだったの!」

「家のことをこなせないので、やることもなくて、それで子供たちに――」


 ラノベの知識を植え付けて知識チート気取ってました! とか、チートでもなんでもないか。


「キララ、それならば、タツアキと一緒に城に勤めてはどう?」

「私は夫のような器用さはありませんよ」


 あれと同等の技術を求められても困るから先手を打っておくことにする。

 夫はあれだ、手に職をつけた人。私は凡人。

 絵とかかけたら楽しいだろうなと思っているけど、もし描ける人だったら、今頃きっと美少女イラストを異世界にばらまくテロを慣行していたと思われる。完璧やべー人。


「タツアキもそう言っていたわね。でも、あなたとても笑顔が素敵だもの」


 ようやく目の前に置かれたお茶を一口飲んだところだったので思わず吹き出しそうになった。

 いきなり何をおっしゃるのやら。


「城の一部を市民に観光施設として公開する予定なの。アテンダントをして活躍してみては?」

「文字の読み書きができないんですが」

「観光客の案内がメインよ。文字は使わないわ」


 おおう! それは若干そそられる条件。

 だけど、おいしい話には落とし穴があるよね、定石。

 使わないって条件だったけど実際使うとか、もしくは王妃様が勝手に決めたけど現場には話が伝わらないとかそんなん。もしくはワンオペ職場とか。


「ちなみにその事業って、公営――王家が直々にやるんですか?」

「そうね、公共事業みたいなものね。正直に言えば失業者対策」


 わーお!

 失業者対策事業を公共事業でやるってことは景気悪いの?


「鉱山が閉山になったことで、元鉱山労働者が失業して、城下にたむろっているの」

「鉱山労働者に観光事業は結構ハードル高いんじゃ……」

「直に就いてもらうわけじゃなくて、間接的に仕事を与えられるんじゃないかと思って」

「直にじゃないと意味ないですよ!」


 何言ってんだ、この人。少し考えればわかりそうなことなのに?

 観光業を公共事業にって、何らかの利権が絡んでるとか?

 それを知るのって、私やばくない? ちょっとわくわくしてきた!


「観光業に力入れるなら、道の修繕とか、建物――ほら城もちょっとガタきてんじゃないですか、そういうのを直すような仕事を先に公共事業として推し進めた方がいいですよ。鉱夫から土木作業員なら、そんなに離れてないし、雇いやすい?」

「この古びた感じに趣が……とかではなくて?」

「その気持ちはわからなくないですけど。財政ヤバイんですか」


 直球に聞いてみる。


「向こう数年は閉山の影響で厳しいと聞いています」

「うーん、それならこの話は、この国の困っている人お譲りしますよ。うちは夫が王城で働いていて、税金から十分なお給金をいただいておりますので、これ以上を望むのはあまり好ましくないですね」

「そう? じゃあキララ、またこうやってお茶に付き合ってもらってもいいかしら」


 はあ? という言葉は一生懸命飲み下した。

 何をおっしゃられているのやら。


「暇なんでしょう? 私も何も考えずにおしゃべりできる時間がほしいのよ! 異世界人の調査と言えば皆何も言わないと思うし」

「……はぁ」


 暇だなんて言わなきゃよかったなー……。

 でも断れる話でもなさそう。


「ねえ、どうかしら」

「わかりました。頻度は極力減らしましょうね」


 暇な私と違ってお忙しいのだろうし。

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