第4話 ママ友なんていない!

「お母さん、明日授業でダンジョンに行くから薬草準備して」


 夕方帰ってきた息子が開口一番そう言ってくる。

 ……何かしれっと、わけのわからないこと言ってない? ダンジョンに行くってすげえな異世界の学校。それも疑問だけどそれよりも気になるのは、持ち物?


「圭一朗、今なんつった?」

「だから、薬草が欲しいんだって! 用意して!!」

「薬草って売ってんの!?」

「知らねーよ! みんなお母さんが準備してくれるって言ってたから聞いてもわかんねーって言われた!!」


 なんと!!

 わかんねーもんを用意なんてできねーよ。


 スープに大麦を入れながらも胸中で悪態をつく、が。

 いやそんなことしてる場合じゃない。

 必要だと言うのならば用意しなくては。

 まだ夕方。大丈夫。

 朝起きてその日に必要なものを言いだすこともたまにあるアホ息子だ。アホにしては上出来な時間帯。


 でも異世界にはイオ〇がない。西〇もない。アピ〇もない。

 欲しいものは、閉店時間が夕方の専門店で買わなければならない。


 ええい、こうしちゃいられない!

 夫から生活費としてもらっているお金を財布に突っ込んで、家を飛び出す。

 

 目指すは近所に住む息子の友人の家だ。

 呼び鈴を鳴らして、息を整える。

 殺気ばしった目で息を切らせながら家にやってくるなんて婆なんて、どこの妖怪だ。


 ドアから顔を出すのは、息子の友人のお母さん。


「あ、こんにちは」

「こんにちは、突然申し訳ございません!」


 気さくに挨拶してくれるので、笑顔で挨拶を返しつつ、突然の訪問のお詫びをする。

 つーか、ホントさ、思うよ。

 異世界結婚早すぎ! 出産早すぎ! お母さん若過ぎ!


 まだ20代半ばぐらいでしょ。私そのぐらいの年で息子生んでるんだわ。

 たまに30代ぐらいの人もいるけどさ、皆若くて可愛らしい。

 肌もピチピチしてるし、体力も多そう。

 

 40代は、もう、その輪には、入っていけない。。。


 ママ友なんて元の世界にもいなかったけど、こんな若い子の集団にぐいぐい行けるほどの勇気、ないよ?


「息子からダンジョンに行くから薬草を用意してと言われましたが、薬草ってどうやって入手したらよいかわからなくて。お教えいただきたく参上いたしました」


 あれ、何か言葉遣い変だ。緊張しているせいだけども。


「ああ! あれみんな家でつくるんだけど、ケーチくんのお母さん魔法使えないんでしたよね。よければうちのわけますよ」

「あ、あ、あ、ありがとうございますうう!!」


 思わずジャンピング土下座をかましそうになって慌てて自制する。

 年配女の土下座など恐怖でしかないだろう。


「あ、全然! ケーチ君にはうちの子が迷惑かけてばっかだし。あ、ちょっと待っててくださいね」


 無事に薬草をゲットしたぞ!

 しっかし、本当、異世界のママ、若ぇな!(二度目)

 いいな、あんな若い頃に戻れるもんなら戻りたいわ。……こんなに美人じゃないから、今とそう変わんないけどさ。やっぱ違うわけよ、体力とか気力とか、あと気分的にも。



「ケーチ! 薬草入手してきた! 荷物に入れときな」

「誰だそれ!?」


 息子とそんなやり取りをしていたら、夫が帰宅した。

 こんなに帰宅が早いのは珍しい。

 急いでスープを温めないと。慌てて買ってきたスープに昼間炊いた大麦を突っ込んで庭へと向かう。

 温め直しは例のバーベキュー簡易コンロだ。おかげさまで火をつけるのもお手の物だ。


 火打石で火をつける仕事なんかあれば立派に勤めあげる自信がある。

 まあ魔法がある限りそんな仕事はないか。

 いや、バーベキューレストランとかどうだろう。

 魔法のない不便な暮らしを敢えて楽しむとか、ほら、日本でも意識高い系? 自然派系? が絶賛してた! それ、やってみようか。


 鍋を火にかけているとぐらぐらと沸騰したので、炊飯時と同じように少し火から離れたところに鍋を移動した。

 直火の上には買ってきた謎肉の串焼きをくべる。


 一年に一回ぐらいキャンプに行っていたので、少しは素地があったからこの毎日キャンプ生活もなじむのが早かったし、慣れちゃえばこれはこれで全然苦じゃない。

 毎日が半アウトドアって考えてみればそれはそれで楽しいかもしれんな……。

 超ポジティブ思考的にはそういう判断だ。



 適当に出来上がった食事を家の中へと運ぶ。

 ソファにごろごろしているバカどもを準備作業をするよう操作しながらもスープを器によそって、息子に渡した。


「何このぶつぶつしたの、米?」

「麦」

「麦って売ってんの?」


 夫がスープを覗き込みながらそんなことを言ってくる。

 いいからお前はパンをテーブルに並べろと言いたい。


「市場で」

「お母さん市場で買い物できんの!?」

「お母さんをなんだと思ってるんだ! ケーチ」

「だから誰だよそれ、その呼び方やめろよ」


 反抗期か。

 

 夫の帰宅が早かったので、珍しく三人そろって温かいご飯だ。

 普段は息子だけ温め直したご飯を食べさせて、帰宅した夫と私で冷めたごはんを食べている。

 夫に温かい飯を食べさせろ鬼嫁! と? そんなに温かいのが食べてければ自分で温め直すか定時で帰宅するかどっちか選べ!

 常に夫は大人しく冷めたごはんを食べている。

 私も冷たいご飯を食べているからそれでいいじゃん。


 電子レンジがあれば別。生活魔法にも電子レンジの温め直し機能みたいな魔法あるのかな。

 あったら魔法習得したくてたまらないのだが。

 ……そもそも、魔法を使えないと思いこんでいるだけで、私が魔法を使える可能性って微レ存?


「米みたい」


 麦を食べながら息子は複雑そうな顔をしている。

 さすが米子の息子。米が恋しいのか。


「米食べたいかもしれない」


 夫も言う。さすが米子の夫だ。十五年以上連れ添えば好みは似るのだろう。

 が、断言しよう。


「米、探し回ったけど、なかった」


 その結論を口にすれば、夫と息子がそろってため息をついた。

 結構深刻なコメ不足な鈴木一家である。



「市場に行ったのか」

「うん」


 確保している水を使って食器を洗っていたら、夫が話しかけてきた。

 これはあれだ、『俺も行ってみたいから一緒に行こうって誘ってくれ』という意味だ。

 面倒臭いから気づいていたけど気づかないふりをした。

 

「ずっと言ってるけど、ニートつらい暇すぎ。そりゃ市場にも行くわ」

「今までずっと共働きで苦労かけてきて、ようやく俺の給料だけで養えるようになったんだから、ゆっくりしてくれていいよ」


 確かに夫は薄給だった。

 私が働かないと生活が成り立たないぐらい薄給だった。

 でも今は仕事をすればするほどきちんとお給金をもらえるらしい。

 しかも夫の好きなように作れるので仕事というより趣味で食っている状態。

 仕事が楽しいって……殺気が芽生えるわ! くそが!


「お金じゃないって、気づいたの。ニートは心を殺すんだって」

「ニートって」

達朗たつあきさんも、圭一朗けいいちろうも毎日が充実してんのに、私はできることが何もない。一日、(洗濯めぐってBBAと冷戦繰り広げたり、日本のラノベ・古典呪文を唱える子どもをニヤニヤ眺めたりする以外)何もすることがないのは、正直つらい」

「ニートって」


 夫は苦笑するけれど、ニート以外の何物でもない。

 むしろ最近、昭和の時代によくいた『何をしているかわかんないけど面白い親戚のおじさん』みたいな存在になりつつある気がして仕方がない。


「ちなみに、日本に帰ってもクビになっていると思うから、ニートにまっしぐらだよ!」

「専業主婦じゃないのか」

「家事をやらない主婦は寄生虫だ!」


 家事は全部外注。

 これで主婦名乗ったら、専業主婦に八つ裂きにされても文句言えない。

 だって、私、家事も親戚づきあいもご近所づきあいもママ友付き合いも何もできてない。


「きーちゃん、高等遊民だ」

「……高等遊民?」


 高等遊民とは「裕福だから働かなくてもいい人のこと」。と、その意味を頭に巡らせて、おうむ返しにその単語を呟く。


「ニートじゃなくて、高等遊民」

「高等、遊民」


 いいね、それ!

 明日から高等遊民を自称する! それ採用だ!


「明日から私は高等遊民!」

「そうそう、高等遊民」

「バカ夫婦」


 反抗期が小さく吐き捨てていたけれど、聞こえないふりをしてやる。

 残念ながらそのバカ夫婦から生まれたのがお前だ、バカ息子。

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