第3話 異世界の市場にオタクの祭典を想う

 新しい朝が来て、またいつものようにハンナさん相手に神経を削って家に戻ってきた。

 厭味を言いつつもどうせ引き受けるんだからと、洗濯物はハンナさんに頼む前に定位置に置いている。

 

 帰ってくれば自由。

 息子用の文字の教材を抱えながらも、朝食のパンをかじる。

 ふすま入りパン、結構おいしい。健康的。

 でもそろそろお米が食べたい。

 

 今ではキラキラネームとか可愛らしい代名詞だが、私が若かりし頃にはドキュネームって蔑称だったわ。

 「きらら」という名前はそのドキュネーム。DQNネームとも。希望の星と書いて「きらら」。


 連想するのは米だ。

 「きらら397」だ。

 だがこの品種のせいで中学時代の私のあだ名は「米子」だった。

 「よなご」ではない「こめこ」。


 ずっと米と呼ばれて続けてきたから、もちろん米には思い入れがある。

 だからこそ、今お米が食べたい。

 異世界にだって米はあるはず。

 平成の米騒動を体験した私にとってみればインディカ米でもタイ米でもなんでも愛せると思うの。


 そういうわけで米子、行きまーす!




 市場へやってきた。


 日本人の私からすると、どでかいフリマみたいな売り場だな、と毎回思う。

 テントを張って、その下に商品が並べてある。

 専門店なら商店街にあるので、ここは掘り出し物を探す場所なんだという認識。

 まあ今まで眺めているだけで中には入ったことはなかったけれど。


 主婦歴約15年の勘が告げている。

 ここなら米、多分あるぞ、と。

 統一感のないテントが乱雑に広げられた市場はくっそ歩きづらい。並べられた商品に気を取られているとテントの骨組みにぶつかったりする。

 

 有明の某即売会を見習えといいたい。――いやあれもあれで色々問題ありと聞くけれど。

 BBAだからもう夏参戦は無理だわ。むしろ冬も無理か。BBAだから。

 多分古のオタク同士は存在しているだろうし、行けば楽しめるんだと思う。


 けど、私、自分のオタク嗜好を家族にもカミングアウトしてない!

 年末の超忙しい時期に、どんな顔して「ちょっとゆりかもめに乗ってくるね~」って言えばいいのかわかんない。

 

 転移したオタクBBAはオタクBBAであることをひた隠す、ってね。

 

 こんなにオタクが市民権を得ている今、オタクであることが、恥ずべきことではないとわかっている。

 が、今更言えない。

 異世界転移ではしゃいでたとか絶対に言えない。


 でも今は、カミングアウトのタイミングを考えている場合じゃない。

 

 米だ、米。米が食べたい~!!

 雑穀らしきものが並んでいる店はあるけど米はない。私が欲しいのは稲の実!

 絶対にあきらめない!


 


 なかった。

 米、なかった。

 主婦歴役15年の勘、外れた。


 仕方ないから麦買った。大麦だ。

 うるち米に混ぜればおいしい麦ごはんになる。

 それはわかっているけど、100パー麦ご飯って大丈夫か?――大丈夫だ、問題ない。(多分)

 


 帰宅して、庭先に薪を組みその上に小枝を乗せる。

 必死で会得した火打石で火をつけるスキルを発動し、小枝から薪へと火が移るのを待つ。

 

 取り出したるは水が入った袋と鍋、そして洗った大麦。

 鍋に大麦、米を炊くと同じ量の水を入れて蓋をする。


 そして、金属で作った枠を焚火の上に組む。これは夫が作ってくれたグリルである。

 夫は器用で素晴らしい。『たっちゃんかっこいい♡』と持ち上げたらすぐに作ってくれた。

 BBAの色仕掛けが有効。夫の趣味、悪すぎる。

 息子が視界の端でえずいていたのでもう二度とやらない。息子には可哀そうなことをした。


 簡易グリルに鍋を乗せて、しばらく待つ。

 ぐらぐらと沸騰してきたサインが現れたので、火から少しだけはずしたところへと鍋を移動させる。

 ここから15分でいいか。

 900秒ひたすらカウントだ。

 スマホの電源が切れた今、ストップウォッチなんてない。時計のない異世界。頼れるのは自分だけ。


 899……900!

 よし!

 

 鍋を火からおろしてタオルでとってをくるんで蓋を開ける。

 どれどれ? 若干水気が多いけど、どうなんだろう?


 焚火に雨水をためたバケツの水をかけて消して、鍋を持って家の中に戻る。

 スプーンで鍋の中をひっくり返すようにかき混ぜて、少し放置。

 カウントは……めんどい、もうやめよう。


 飲み水用の瓶からコップへと水を注いで、昨日の夕飯の余りの大根の酢漬けをテーブルの上に並べて、さあ、ついに炊いた麦との正式な対面だああ!


 さきほどかき混ぜたスプーンで皿にこんもり大麦をよそう。

 ほかほかなのがわかる湯気のたちぐあい。

 これは……もう、絶対、おいしいビジュアル!!!!!!


「いただきます!!」


 よそったスプーンをそのまま食事用に転用。

 一口分をすくって口へと運ぶ。


 こ、これは……!!!


「生煮え……!!!」


 ちょっと歯ごたえがある。って感じだが。

 食べられないことはない。でも生麦はなんかちょっと怖い。

 ……夕食用にスープを買ってきて、それに入れて食べよう。

 そうしよう。


 でもなんか、これって、こみあげるものがあって、思わず吹きだした。

 めっちゃ楽しい。

 こんなに愉快なのって、――中学生が竜〇斬ドラグ・スレイ〇使ってんの目撃した以来だわ。

 あれ、結構最近?

 なんだ、結構楽しいんじゃん、異世界。


 楽しみ方がちょっとおかしいことは自覚している。




 ま、楽しんでいても、ニートであることには変わりがないわけで。

 働かないと人は堕落する一方なのだ。


 まだ息子が赤ちゃんの頃、赤子はかわいいけど、世間から取り残されているような感覚があったのを思い出す。

 息子を育てることが社会貢献だっていわれても、子どもを育てるのは親の義務だし、そんな特別なことみたいに言われるのは何か違うと思ってて。


 育休を取らせてもらった会社も、結局は子育てが立ち行かなくなってやめざるを得なくて。

 それでその後はパートタイマー一直線。

 時間に余裕ができたからフル勤務しようと正社員求人に応募しても全滅。

 職安の講座でPC操作を勉強して、応募書類の作り方指導も受けて相談を繰り返して、それでも就けたのは派遣社員という非正規世界だけ。


 あの時、正社員をやめないって選択はなかったから後悔はない。

 でも、もう、私が正社員で働くことはできない。


 ――なあんて、思っていたんだけども!

 正社員どころか、お小遣い稼ぎすらできなくなるとは思わなかったわ。

 さすが異世界、ぱねえ!!

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一家で異世界転移したら、専業主婦になれなかった 古杜あこ @ago_t

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