第2話 国語の成績は良かったんですよね。使えないけど。

 大学を卒業して二十余年。働かなかった時間は息子を生む前の二ヶ月間と生んだ後の一年ぐらい。

 それ以外は雇用形態にかかわらず必死で働いていたと思う。

 

 結婚前は事務職だった。一応PC使ってた。

 息子を生んで働き方を変えて、短時間のファミレスパートも、スーパーのレジパート、あとビジネスホテルの受付もやった。

 最近、ようやく息子も大きくなって時間に余裕ができたからとパートから事務派遣にクラスチェンジして、収入が増えた! うぇーい! って喜んでた。

 なのに。

 

 な の に !



 なんで私は異世界でニートをやっているんだろう。



 

 答えは単純。働く先がないからだ。


 先述した通り、主婦の道は魔法が使えない時点で閉ざされている。

 手間と時間がかかる割に仕上がりがイマイチな洗濯や炊事は趣味ならば許されるといったところ。


 かといって今までの経験生かせる仕事が異世界にあるかっていうと、どうなんだろう。

 レジスターないよね? ファミレス、ないよね?

 PCないよね?


 文字の読み書きができないことも無能感に拍車をかけている。

 書類仕事は絶対できない。事務職なんて夢の夢。


 一応は文字についてちょっとだけ勉強してはいる。

 息子の教材借りてやってはいる。

 簡単な文字ならわかる。でも仕事となると――。



 夫も息子も充実異世界生活。

 妻であり母である私だけが不完全燃焼ニートって……!



 神様、最近自分の存在意義がわからなくなりました!


 

 というわけで、直接神様に訴えるため、教会にお祈りきた。


 洗濯の外注を終えれば暇しかない。

 近所の人たちとの井戸端会議とか絶対入れる気がしないし。

 あの人たち、常識ではありえないような髪の色とか目の色してんのに、私の頭見て「きたねえ茶色w」とバカにするので交流するだけ悲しみが増す。

 ハンナBBA筆頭。


 でも仕方ないそれもこれも私がニートだから。

 ちゃんと働けばコミュニティーも受け入れてくれる。だってコミュニティーってそういうものだから。ちゃんとしている人にはちゃんとその意義を果たす。これがご近所コミュニティー。


 ああ、働かないと。

 働くためには魔法を得るか、文字を習得するかしないと。

 ……勉強するか。


 ここで祈っていても、神様がチート能力を与えてくれるとは思わない。

 古のラノベオタは一応流行りも履修するから俺TUEEEEもわかる。

 あれはいいよね。昔の何だかよくわからない全能感を抱いていた気持ちとか思い出してノスタルジックな気持ちに浸れる。


 すくっと立ち上がって、教会を後にした。



 教会の外では小学生低学年ぐらいの子供たちが魔法の練習をしている。

 無料で教会の人が教えてくれていると聞いた。


 まだ幼さの残る体で、小さい火の玉とか氷の粒とか出している姿は可愛くて微笑ましい。


「おばちゃん、何見てんだよ!」


 話かけられたことで、ちょっとだけ悪戯心がうずいた。


「魔法って呪文が必要でしょ?」


 これは息子から聞いた知識だ。

 魔法を発動させるためにはタイミングを計るためだけに呪文を唱える習慣があるらしい。

 しかも、この呪文は好きな言葉を言っていい、と。


「カッコいい呪文、知りたくない?」

「知りたーい!」


 その場にいた子供たちの声が見事に重なった。




 異世界から来たおばちゃんがカッコいい呪文を教えてくれるということで、興味本位で結構たくさんの子供たちが集まった。

 みんな小学生の低学年ぐらいの子だが、三名ぐらい中学生っぽい少年たちもまざっている。

 わかる、「かっこいい!」に魅入られる年齢だ。

 私が元いた世界ではそれを「中二病」という。

 私も長い間患った厄介な病気だ。でも成長には必要な病。

 よしよし、思い切り沼にはまるがいい。


「じゃあみんな聞いてね、『黄昏よりも昏きもの 血の流れより赤きもの』――」


 古の聖典からの引用だ。

 子どもたちよ、心して聞け!!



「なげーよ!」

「おぼえらんねーよ!」


 小さい子どもたちは早々に諦めたが、さすがに中学生の年齢の子どもたちは最後まで粘った。

 口伝でしか伝えられない単語をノートに書き留めて、何度も繰り返し演唱する。

 そうだ、これが中学生。正しき中学生オタクの姿だ。

 感動した!

 今私は猛烈に感動している!

 

 

 ちなみに、早々に諦めた子どもたちには、「『我は放つ〇〇」で放て」とアドバイスしてやれば「あ、それ短くてかっけー」とニコニコ笑顔で去っていった。

 離脱した子どもたちのアフターフォローもできて、BBAの呪文教室は終了だ。完璧じゃね?

 さあ、古のラノベ聖典よ、この異世界でどう作用する!?


 

 

「等しく滅びを与えんことを!」

 

 その声と同時にライターで灯すぐらいの小さな炎がやや小さい手から放たれる。

 

 一週間後、中学生ぐらいの年代の少年たちの間で「竜〇斬ドラグ・〇レイブ」の呪文が大流行。

 炎を放つのも、下手したら生活魔法を発動するのも「竜〇斬〇ラグ・スレイブ


「すげぇなスレイ〇ーズ……」


 思わず漏らすのを止められなかった。

 ラノベは異世界の壁を越えた。

 

 もっと若い頃だったら他の魔法の呪文カオス・ワーズも覚えていたのにな。発展できなくて残念。

 ギガの方も覚えているけど、やめとこう。何か変な作用があっても責任とれない。


 ちなみに私の最推し魔法は「霊王結魔弾ヴィスファランク」なんだけど、これを語り合える人はこの異世界に一人もいない。寂しい。

 正義の拳を全てのムカつく輩に叩きつけてやりたい。

 ちなみにあれの呪文カオス・ワーズはなんだっけ、「すべての心の源よ」からはじまることしか覚えていない。残念、あと20年若ければ覚えていただろうに!


「おばちゃん、他にも教えて! カッコいい奴!」

「えー、そうだなぁ」


 どうしよう他の呪文思い出せない。古典ラノベって何があったか?

 FQはさかさま読みだからそんなに面白くない。

 ああ、もう古典なら、これでいいか!


「はるはあけぼの! ようようしろくなりゆく!」



 枕草子も流行っちゃった☆

 清少納言もびっくりだ☆


 冬まで暗記できていたから四種類も用意できたことに満足。

 しかし随筆を口にしたあとに魔法が発動すると割とそれっぽくてやべ愉快だわ。


 「わろし!」で氷が降り注ぐ魔法とか最高だ。



 このところそんなこんなで子供が謎呪文を唱えながら魔法の練習するさまを眺めているのが趣味になった。

 我ながら悪趣味だとは思うけど。


 よし、次は方丈記でも教えてみよう。

 『ゆく河の流れは絶えずして』って絶対かっこいいぞ☆


 こうなってみて改めて思うんだけど、40過ぎてもそのフレーズが記憶に残っている古典ってすごいわ。

 っていうか、教育って大事だよね。まさかこんな風に生かせるなんて思わなかった。

 多分神様だって予想できなかったと思うんだ。


 ホント人生何があるかわかんないもんだな。

 四十路になってもまだそういう風に思えるなんてね。

 中二病真っ盛りのきららちゃんは想像もしてなかった未来が今ここにあるんだ。

 何か変な感じ。

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