一家で異世界転移したら、専業主婦になれなかった

古杜あこ

第1話 異世界転移したら……役立たずだった!?

今日は一日、何をしたらいいんだろう。


 城へ出勤する夫と、近所の学校に向かう息子を見送って私は小さくため息を吐いた。


 

 私こと鈴木 希星きららは42歳になる歴としたおばちゃんだ。

 ちょっと前まで派遣社員をやって家計を助けていたけれど、今は専業主婦――になれない、しがないニート。


 私と達朗たつあき(45歳)、そして息子圭一朗けいいちろう(13歳)が構成員を務める我が鈴木一家は、つい一か月ほど前にこの異世界にやってきた。

 一家でいわゆる『異世界転移』をしてしまったのだ。

 


 「異世界って何? 何のこと!?」と普通のアラフォーなら混乱したかもしれないが、私は古のラノベオタクだ。

 「異世界? ああ、もしかして召喚とかされちゃった?」と連想できるぐらいには中二病を経て大人になった経歴がある。


 まあ、どうせ転移させてくれるんだったら、あの中二病真っ盛りの若い時分にやってほしいもんだ、と思ったのは夫と息子には一生言えないけれど。



 お城の地下のそれっぽい魔法陣の上に、家族三人で立っていたことに気づいた瞬間、咄嗟に『異世界召喚! ファンタジー! イヤッホー!』と胸中で叫び、数瞬後、我に返ってパニックに陥った振りをした。

 ここでいきなり喜ぶのも変だという咄嗟の判断は間違えてはいなかったと思う。

 

 それまでおろおろしていた夫と息子は突然パニックに陥った私を見て、

「きーちゃんしっかりしろ(きららとは呼ばれたくないからあだ名を徹底させている)」

「お母さん落ち着いて!」

 と正気を取り戻したのだから、私グッジョブである。

 

 何かもう色々間違えている気がするけれど、考えたら負け。

 古のオタクはスルーも得意だ。


 その後、手違い召喚だったと国王様に謝罪されて、元の世界へ帰る方法がないと告げられた時は「キタ――――――!」と胸中で雄たけびを上げたのは当然だろう。

 一応帰るための研究はしてくれるという話だったので、悲しそうに目を伏せながらも、「お願いします」と伝えておいた。



 ちなみに手違いってことは勇者か何かを召喚したかったのか? をめっちゃオブラートに包んで聞いておいた。

 これは重要な話だ。

 回答によっては私たち一家の在り方が変わってくる。

 もしかしたら一家で魔王討伐しなきゃならないのかと思ったが、そんなことはなかった。

 新人宮廷魔術師への指導中の事故召喚だそうで、どうやらこの世界、魔王とかの脅威はないようだ。



 そんなわけで私たち鈴木一家は国王様の保護の元、この異世界で生活をすることになった。

 事故召喚の被害者だし保護は妥当だよね?

 


 夫は元々造作家具を作る仕事をしていた。

 今は城の家具の修繕を請け負っている。

 椅子の修理をした時に、背もたれの背面にそれは見事な花の彫刻を彫り込んでみせたところ、その椅子が高位貴族の目に留まったとかで一気に舞い込む仕事が増えた。

 今では王城だけではなく、貴族の豪邸の仕事も請け負っているそう。

 割と腕がいいのは知っていたけど、家計に入ってくる報酬額の多さに、毎回腰が抜けそうになっている。

 

 そして元の世界ではごく普通の中学生だった息子。

 息子は夫ほど輝かしい道を歩んではいないけど、下町の学校に通うようになった。

 今まで「受験ヤダなー、だるいなー」って感じの中学生だったのに、今や木剣片手に毎日楽しそうに学校に通っている。

 何か剣術クラブに入ったらしい。

 小学校の修学旅行のお土産に木刀を買ってきた辺りから何となく察してはいたけれど、やっぱりそういうところは男子っぽい。傘を振り回していた幼少時代が懐かしい。

 勉強の方は文字を読めない息子用に特別カリキュラムを組んでもらっている。

 そのおかげでちょっとずつながら文字が読めるようになってきた様子。

 このちょっとずつ、というのが自分の成長を実感できるみたい。

 この、達成感を得られる快感にやられてか、現在勉強ハイ状態。

 まあ、色々思うところはあるが子どもは元気ならば母としては言うことはない。



 そして、そんな異世界生活にすっかりなじんでいる夫と息子を尻目に、妻であり母である鈴木希星きらら42歳は全然なじんでいなかった。


 夫も息子もオタク趣味がない。

 一番親和性が高いはずの古のオタク私が一番異世界になじめていないとはどういうことだ!


 文句を言いたい心を抑え、夫からもらったお小遣いをしたため、外に向かう。


 石畳の通路、石造りの家、まさに異世界! な光景。

 いい加減慣れたから感動はしないけど、つい目を奪われてしまう光景だ。


 14歳のきららちゃんへ。あなたは28年後異世界に行くことができます。だから希望を捨てないでね。特にそのキラキラネームに負けない強靭な神経を身に着けようね!

 生まれたときからこの名前は忌々しいものだったが、四十路に突入したからこそ、このキラキラネームはマジでつらい。

 この名前を私に与えた両親とは既に絶縁済みだ。


 キラキラネームが普通になりつつある現代なら許されたかもしれない。

 でもさ、てぃあらちゃんとか、そーどくんとか、40超えたらどうなるんだろう。改名するの?



 そんなことを胸中で語りながらも道を急ぐ。

 一つの家の前で立ち止まり、呼び鈴を鳴らす。

 しばらくして一人の老婆が扉を開いて顔をのぞかせた。


「ハンナさん、こんにちは。今日もよろしくお願いします」


 挨拶とともに夫からのお小遣いの一部を差し出す。

 先にお支払いしとかないとこの老婆の機嫌が最低値のままなのだ。ちょっと色を付けているから文句言われる筋合いはないはず。


「あんたまたなの?」

 

 差し出したお金をひったくるように奪ってハンナBBAは嫌そうに眉を顰める。

 ごめん、その表情はきららBBAがするもんだよ、と思うが。

 きららBBAの方は笑顔だ。

 笑顔がすべての取引を円滑にする、とはいわないけどさあ。むしろへらへらしていてむかつくとか言われるけどさあ。


 まあいい。


「はあ」


 これみよがしにため息つかれるのは、本当に何か心にずしんとくるけど、これは気にしちゃいけない。

 ふーんみたいな感じ。


「出しときな」

「ありがとうございますっ!」


 とぉっても朗らかな笑顔でお礼を述べて、自宅に軽い足取りで戻った。

 ああ、今日の一番の峠は越えたわ。ハンナBBAさえ攻略できればあとはヌルゲ――いや、ヌルゲーではないか。難易度NOMALぐらい? まあとにかくそんな感じ。


 夫の作業着や息子の昨日着ていた服を金だらいに入れて裏口から外にでる。

 共同水道のいつものところにそれを置いたら終了。

 あとはあのハンナB――もといハンナさんが洗濯魔法できれいにしておいてくれるっていう寸法だ。


 洗濯外注するのも手間だわね。

 夫と息子の服だけしか出さないのは、私の分は風呂おけでちまちま手洗いしているからである。

 そうすれば若干の費用削減になる。私は節約も考えられる主婦だから!



 異世界に来て一番困っているのは家事。


 この世界、文明は中世ぐらいの古めかしさがかなり異世界っぽい感じで好みなのだが、『生活魔法』という謎の魔法が存在する。


 生活魔法とは言い換えれば家事魔法だ。

 BBAに外注している洗濯も、掃除も、炊事も、全部魔法でやる。そしてこの世界に生まれた人たちは必ずこの魔法を使う能力を授かっているらしい。


 ……私、そんなのなかったwww

 思わず芝を生やしてしまうぐらい、私にはそんな力ない。

 専業主婦なのに、主婦できないwwwwwww


 死ねる。


 一応ね、箒とか雑巾とかはあるから掃除は頑張っている。

 だけど洗濯。だけど料理。

 

 最初は一応頑張ってみた。

 風呂おけで全員分の服を洗ってみた。一日終わった。

 料理もキャンプ飯意識して頑張ってみた。半日潰れた。


 外注してみたら、なんと一時間もしないうちに服は乾燥した状態で戻ってくるし、料理はめっちゃくちゃおいしい奴ができてるし。

 私が頑張った意味って!


 あと飲み水を作ったりとか、お風呂のお湯を作ったりとかそういうのも魔法。

 水もお湯も購入できるけど、どんなに頑張っても水は作り出せない。朝露を集めろと?


 まあでも、夫(王宮・宗教組織お抱えの人気職人)の収入もあるからすべてを外注で賄うことは可能。

 まともな生活を送るためには外注は必須。


 そうやって全部外注しちゃうとどうなるのか、というと。




 専業主婦がニートに進化しました!

 そんなわけできららは今ニートやってます!

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