第2話:ラナレクシア

 白い天井。熱弥が目を覚ますと真っ先にそれが目に入った。

 当然、見覚えのある天井ではなかった。病院にしては無機質すぎる事から、恐らくは防衛隊に関係する施設なのだろうと熱弥は予想した。

 続けて、呆けた頭のまま眠る前の事へと思考が移る。そしてエゼルステギアに乗って戦った事を思い出した瞬間、はっとしたように身を起こした。

 ひかりと水凪拓斗の安否が気になる。誰か事情を知る人と話したい。もしくは電話をしたい。そう慌ててベッドから出ると、今自分が入院患者のような恰好をしている事に気が付いた。スマホは制服のポケットに入れていたので今手元には無いという事になる。


「お目覚めになられたようですね、阿津坂熱弥様。17時間ぶりのお目覚めです」


 静かな部屋に女性の声が響く。

 急な出来事に肩を震わせると、部屋の扉が開いて女性が姿を現した。


「……えっ?」


 しかしその女性の姿はどうにも奇妙だった。

 衣服も含めた全身が青白いホログラムで、向こうの景色が透けているのだ。更に足元には3Dプロジェクターと思われる機械がある。

 あまりにも見慣れない光景に熱弥が固まっていると、その女性もといプロジェクターが熱弥の方へと近付いた。


「困惑するのも無理はありません。まずは落ち着きを取り戻す為にも簡単な自己紹介をいたしましょう」


「あ、ハイ……」


「私は"ラディエ"と申します。軍事用AIとして生まれ、今は試験段階としてこの施設でのナビゲーターを務めております」


 品のある仕草でぺこりとお辞儀をする。対する熱弥は礼を返しはしたものの、脳内は渋滞していた。


「軍事用AI……」


「はい。魔族との戦いをサポートするという目的の下で生み出された人工知能でございます」


「今はそんな技術もあるのかあ…… じゃなくてッ! 自分、阿津坂熱弥と申します。すみません、俺の持ち物ってどちらに保管されているのか分かりますか?」


 何よりもまず家族と連絡を取りたい。

 そんな熱弥の切実な質問を受けたラディエはプロジェクターからアームのような物を伸ばして熱弥にスマホを差し出した。


「別室にて保管されております。とりあえず今はスマートフォンのみお返しいたしますね」


「あ、ありがとうございます……! ここって通話しても大丈夫ですか?」


「はい、ごゆっくり。ご家族へは一度我々の方からも状況説明の為に連絡を入れておりますので」


 ラディエがニコリと微笑む。会釈を返した熱弥は早速母のスマホへと電話を掛けた。


「あっ、母さん」


『熱弥!』


「連絡遅くなってごめん! 怪我しちゃって、今たぶん防衛隊関係の施設で怪我の様子を診てもらってる状態…… でいいんですか?」


「はい」


 ラディエへと視線を送ると彼女は肯定するように頷き、声のボリュームを抑え気味に返事をした。


「そのような概要も既に伝えておりますので、単純に目が覚めた事を伝えたり心配をかけた謝罪から入っても会話に齟齬は生まれないかと思われます」


「そうだったんですか。 ──母さん、心配かけてごめん! 今目が覚めて…… この後どうなるかはまだ分からないけど、とにかく俺は大丈夫」


「長くはなりませんので、昼頃には帰れるかと」


「あ、昼頃には帰れるらしい!」


 ラディエから聞いた事をそのまま伝えていると、電話の向こうから母のため息が聞こえて来た。


『熱弥、落ち着いて』


「あ、はい」


 一度深呼吸を挟む。焦っている事は自覚していた熱弥だったが、改めて落ち着きを取り戻そうと喉元に手を添えた。


『まず、ひかりちゃんは無事だったわ。通学路にある別の避難所に居たって』


「やっぱりそうだったんだ……」


『で、熱弥はひかりちゃんを探しに避難所の外へ出たの?』


「はい」


『気持ちは分かる。でもそれでもし貴方が大怪我でもしたらあの子がどう思うかを考えてあげて』


「……」


『仮に、貴方の早とちりじゃなく実際に避難できてなかった場合でもそう。防衛隊の方々が居るのに突っ走って…… そうして貴方に何かが起きたら私もお父さんも悲しいんだから』


「分かっ…… た。ごめんなさい」


『じゃあ、待ってるからね。安静にしてるのよ』


 熱弥にも思う事はあった。『だからって自分の安全だけ考えて縮こまる事なんて出来ない』。それが熱弥の想いだった。しかし彼はまだ子供で防衛隊員でもない未熟な人間だ。

 エゼルの力を借りて魔物を退ける事は出来た。しかしそれは結果論である。偶然の巡り合わせによって奇跡的に難を逃れられただけに過ぎなくて、結局の所無力な一市民という肩書は変わらないのだ。覆りなどしない。自己認識も、周りの認識も。


「……」


 今になってギュセルの言葉が刺さったような気持ちになった熱弥は、モヤモヤとした気持ちを抑え込んで通話終了のボタンを押した。


「お見苦しい所を見せてしまい申し訳ありません」


「いえ。では改めてこの施設の事を説明致します」


 事務的な態度が却って有難かった。気持ちを入れ替えるように熱弥が頷くと、ラディエのホログラムに何らかの資料が追加で表示された。


「ここは"ラナレクシア"。簡潔に申し上げますと防衛技術や魔族の研究を請け負う施設兼、特殊防衛部隊の拠点でございます」


「特殊防衛部隊?」


「はい。市民を守り避難の誘導を主に行う防衛隊に対し、特殊防衛部隊は魔族との戦闘や"裂け目"の向こう側の探索、研究サンプルの採取を主とした立ち回りを行う組織でございます。エゼルステギアの研究と管理もこちらに一任されております」


 ラディエの身体が縮小され、施設の様子と説明文が拡大される。熱弥からすれば読む気など起こらなかったが、図解だけでも施設の大体の雰囲気は理解できる。


「そういえば、あの剣はどうなったんですか?」


 一旦落ち着いた焦燥が蘇りかける。気絶した時点で敵は撤退していたから大丈夫だとは思いつつも一応訊ねると、部屋の外から第三者の話し声が聞こえて来た。


「……ん? 誰か来──」


「無事回収いたしました。状態も良好。私からもお礼を申し上げます」


 明らかにこちらへ向かっていそうな雰囲気だが、ラディエはお構いなしに会話を続ける。


「あ、ああ。そっか…… 無事なら良かっ──」


「早くッ!! 早くッ!!」


 熱弥の返事を遮るように大声が響く。声からしてエゼルである事を認識した熱弥は安堵に胸を撫で下ろした。


「そう急かさないで。逃げはしないから大丈夫だよ」


 続けて男性の声も聞こえて来た。ラディエに倣い気にせず会話を続けようとはしたが、熱弥はその男性の声に聞き覚えを感じ沈黙した。


「客人です。お話は一旦切り上げましょうか」


「あ、はい」


 ラディエがぺこりと頭を下げ、プロジェクターが壁際へと移動する。

 すると程無くしてエゼルが部屋に訪れた。


「ラディエと青年ッ! おはよう!!」


「おはようございます」


「やっぱりエゼルか! 無事回収出来たって聞いて安心したよ」


「ああ! 君が頑張ってくれたおかげだなッ!」


 彼女の後に続いて、次は頭に軽く包帯を巻いた男性が姿を現した。


「ラディエ、連絡ありがとう。 ──こんにちは、阿津坂さん」


「あ……っ!!」


 服装こそ違えど、一目で分かった。

 青い瞳に黒い髪、目視で分かる特徴はその程度だったが、間違える筈が無かった。


「拓斗さん! 無事だったんですね!!」


「はい。なんとか」


 言葉の割に松葉杖すらも使っていない。その事に少しだけ驚愕している熱弥に向けて拓斗は深々と頭を下げた。


「エゼルから諸々の事情は聴きました。まさか僕が任せたあの子が魔族だったなんて…… 本当に申し訳ない事をしてしまった」


「いえ! 結果として退ける事は出来ましたから」


「それでも全ては僕の責任です。敵である事を見抜けず一般市民を危険に晒すなんて。例えどんな言葉を掛けられても深く受け止める覚悟を以て──」


「何も言いませんって! 俺こそ貴方が無事で安心してんですから! やめましょうよそういうの!」


 立ち上がり、拓斗の肩を掴む。すると拓斗が申し訳なさそうな表情を浮かべながら顔を上げた。

 熱弥からすれば立場など関係無かった。拓斗自身も大変な目に遭ったのに一方的に謝罪をする姿は見ていられなかったのである。


「なんて出来た人間なんだ……」


「言っただろ、この青年はこういう人間なんだッ!」


「うん。君があそこまで言った理由がよく分かったよ」


「……え? なんか話してたんですか?」


「はい、色々と。ついてきて下さい。直接話したがっている方が居るんです」


 拓斗が歩き出す。

 エゼルステギアに乗った関係で何か話しておくべき事があるのだろうと解釈した熱弥は大人しく後について歩き出した。


「驚いたでしょう。起きたらいきなりこんな施設に居るなんて」


「はい。でも納得はしてます」


 廊下も部屋と同じく無機質で、何処か近未来を感じさせる風景が続いている。所々観葉植物が置かれているため息苦しさは感じないが、それでも落ち着ける環境ではなかった。


「この施設の概要はラディエさんから聞きましたけど、ここって住所的には一体何処なんです?」


「それは言えません」


「え?」


「防衛の要とも言える施設の一つですから、関係者の方であってもごく僅かな人にしか所在地は明かされていないんです」


「へえー…… でも研究施設って事は研究員の方々が居るんですよね? 所在地が非公開って、その人達はどうやって出勤しているんですか?」


 熱弥が訊ねると拓斗は顎に手を当てて思い悩むように唸り声を上げた。


「それに関しては資料があった方が分かりやすいかも。ラディエ」


「はい。当施設はワープポータルを用いた通勤手段を採用しております」


 いつの間にかついて来ていたラディエが背後から声を上げる。


「ワープポータル……?」


「魔族の扱う魔術を科学的に模倣し作られた移動手段でございます」


 またもやラディエの姿が小さくなり資料と図解が表示されると、拓斗はその中の一つを指差した。


「阿津坂さんは、こんな風に魔族が裂け目を作る光景を見た事はありますか?」


「あ……」


 フラッシュバックするように記憶が映像として蘇る。熱弥の時間感覚で言えばまさについ先ほど目の当たりにした光景だ。 


「私達の目の前でやっていたよな。あのリーダーの魔物」


 エゼルが応える。彼女の方を見て頷いた拓斗が説明を続けた。


「実際に見たのなら話が早い。魔物が任意で生み出しているという事実から『裂け目は人為的に引き起こされている現象』として人間側からも制御ができないかと研究が行われているんです。ワープポータルはその研究の産物という事だね」


「どういう道筋で実現したのか見当もつかない……」


「はは…… 僕も研究者じゃないからそのあたりは詳しく把握してなくて」


「この情報の閲覧には制限がかけられております」


 拓斗と熱弥が揃って首を傾げると唐突にラディエが言い放った。どういう意味かとラディエの方に視線を向けると先程まで資料が表示されていた筈の場所にエラーのマークが出現していた


「な、なんだ?」


「ああ、説明しようとしてくれたみたいです。でも閲覧制限の関係でエラーが出たみたいですね」


「……はー、そういう事。なんか、俺の知り得ない世界があるんだなあ……」


「そうですね。ほんの一握りの人間しか知らない世界があるんです」


 笑顔でそう言った拓斗が大きな扉の前で立ち止まった。


「さて、この部屋です。偉い人ではありますが、あまり肩肘張らずにリラックスして下さいね」


「あ、はいっ」


 熱弥が心の準備をする間もなく拓斗がノックをする。すると中から女性の声で『どうぞ』と一声返ってきた。


「失礼いたします、総司令」


「そ、総司令っ……?」


 思いもよらない役職名に熱弥が困惑すると、拓斗が中へと入り総司令と呼ばれた女性の前で立ち止まった。熱弥も流れに遅れないよう拓斗に並んで姿勢を正すと、エゼルとラディエもごく普通の様子で横に並んだ。


「お疲れ様です、水凪くん。そして初めまして、阿津坂熱弥くん。ラナレクシアの総司令を務めている春風瑚詁はるかぜこよみと申します」


 重い前髪に丸眼鏡、顔には濃い影が降りており表情が読めない。

 想像していた姿とはまるで異なるその人物を前にした熱弥はとりあえず深々と頭を下げた。


「は、初めまして!」


「頭部に攻撃を受けたと伺いましたが、具合はいかがですか」


「あ、はい! えっと…… 痛っ」


 頭、腕、胸元と確認してふと気が付いた。

 エゼルステギアに乗っていた際の発作のような心臓の動きがまるでなかったかのように心拍が安定している。あれは一体何だったのか。


「……たんこぶが出来てるだけで他はどこも変じゃない、です」


「ふむ。脅かす訳ではありませんが、頭への衝撃は時間差で様態が急変する例も多数確認されてます。この後もう一度検査を受けていただきますが、それを終えた後も暫くはご注意ください」


「分かりました」


 瑚詁がノートパソコンを閉じて熱弥の方を見る。その時初めて目元の影が薄れて瞳を見ることが出来た。だがその状態でも尚感情が読めない。ただ品定めをするように彼女は熱弥を見つめていた。


「本題に入りましょう。エゼルステギアに乗った際の様子を私も確認させていただきました。コックピットの内部も含めて」


「は、はい」


「その上で、単刀直入に尋ねます」


「はい」


 研究施設という事もあり、フィードバック的な話を求められるのだと熱弥は察した。

 防衛に関わる重要な事なのだからできる限り詳細に話せるのが好ましいだろうと戦いの事を思い出していると予想とは全く異なる言葉が耳に飛び込んだ。


「エゼルステギアのパイロットになってみませんか」


「……へ? それはサブパイロットとして?」


「メインです。エゼルからも熱烈な推薦を頂いているんですよ」


「はっ??」


 瑚詁がエゼルへと視線を向ける。つられて熱弥もエゼルの方を向くと彼女は満面の笑みで熱弥の肩に手を乗せた。


「君は今までの誰よりも可能性を感じるッ! できる事なら引き続き共に戦ってほしいと思ったんだ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれエゼル。感情で決めて良いもんじゃないだろ!」


「その通り」


 通る声で肯定した瑚詁が書類を取り出す。ラディエから耳打ちされたエゼルは大人しく姿勢を正した。


「エゼルステギアのパイロットに求められる物は多岐に渡ります。動体視力と反射神経は勿論の事、基礎体力から思考能力、人格など……」


「そ、そうですよね! それならなんで俺なんかが……」


「その中で一つ、他の項目よりも特に重要な要素があります。エゼルステギアとの親和性です」


「親和性……?」


 立ち上がった瑚詁がラディエのプロジェクターに記憶媒体を差し込む。すると何かの資料が表示された。

 その内容は『エゼルステギアにおける親和性が何なのか』。それと歴代のパイロットの親和性を数値で表した表も映し出されている。


「エゼルからの説明で『エゼルステギアが体の一部と化している』という言葉がありましたね」


「はい」


「それを彼女自身は比喩と言いましたが、実際の所限りなく事実に近い表現でもあるんです。コックピットに乗った人間とエゼルステギアは何らかの強固な繋がりによって同期される。生体的な繋がりは無いにしても、『生命体として一つになっている』と言っても過言ではない状態だと言える事が明らかになっています」


「う…… 分かんねえ……!」


 頭を抱えると、ラディエと拓斗が同時に熱弥の方を向いた。


「原理のみを簡単に申し上げますと、『コントローラーを握って機械を動かす』のではなく『脳からの信号を直接受けて動いている』という状態でございます」


「新たな概念としての繋がりが生まれているって事だね。まさに"一つ"になっているって事だよ」


「なんか、説明の仕方が皆バラバラで余計に……っ!!」


「エゼルステギアの操縦には向き不向きがある! 技量以前の問題としてそれが顕著に表れてしまうんだ! そのへんの適正を親和性と呼ぶッ!」


 堂々とエゼルが言い放つ。熱弥もその説明に納得して手を下ろした。


「つまりその適正が重視されてるって話だな?」


「そう! 操縦の練度や元の身体能力などでは覆せない程に戦闘能力を左右してしまう、最重要の要素なんだッ!」


「ありがとう、エゼル。やっぱり貴女の言葉が一番簡潔で分かりやすいですね」


「ラナレクシアの人間は会話において結論まで遠回りする悪い癖があるッ!!」


「……否定はしません」


 瑚詁がラディエに視線で合図すると、彼女の姿が完全に消えて表が拡大された。


「気を取り直して、こちらは初代から今までのパイロットの親和性をパーセンテージで表記した表になります。今は年代順になっていますが…… 数値の方でソートしてみましょうか。ラディエちゃん、降順で」


「かしこまりました」


 表示順が変わる。低くて92.9%、高くて93.2%だ。ほぼほぼ限界値である事が読み取れる程に数値のブレが無い。

 そんな中で、別枠といった様子で表の上にポツンと表示されている人物が居た。その人物は95.8%と微かな違いであるものの傾向を見るに規格外である事が伺える。

 その人物の名前に目が行った瞬間、瑚詁が説明を始めた。


「歴代で最高の数値は95.8%、そちらに居る水凪くんのデータです」


「えっ……!?」


 思わず拓斗の方を向く。その時今までに聞いていた噂話が脳裏に過った。

 歴代最年少、かつ歴代最大倍率を勝ち抜いたパイロット。その本人が目の前に居て、更に今までごく普通に会話をしていたという事実が熱弥に衝撃を走らせた。


「えっ……と、今期のパイロット、ですよね……?」


「そうですよ」


 なんてことない笑顔で答える。その顔を見た熱弥の頭の中で更に疑問が渦を巻いた。

 この座を勝ち取るのに、誇張無しで常人の一生分の努力を重ねていてもおかしくはない。なのに他の人物がメインパイロットに勧誘されている光景を明るい表情で見守っている。

 自身はサブパイロットでも良いと思っているのか、それとも他の思惑があるのか。恐怖心に錯覚する程の緊張を覚えた熱弥は何も言えずに瑚詁へと視線を戻す事しか出来なかった。


「次に、阿津坂くんの親和性を見てみましょう。これは貴方が戦った際のエゼルステギアから得られたデータを基に算出した物です」


 話の流れに沿ってラディエが追加のデータを表示させる。拓斗の更に上に表示されたデータは、熱弥にとって信じられないような物だった。


「──98.6%。これが貴方のデータです。これ程の原石を見つけてしまった以上私達も黙ってはいられません」


「な、な……!? 嘘だろ……っ いや信じられないですよ、こんなの……!」


「阿津坂さん、貴方は訓練無しでルガレの能力をも行使して見せた。もはやこの数値は誰もが事実だと認めています。もちろん僕も含めてですよ!」


 拓斗が興奮気味に語る。戸惑いながらエゼルへ視線を向けると彼女も力強く頷いた。


「だとしてもこの場で決断する事なんて…… 学校だってあるし……!」


「ええ。即決させるつもりはございません。そして仮に今決めたからと言って明日直ぐに戦場へ放り込むつもりもありません。承諾された際には然るべき訓練を受けたのち、サポート体制も設けた上でパイロットとして出撃して頂く。という順序を立てる事を約束いたします」


 本棚へと手を伸ばした瑚詁がファイルを取り出してパラパラとページをめくる。


「そして学業に関しても、20年程前には既にパイロットに選ばれた者への教育体制が明確に定められていますのでご安心を。ご希望とあらば書類を送付させていただきます」


「"学生のパイロット"を成立させる体制自体はとっくの昔に出来ていたのか……」


「はい。貴方にとっても、エゼルと共に戦ったという経験を経て得られた物があると見受けます。引き受ける場合でも拒否される場合でも、しっかりと時間をかけて決める事をお勧めいたします」


 そう言ってラディエのプロジェクターから記憶媒体を引き抜いた瑚詁は席に戻り、再び顔に影を落としてノートパソコンを触り始めた。


「以上です、お時間をいただきありがとうございました。先程も軽く申し上げましたが、この後改めてお体の検査があります。それまでは食事でも見学でも、お好きに過ごしていただいて結構です。その後ご自宅までお送りいたします」


「行きしょうか、阿津坂さん」


「は、はい…… 失礼いたしました」


 全員揃って退室し廊下へ出る。

 外へ出たら真っ先に『何故研究施設に総司令なんて役職の人が』と質問をするつもりだった熱弥だが、本題として語られた内容のあまりの衝撃に思考が停止寸前になってしまっていた。


「大丈夫ですか、阿津坂さん」


「はい。 ……いえ、何が何だか、もう」


「とりあえず食事でもしませんか? 起きてから何も食べていないでしょう」


「そうですね…… 喉通るかな……」




──────────


 拓斗に連れられラナレクシアの食堂に到着すると、予想外に広々とした空間が目に飛び込んできた。

 食堂とは名ばかりで、実際にはまるで大型ショッピングモールのフードコートのように多種多様の出店がある。普通に街でよく見かけるようなチェーン店を始め他にも見た事の無い店までもがずらりと立ち並んでおり、更にどれもこれも驚く程に安価だった。


「バーガー一つ55円…… ラーメン一杯200円!? どうなってんだ!?」


「企業側の協賛とラナレクシアの福利厚生が重なった結果の価格設定でございます。一般的なテナントとは契約の形が大きく異なっているんですよ」


「協賛って…… じゃあここに見えるの全部スポンサー!?」


 見える範囲だけでも20は優に超えている。

 辺りを見回す熱弥の隣に立ったラディエは協賛リストを表示した。


「食品関係以外も含め、計273社からの協賛を受けて運営されております」


「うおお……」


「海外企業も含めた数ですからね。さて、奢りますよ。何が食べたい?」


 拓斗が一歩先から熱弥の方を振り向く。


「え、ありがとうございます! じゃあバーガー…… にしようかな」


 対する熱弥は周囲を見回しながら答えた。

 この場で見かけた物の中で一番安価だったからという理由もあるが、単純に今の食欲にも合っていた。


「ふふ、了解。じゃあそこの席で待っていて下さいね」


「怪我してるのにそんな、俺自分でも行けますよ」


「大丈夫! 目を覚ましたとは言ってもまだ体力は万全じゃない。本来であれば君はまだ安静にしているべきなんです」


「……エゼルステギアの事なら拓斗さんの方が詳しいもんな。分かりました、じゃあここで待ってます」


 頷いた拓斗がバーガーショップの方へと歩いてゆく。その背中を見送った熱弥は一緒に席に着いているエゼルに視線を向けた。


「エゼル」


「どうした青年」


「エゼルステギアに乗っていた時、何度か心臓が不自然な動きをしたんだ。何か知らないか?」


 気絶も17時間眠っていた件も、熱弥からすればエゼルステギアに乗ったという事以外に心当たりが全く無い。そんな事を思いながら尋ねるとエゼルは顎に手を当てた。


「結論から言うと、負荷を受けたのだと思う。気絶も、その後の昏睡もその影響だろう」


「負荷…… あれだけの力が出せるなら当然そういうのもあるか」


「ああ」


 エゼルがラディエに目配せする。するとラディエが自身の表示を縮小して資料を表示できるスペースを作った。


「まず、私はエゼルステギアを動かすのに元気と気持ちが必要だと説明したな」


「うん」


「それはあの場限りの励ましでもなんでもなく、本当にそういう仕組みなんだ。『搭乗者の元気が動力となり、感情の昂りに呼応して性能が向上する』。そうだよな、ラディエ?」


「過去に行われたテストパイロット60名での実験の結果を表示いたします。この実験では健康状態が良好で活気に溢れたパイロットほど駆動可能時間が長くなるという事が確認されています」


「すげえ規模だな……」


「更に脳波と心拍を用いた解析の結果、パイロットが興奮状態に陥っている状況下においてエゼルステギアの性能が向上する事が明らかになりました」


「そして、親和性が高い事による相互作用も確認されているんだったよな?」


 エゼルの確認によって表示されている資料が切り替わる。


「はい。エゼルステギアに搭乗している状態に限り、パイロットの身体に"感情の昂りによる機能の向上"が確認される場合がございます。これは数値にして親和性が75%以上のパイロットにのみ確認されている現象であり、以上の結果を基に『エゼルステギアがパイロットと一体化している』という仮説が生まれました」


「との事だ。凄いなッ! つまり青年は親和性が高すぎるあまり元気が出すぎて、その結果あり得ないくらい疲れたという訳だッ! 多分ッ!!」


 ビシッと熱弥を指差して締めくくる。その背後でラディエも何故か誇らしげにぺこりと頭を下げた。

 その指先に焦点を合わせつつも、熱弥の頭には更にいくつかの疑問が過った。


「それって身体機能に悪影響は出ないのか?」


「心臓の弱い方ですと心機能などに何らかの影響が出るかもしれない。という程度でございます。健康体の方がエゼルステギアに乗った影響で健康被害や後遺症が──といった事は現時点では確認されておりません」


「そう! 寿命が縮まるだの何だのと言われる事もあるが、初代パイロットは今も健在だッ!」


「へえ、そうなのか」


「とは言っても──」


 納得しかけた所へ遮るようにラディエが名簿のような物を表示させる。歴代のパイロットである事を把握した熱弥はそれぞれの顔をなんとなく眺めた。


「彼女はまだ今年で67歳。寿命への影響に関してはデータが不足している状況でございます」


「またそんな大げさっぽい言い方を…… 彼女は近年の診断でも健康体そのものだった筈だ! 退役から今現在に至るまで身体に不調が現れなかった事を考えると影響なしと見ても良いんじゃないか?」


「推察は結論に成り得ません。真実を語るのはデータのみ、でございます」


「む…… それもまた事実ではある! が、ううむ」


「お、俺としては不健康にさえならなければそれでいいよ。 ……ところで、エゼルって結局エゼルステギアのなんなんだ?」


 話題を変えるようにエゼルへ尋ねる。すると彼女は得意気に姿勢を正した。


「思念体だッ! エゼルステギアそのものという解釈で構わない!」


「なんか、"そのもの"である割にあんまり詳しく把握していないように聞こえるんだけど」


「ああ! 私は私自身の事を全然把握していないッ!! 今語った内容も全部研究員達が集めたデータを話しただけだ!」


「ええ? マジか」


 呆れと驚きに声を上げる。対するエゼルは堂々と笑みを浮かべた。


「逆に訊くが、青年は人体の事を事細かに説明できるか? 免疫機能が働く仕組みや血液が作られる過程など、色々ッ!」


「……確かにできねえ」


「それと一緒だッ! フハハ!!」


「体内に異物が侵入すると最初に貪食細胞が異物の処理に当たります。これを自然免疫と呼び──」


「説明しなくてもいいぞッ!」


「かしこまりました」


 ラディエが資料を閉じた丁度その時、拓斗が戻って来た。

 手に持ったトレイには二人分のバーガーセットが載っている。その片方を自分の側に置いた拓斗は、残りをトレイごと熱弥の前に差し出して向かいの席に着いた。


「お待たせ」


「あ、ありがとうございます」


「ふー、じゃあ早速食べようか、いただきます」


「ご馳走になります、いただきます!」


 エゼルの視線を受けながらバーガーを頬張る。その間、熱弥は微かな気まずさを感じていた。

 向かいに座っている水凪拓斗という人物はエゼルステギアの現パイロットだ。狭き門である試験を通過し、人類のヒーローになったばかりの新進気鋭の特別な人材なのである。

 対する熱弥は今まで何もしていなかった一般市民だ。

 何の努力もしていない"ぽっと出"の自分が、努力を重ねた人間の立場に取って代わろうとしている事に熱弥自身が納得できないでいるのだ。


「阿津坂さん」


「は、はい」


「勧誘の件、貴方はどう思います?」


 熱弥なりに考え続けてはいる。しかし言語化が難しい。そんなもどかしさを抱えながら熱弥は食べかけのバーガーを包み直して一旦置いた。


「俺からしたら重すぎる選択肢です」


「ははは、そうですね」


「自分だけの問題じゃないから尚更……」


 ただ人類の為に戦ってくれという単純な要望であれば引き受けていただろうと熱弥は自己分析している。しかし今回の件はそんなに単純な問題ではない。


「圧をかける訳ではありませんが」


「は、はい」


「僕としては、是非とも貴方にパイロットになってほしい」


「……どうして」


「貴方の戦い方を見てそう思ったから」


 その言葉を聞いた瞬間、熱弥の心に抑えきれない感情が生まれた。


「その……っ、拓斗さんは良いんですか?」


「僕?」


「はい。噂によると、歴代最高倍率の試験を歴代最年少にして通過したって…… パイロットになる為に想像もつかないような努力をしてきたんじゃないんですか?」


「なるほど…… "そこ"か」


 バーガーを食べ終えた拓斗が包み紙を丁寧に折り畳み、携帯のウェットティッシュを取り出して手を拭う。

 余裕を感じさせるその所作を見ながら、熱弥は続きの言葉を待った。


「確かに、僕は防衛隊員として血の滲むような努力をしてきた。素質のみならず、その努力のおかげで試験を通過できたんだって思います」


「……」


「でも、その努力は『パイロットになる為』にしていた訳じゃない」


「え……?」


 拓斗が笑顔を浮かべる。その隣でエゼルも誇らしそうな笑顔を浮かべていた。


「この世界に生きる人類の為。その想いを以て防衛隊員としての研鑽を重ねてきたんです。 ……と言っても、先日の戦いでは失態を見せちゃいましたけどね」


「失態なんて、そんな……」


「僕の努力の最終目標はパイロットになる事じゃなくて人々が救われる事です。パイロットになった理由は、その時点で僕の操縦するエゼルステギアが一番強かったから。つまり僕がエゼルステギアに乗る事でより多くの人が助かると考えたからに過ぎないんです」


 エゼルが頷く。その様子を見て、拓斗の考えはエゼルもよく理解していたのだと熱弥は察した。


「貴方が現れた今、僕がパイロットの座を退いても目標から遠ざかることは決して無いと確信しています。それ故に、僕もスカウトに大賛成しているんです」


「……目標から遠ざかる事は無い、ですか」


「そう。貴方がエゼルステギアに乗り、僕はまた別の形で戦う。そうする事でより平和に近付ける。何なら実際に見て行きませんか?」


「え、何を?」


「僕が信じる"別の形"を」

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超激爆炎駆動エゼル!! タブ崎 @humming_march

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