人生を何度もやり直している物理ゴリラです。  ~ここらで無限転生を追放してもいいですか?~

@and8

第1話

「ようこそ神の世界へ! ここでは」

「あの、もうそれ何回も聞いたやり取りなんで、いいです。それよりお願いがあります」


 僕はとある出来事を経て死んだ。

 そして現在、神の世界と呼ばれる不思議な場所で男の神様と対面していた。

 本来ならここで、転生者として好きなチート能力を与えられたり、使命を与えられたりするのが普通の流れだ。

 しかし今回はそれを一切無視して、神様に言いたいことがある。

「お願いとはなんでしょうか?」

「あの、僕ってもう結構転生回数いっちゃってるじゃないですか?」

「ですね」


 神様は軽く言葉を流す。

 それはまるで、日常の小話を交わしているかのよう。

 しかし僕が話している内容はそんなに軽いものではない。

 僕は今日に至るまで、望んでもいない生と死を、数えきれないほど繰り返していたのだ。


「その度に異世界を救ってるじゃないですか?」

「ますね」


 僕の中の苦い思い出が、嫌と言うほどあふれる。

 気を晴らすという意味で、具体的に挙げていこう。

 命がけの戦いを成功するまで続けてきたこと。

 そしてそれが終われば、無理やり神様から死を与えられ、新たなチートと使命を与えられた痛い経験。

 このシステムのせいで救えなかった命もあるし、愛した人との永久の別れも経験してきた辛い過去。


 と、まあこんな波乱万丈な人生を振り返ってみた。

 最初はそんなシステムに組み込んだ神様のことを恨み、復讐してやろうと思っていたのだが、次第にその気持ちも薄れていった。

 だからもうそういう暗い感情はない。 

 今、僕が神様に伝えたいことは、怒りとか憎しみとかそういうのとは無縁のもの。


「そういう日々を過ごしていく内に、二つ気がついたことがあるんですよね。で、そのうちの一つが神様に伝えたいことでして」

「それは?」


 僕は深呼吸をし、心を落ち着ける。

 これから言うことは、今後に関わる非常に重要なことだ。 

 ここで失敗は許されない。


「もうそろそろいいかなって。こんなに異世界を救ってきたのだから、この終わりの見えない転生に終止符を打っても」

「……」


 神様は一瞬だけ顔を強ばらせた。


「確かあれですよね? いつもならここで、チート能力を貰えますよね?」

「はい」


 神様の返事は至って冷静だが、その目には戸惑いが見える。


「今貰えるチート能力を言っても?」

「どうぞ?」


 僕は気持ちの整理を一瞬ですると、今の素直な言葉を口にする。


「僕をこの無限転生から解放する能力をください」

「……」


 神様は何も答えない。

 その静寂は、まるで重たい石のように僕の心を押し潰していく。

 無言の圧力に押しつぶされそうになり、心の奥底には深い後悔が生まれ、胸が締め付けられる思いだ。 

 しかし、ここで踏みとどまるわけにはいかない。

 僕は心を落ち着け、再び自分の思いを口にする決意を固めた。


「これからは何者にも縛られない、最初で最後の穏やかな暮らしがしたいんです」


 言葉を発するたびに、理想の未来が心の中に浮かび上がる。

 代わり映えのしない日常。   

 笑い合える家族や友人。

 時には苦しみ、涙を流す挫折。

 そこから支え合い、成長し、最終的には穏やかに人生の幕を引く。


 そんな平凡な生活を送りたい。

 これを求めることは、決して贅沢ではないはずだ。

 心の中でその思いを繰り返す。


「だから僕は神様に、何の驚きもない最後の転生を望みます」


 僕は今、自分の気持ちの全てを神様にぶつけた。

 心の奥から湧き上がるこの思いが、神様に伝わることを願った。

 これが、僕が求めるチート能力だ。


「なるほど。転生をやめたいと」


 今まで何の反応も示さなかった神様が、ついに口を開く。


「はい」

「はぁ……」


 神様は額に片手を当て、少しの間考え込む。

 そして、僕から背を向ける。


「それができるかどうかについてですが、それは可能です。この場であなたが私からチート能力を受け取ることなく、異世界転移をすれば、あなたはこの無限転生から解放されます」


 神様は僕を見ずに、丁寧にその願いが実現可能であることを語っている。


「しかし、そんなことが許されるとでも?」


 神様はこちらに振り向くと目が鋭くなる。  瞬間、僕の心は凍りついた。

 その視線には、こちらに対する警告が込められているように感じた。


「お願いします!」

「これまでの恩を仇で返すつもりなのか!」

「はい、ありがとうございました!」


 僕は勢いで最後の挨拶を口にだす。

 すると次の瞬間、神様の表情が一変する。


「貴様ァ!」


 神様が僕に向かって怒鳴り声を上げると、この場に魔法陣が展開される。


「こうなったら、無理やりにでも言うことを聞かせてやるぞォ!」


 神様は僕に向かって、魔術という不思議な力を魔法陣から放つ。


「どうだこの力は! 恐れおののいて、ひれ伏すがいい!」


 目の前に迫るそれは、僕を飲み込もうと圧倒的な力で、押し寄せてくる。  

 刹那、僕は静かにまぶたを閉じた。


 神様。

 僕はさっきこう言いました。

 二つ気づいたことがあると。

 一つは今話したこの転生への終止符。

 そしてもう一つは。


「ふん!」


 僕は魔術を素手で上に弾いた。

 するとそれは上空で破裂。

 魔術が光となって散り、パラパラと雨のようにこの場を埋め尽くす。


「なっ!? なぜ!?」


 僕には神様からのチート能力がなくても、物理があればなんとかやっていけると。    

 長い転生の中で、数々の修行を積み重ねてきた結果なのだ。

 正直この力をマスターした後は、途中からもらったチート能力を使っていない。

 というかむしろ相性最悪で邪魔だった。


「まさか貴様! 長きに渡る転生により自力で力を」

「みたいですね」


 僕は拳をぎゅっと握り締めて、神様の眼前まで力強く踏み込んでいく。


「なっ! 待て! ここで俺を殴るのは」

「ふんっ!」


 僕の拳は神様の顔面を力一杯殴り飛ばす。 

 神様はその場で後ろに倒れ込む。


 何で神様の制止を振り切り殴ったのか。

 今までの不幸に対する復讐? 

 神様を越えたことによる優越感? 


 それを確かめる術は今の自分の中にはない。

 だから単純に神様を殴ったのは


「これが今できる僕のやり方だから」

「こ、この……力だけで物事を解決するゴリラ……」


 神様はそう言い残し、気絶した。


 すると地面からあるものが出現する。

 それは確か異世界へとつながる転移用の魔方陣。

 本来であれば、チート能力を神から与えられた上でここに乗って、異世界に行くというのが正規の手順だ。

 それでいつもの、終わりのない救済の旅が始まるはずだった。


 しかし


「さっきの話が本当なら、ここから普通の人生が待っている」


 もうこれで生と死の旅は終わる。

 そして始まるのだ。

 普通の異世界ライフが。

 

「……」


 僕はこれでもうここには来ることはない。

 これで終わりなんだと思うと、少しだけ寂しい気持ちになる。


 いけないな。

 ちゃんと気持ちを切り替えなければ。

 自分でこの終わりに至る道を選んだんだ。

 しっかりしろ。


 僕は自分の頬を強くたたく。


 お前はここからだ。


「……」


 僕はこの人生との決別の意味を込めて最後に、倒れている神様の方に振りかえる。

 

「さようなら神様。僕は最後の人生を噛み締めて生きていきます」


 僕はそういうと、最初で最後の人生へと旅立っていった。


 その後僕は戦いとは無縁の普通の日常を歩み、最期はその人生にゆっくりと幕を下ろした。

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