第45話 次に向かう国と血の誓いの儀式

――エイリーナたちがグリンヌーク王と会えたから数日が経った。


当初の目的では、イスビョン·グリンヌークに魔法の剣――エレメンタルを買ってもらい、その金で故郷イスランをロンディッシュから購入する予定だった。


だが、それが王本人から不可能だと言われたことで、もう一度エレメンタルを買ってくれそうな大金持ちを探すことに。


「グリンヌーク以外だと、この辺で一番近い国はどこだっけ?」


エイリーナは地図を広げながら、少しあせりの色を浮かべて訊ねた。


「ここからだとメイプルリフが近いですが、あの国に住むネアン族は少々こちらとは文化が違い過ぎる上に、生活水準はイスランとそう変わらないらしいので、お嬢が求める富豪はおられないでしょう」


ショーズヒルドが冷静に答える。


彼女の声には、わずかに心配の色がにじんでいた。


次の目的地を探すために、エイリーナがショーズヒルドに近くにある国を訊ねたが、どうやらそこではイスランを買えるほどの大金持ちがいないようだ。


エイリーナはまゆを寄せながら、地図をじっと見つめた。


「興味はあるけど、目的を優先しなきゃだしね。じゃあ、遠くてもいいからお金持ちがいっぱい住んでる国ってどこ?」


「現実的な距離でいうなら……やっぱネザーステルダムじゃねぇか」


アウスゲイルが答えると、すかさずショーズヒルドが話に入ってきた。


なんでも彼女が言うに、ネザーステルダムまで行くには船で一ヶ月以上はかかり、さらに治安もあまりよくないのでオススメはできないとのことだ。


「お嬢の教育係として、そのような国へ行くことは躊躇ためらわれますね」


ショーズヒルドが慎重に言った。


彼女の目は心配そうに揺れていた。


「でも、他に目ぼしいところがないなら、そこへ行くしかなくない?」


エイリーナは決意を固めるように言い放った。


その目には、どんな困難にも立ち向かう覚悟が宿っていたが、ショーズヒルドは納得したくないといった様子で彼女のことを見つめ返している。


彼女の眉間みけんにはしわが寄り、くちびるは固く結ばれていることからも、そのことは明らかだった。


そんな彼女たちの間にいたアウスゲイルは、慌てて二人に声をかける。


「おいおい、とりあえず話は後にして、そろそろ行かねぇと遅れちまうぞ」


その言葉を聞き、エイリーナたちは宿を出て、武装商船団ギュミルタックの船がある港へと向かった。


港に近づくにつれ、潮の香りと船員たちの活気が彼女たちを包み込む。


今日はギュミルタックの船の上で、ヘリヤとロアールが義兄妹の契りを結ぶ儀式が行われる。


もちろんその場にはイスビョン·グリンヌークが立会い、他にも国の要人が集まるという話だ。


招待されていたエイリーナたちもヘリヤの晴れ姿を見るために、今は目的のことを忘れて祝おうとしていた。


「もうみんな船の上にいるよ! これは急がないと!」


ギュミルタックの船の前へと到着し、慌てて乗り込むエイリーナたち。


甲板に足を踏み入れると、彼女たちの目に飛び込んできたのは、豪華な装飾と厳かな雰囲気だった。


甲板にはすでにグリンヌークの要人や高官が並び立ち、その中にはイスビョンの姿も見える。


彼らの背後には、武装商船団の船員たちと、ヘリヤの仲間の子どもらが背筋を伸ばして立っていた。


そして、その場の中心にいるのがヘリヤとロアールだ。


ロアールは普段の深緑のフロックコート姿ではなく、深緑のマント姿だった。


その姿は、彼の決意と誇りを象徴しているかのようだった。


一方で彼と向かい合っているヘリヤは、真っ白なドレスを着ており、二人が並んでいる光景は、まるで武装商船団ギュミルタックが守る国――グリンヌークの国旗を連想させた。


ヘリヤの表情には緊張と期待が入り混じっていた。


「ここに集いし皆の前で、我が国のシンボルである深緑のマントを纏うこの男ロアールと、白いドレスを纏うこの娘ヘリヤが、血の誓いを交わすことを宣言する。この誓いにより、二人は義兄妹として新たな家族の絆を結び、互いを支え合い、守り合うことを誓う。彼らの絆は、我が国の繁栄と平和の象徴であり、永遠に続くものであることをここに誓う」


エイリーナたちが慌てて船に乗ると、イスビョンがロアールとヘリヤの前に出てきて、ナイフを二人へ渡した。


ナイフの刃が陽光を反射し、きらりと光る。


それからロアールとヘリヤは、自分で手にかすり傷をつけ、流れた血を互いの杯へと注ぐ。


血が杯に滴り落ちる音が、静寂の中で響いた。


イスビョンはそれを見届けると、二人の杯に蜂蜜酒ミードを注いだ。


大きな酒樽を担ぎ、杯からこぼれようがお構いなしに満たしていく。


とても初老の王さまとは思えない豪快さだ。


そして、注がれた蜂蜜酒ミードの甘い香りが漂い、儀式の神聖さを一層引き立てた。


「ここに集いし皆の前で、この絆が永遠に続くことを願い、我が国の繁栄と平和を共に築いていくことを宣言する。これにて、血の誓いの儀式を終える。さあ、二人とも杯を飲み干せ!」


声を張り上げたイスビョンがロアールとヘリヤを煽り、二人は杯を一気に飲み干した。


それを見ていた誰もが拍手を送り、子どもたちの中には涙を流す者までいた。


エイリーナもまた、胸に熱いものを感じながら拍手を送った。


「ヘリヤ、とっても綺麗だよ!」


儀式が終わった後、甲板でパーティーが始まった。


エイリーナは子どもたちと一緒にヘリヤと盛り上がり、アウスゲイルも武装商船団ギュミルタックの船員らと笑顔で酒を飲み交わしている。


さすがにグリンヌークの要人や高官らは帰宅し、イスビョンは残りたがったが、別の仕事があるため渋々港を出発した。


その騒がしい船上パーティーを、ショーズヒルドは端から一人で眺めている。


彼女の目は、楽しそうにしているエイリーナに向けられていた。


これまで同年代の友だちがいなかったため、赤毛の少女はいつになく楽しそうだ。


「ちょっといいか、ショーズヒルド·ハーヴェイ」


「はて、あなたに姓を名乗った覚えはないのですが、ロアール·バレンツ」


エイリーナを眺めているショーズヒルドにロアールが声をかけると、二人の視線が交わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

機械工房のお嬢と魔法の剣~剣を売って故郷を買います~ コラム @oto_no_oto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ