第2話
初回の打ち合わせは一時間で終了。次回は本格的に内容のイメージ合わせに入るらしく、現時点の企画書と台本を受け取った。
俺と詩音は受け取った台本を片手にオフィスを出て、適当に入ったカフェチェーンの端の席に座る。
「なぁ……この仕事、本当にやるのか?」
俺は不安になりながら詩音に尋ねる。
『貞操逆転! キラキラ☆ムラムラ♡ハーレム〜貞操逆転世界で男枠wwwって馬鹿にしてくるけど俺のマグナムチンポに勝てるの?〜』、略称『キムラムラ』はR18指定の、所謂エロゲだった。
ウリになっているのは、エッチシーンを含む全編が二次元絵や紙芝居ではなく、3Dで作られているという点だ。
つまり、3Dモデルで作られたヒロイン達とリアルなエッチ体験ができる。
VRゴーグルを使うことで更にリアルさが増すということで、男としては一度試さざるを得ないと思わされる製品構想だった。
3Dモデルを動かす。そのためにモーションアクターが必要。その点においては何ら不思議な話ではない。
だが、撮影中の雰囲気を想像すると、これまでの仕事と比べて異質なことは明白だ。
しかも相手は詩音。撮影中はモーションキャプチャ用の服を着るし、前張りやサポーターも着けるので特に身体が不用意に接触することはない、という話だったが、それでもただの仕事仲間とセックスのフリをするというのは心理的な壁が高い。
「や、今更断れないっしょ。ギャラもいいし」
「確かにギャラはいいけどさ……セッ……おセッセのシーンだぞ? 俺達がやるんだぞ?」
「やるって言っても服を脱ぐわけでも喘ぐわけでもないじゃん。ただ動きを真似るだけ。おっ……さすがエロゲー。シチュエーションも体位も豊富だね」
パラパラと台本を捲りながら詩音がにやりと笑う。
俺も真似をして台本を捲る。確かに、体位やプレイは色々だ。正常位、騎乗位、バック、寝バック、立ちバック、69……エトセトラ。経験がない童貞なので想像だけはできるが動作に落とし込めるかが不安だ。
「三次さんは経験あるの?」
「エロゲーのモーションアクターか?」
詩音はパタンと台本を閉じてテーブルに置き、頬杖をついて無表情なまま俺を見てくる。
「や、セックス」
「いや……まっ……ひ、人並みに……」
明らかにキョドりながらそう言うと詩音が察したように口をすぼめた。
「あ、童貞?」
「しっ、仕事仲間に聞くことじゃないだろ!?」
「仕事仲間だから重要だよ。私も経験ないから。つまり、私達じゃどうすればエロく見えるのかまるで分からないってこと」
「けど仮に、経験があったとしても、人にエロく見せるためにやってるわけじゃないから違いは大きいだろ」
「あ、確かに」
「やっぱり経験の有無と見せ方は別だと思うんだよな。それこそAV女優とかが詳しい世界だろ」
「セクシー女優ね。ま、モーションアクターじゃないと細かい動きに落とし込めないのわかってるくせに」
「そうなんだよなぁ……」
ダンス一つをとっても、3Dモデルになった二次元のキャラクターを動かす観点で、わざと大袈裟な動きをつけたりする場面もある。つまり、普通のダンサーとは異なる動きを求められる。
だから、セックスの魅せ方のプロにモーションアクターとしてのイロハを仕込むよりは、プロのモーションアクターにセックスの魅せ方を仕込む方が早いとスタッフの人も判断しているんだろう。
俺が考え込んでいると、詩音が真顔で台本をツンツンと指差した。
「資料の最後の方に書いてあったけど、元々そっちの業界にいた人がスタッフで居るらしいよ」
「なるほどな……」
「ま、見せ方の工夫は業界の人に任せるとしても、その人の指示に従ってちゃんと動けないってなるのは恥ずかしいし、プロのモーションアクターとしても失格だよね。事前の練習は必要じゃない?」
「れっ……練習って……」
俺の言葉の続きを察したように詩音がニヤリと笑う。
「そ。セックスの練習」
「いやいや……誰とやればいいんだよ……」
「そりゃ、私でしょ。本番――この本番っていうのはモーション撮影のことね。本番で私達が演じるんだから、一緒に練習をしておきたい。別に本当に素っ裸でやるわけじゃないよ。服を着たまま、腰の動かし方とか、そういうのを練習したいってだけ。下心も一切ない」
「真面目だな」
「そりゃね。私にとって、モーションアクターは天職なんだよ。表情管理ができない私は本来アイドル失格なんだから。きぐるみでもいいんだ。ステージに立てるなら」
「そのステージもバーチャルの世界だけどな」
「うん。それでもいい」
破れた夢を別のものに載せる。そんな気概が彼女を動かしているんだと思わされる。
「ま……俺も仕事を選べる立場じゃないしな。来るもの拒まず。やってみるか……」
「おっ、いいね。じゃ早速。うーん……ホテルに行くと何かガチでヤる感じだしなぁ……」
「じゃあ家か? さすがに外でやってたら通報されそうだよな」
「ふふっ……やってみる? 公園とかで」
詩音は口元に手を当てて笑う。こうやって笑っているところはあまり見ないので新鮮な気持ちになる。
「仕事、降ろされるぞ」
「いや、それは困る。っていうか皆どこでやってるの?」
「ホテルか家じゃないのか?」
どちらも男女が二人で入るにはハードルが高い。友人ならまだしもただの仕事仲間なのだから。
「うーん……ま、そうだよね。AIに聞いてみよ。ヘイSili、普通の人はどこでセックスをするの?」
詩音がそこそこの声量で真顔でスマートフォンに話しかける。こういうことを真顔でできるのだからとんでもない。さすが地下アイドルをクビになるほど愛想のない人だと思わされる。
すぐにピコン、と詩音のスマートフォンから音が鳴った。
『ラブホテルや自宅等です。学生の場合は学校、カラオケボックス、漫画喫茶、多目的トイレ等もありますがこれらの場所は人の目に触れるため推奨されません』
「と、いうことらしい」
詩音が俺に会話のボールを投げてきた。
「うーん……どこもマズイだろ……」
「カラオケは?」
「カメラ越しに見たら着衣でヤッてるようにしか見えないだろうな。すぐに店員がすっ飛んでくるぞ」
「ん……それもそっか。じゃあ――」
「あ、いい場所があるぞ」
「どこ?」
「俺がダンス講師をしてるスタジオ。鏡もあるし、マットも何枚かあったはず」
詩音は「実質ラブホじゃん」と言い、残りのコーヒーを一気飲みして立ち上がった。
◆
やってきたのは俺がダンス講師をしているスタジオ。将来のダンサーやアイドルを夢見る中高生がメインのため、平日の昼間は閑散としていて複数ある部屋のうち半分は照明が落ちている。
その中の一つに詩音と二人で入室、倉庫からマットを引っ張り出す。
詩音はマットの上に立ち、Y字バランスを取りながら「緊張するね」と真顔で言った。
「動作とセリフと表情のすべてが噛み合ってないぞ」
「元々だよ、それは。私って、体はどこでも思ったとおりに動かせるのに、顔だけは動かせないんだよね」
詩音は言葉の通りにマットの上でY字バランスをやめて直立し、今度は倒立をした。そこからまた頭を上にするように戻ってきて気をつけの姿勢になる。
その間も一切息は乱れず、表情も変わっていない。アクションもこなす彼女の身体能力はかなりのものらしい。
じっと詩音の顔を見ていると、僅かに眉がピクリと動いた。
「今、何をしようとしているんだ?」
「笑おうとしている」
「ぜんっぜん笑えてないけどな……」
「つまり、そういうこと」
そりゃアイドルなんて無理だよな、と思う。
「だけど……たまにニヤッて笑う時もあるよな」
「それは無意識。意識して笑ったり、笑顔を作るってことができないんだ。笑顔は作るものじゃなくて、なるものだから」
「それっぽいこと言ってまとめたな……じゃ、やるか?」
「ん。そうだね……まずは正常位から? こんな感じかな……?」
詩音がマットに寝転んで足を開く。ズボンを履いているので全く問題のない視点だが、それはそれとして姿勢が生々しい。
「そ、そうだな……俺もやってみるわ」
俺は詩音の下半身の前で膝立ちになり、前のめりになる。
すぐ目の前に詩音の顔がある。ボブカットの髪の毛が放射状にマットの上に散らばり、息をする度に詩音の歯の隙間から息が漏れるのが分かる。
詩音はそんな状況にも関わらず表情はピクリとも動かさない。
「腰、振ってみて?」と真顔で伝えてきた。
「お、おう……こうかな……」
腰を一度引いて、前に出してみる。すると、詩音の下半身に思いっきりぶつかってしまった。
「んっ……」
わずかに詩音の口元が緩む。
「あ、悪い。大丈夫か?」
「ん……ま、な、なんとか……」
詩音はほんのりと顔を赤くして視線をそらした。
「けど結構わかることが多い。案外、お腹のあたりに振動が来て、勝手に声が出ちゃう感じなんだね」
「なるほど――あっ……」
詩音と正常位の姿勢で向き合っていると、ガチャリとスタジオの扉の開く音がした。
「せんせっ……な、何してるの!?」
恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは黒髪ロングの女の子。
すぐに俺が担当している生徒の女子高生、
次の更新予定
2024年10月5日 12:01
エロゲーの3Dモデルを動かすためダウナー系美少女と疑似セッxをすることになった 剃り残し@コミカライズ連載開始 @nuttai
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