イマーシブ洋食屋さんは最後まで

ちびまるフォイ

最後までイマーシブたっぷり

「ここが話題のイマーシブ洋食屋さんか。

 いったいどんな料理が食べられるんだろう」


見た目は普通の下町洋食屋。

ドアを開けるとベルがカランカランと鳴る。


「いらっしゃいませ、イマーシブ洋食屋へようこそ。

 さあ席についてください」


「なんか……店内も普通ですね。

 イマーシブとか聞いたからてっきり中世を再現とか、

 そういう内装になってるのかと思ってました」


「ああ、うちはそういう"見た目"のイマーシブじゃないんですよ」


「へ?」


「まあ席に付いたらこちらをつけてください」


テーブルには水もまだないのに、

ひじまですっぽり覆うような謎グローブと、

でかいゴーグルに耳を覆うヘッドホンが置かれていた。


「なんですかこれ。VRゲームでも始まるんですか?」


「ご注文は?」


メニューを渡される。

書かれている内容もごく普通の洋食屋のメニューだ。


「こんなのでほんとにイマーシブできるんですか?」


「もちろんです」


「それじゃハンバーグ」


「わかりました。ではテーブルにあるものをお着けください」


「はあ」


ゴーグルを目に当て、耳にヘッドホン、グローブを手につける。

もはやこれから食事をしようという見た目じゃない。


ゴーグルに映像が流れると、グローブが自動的に動き出す。


「わ! わ! な、なんですか!?」


「映像に没入してください。はじまりますよ」


すると、眼の前には厨房が広がった。

360度周囲が洋食屋の厨房の音と匂いがする。


グローブは一人でに動き出し、調理人と同じ動きを行う。


「う、腕が! ハンバーグをこねてる!」


料理経験なんてないのに、映像に合わせた動きを

グローブが行うのでまるで自分が料理人になったような気持ちになる。


「これがイマーシブ洋食屋なのか!!」


「見て感じて体験する。それがイマーシブ体験です」


ハンバーグのタネをこね散らかしてから、

今度はフライパンで焼き上げる。


その腕の動作や匂いや映像もとびこんでくる。


「ああ、なんて美味しそうなんだ」


「どうです? イマーシブ空腹になってきたでしょう?」


「はい、もうすっかりイマーシブです!」


両面をこんがり焼き上げたハンバーグに温野菜を添えてお皿に乗せる。

次の瞬間には自分はウェイターとなってお皿を持つシーン。


「やっと食べられるんですね!」


「こっからが本番ですよ」

「え?」


主観映像だったものも、今度はハンバーグにズームする。


油とソースがキラキラと輝く表面。

そっと中にナイフをいれるとその断面からあふれるチーズ。


じゅう、と鉄板の上で奏でられる美味しそうな旋律。


それらがゴーグルやヘッドホンを通して五感に訴えかけてくる。


「うああああ! これはやばい!」


「イマーシブでしょう?」


「はい! めっちゃお腹へってきます!!」


飯テロなんていう表現が生易しいほどの没入感。

360度逃げ場のない「うまそう」が襲ってくる。


この店を選んでほんとによかったと思った。


こんなに美味しそうなハンバーグを調理工程から体験し、

そのうえ五感をこんなにも揺さぶられたうえで料理にありつけるなんて。


「さあクライマックスです」


「まだあるんですか!?」


期待に胸が踊る。


ゴーグルに映る映像はすこし上向きになると、

映ったのはテーブルについているおじさんだった。


おじさんはハンバーグをナイフで切って口に運ぶ。


口も閉じずにくっちゃくっちゃと音をたてながら。


ときおりバカでかい咳やくしゃみをし、

それを紙ナプキンではなくテーブルのおしぼりで顔ごとふく。


鼻毛を抜いた手でスマホを触りつつ、

ハンバーグを雑に切りながら食い続ける。


ぼろぼろと落ちる付け合せのライスが痛ましい。


その映像と音、匂いが食われるハンバーグ目線で飛び込んでくる。



「いかがですか! うちは調理から食事を終えるまで

 すべてをイマーシブで没入体験できるんです!!」



そっとゴーグルを外す。

テーブルには映像のおっさんに食われていたハンバーグが運ばれていた。


「さあ、どうぞ思う存分召し上がってください!」



脳裏には自分がハンバーグとなっておっさんに食われる映像がチラついた。

青ざめた顔でそっと店主に答えた。



「いや……。もうお会計で……」

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