市長の見た夢

ポテろんぐ

第1話

(川上の夢の中)


   窓の外、雨が降っている。


川上N「その日、私は変な夢を見た」


   川上、秘書からの言葉に「はぁ?」と驚く。


川上「私の体にガンを作るだと?」


秘書「はい。なんでも市長の体で、その様に決まったそうです」


川上「『決まった』って……今は新しい道路の建設で忙しいのは知ってるだろ。ガンなんて作ってる場合か!」


   川上、自分の机を叩く。


川上「誰が言ってるんだ、そんなふざけた事を!」


秘書「そりゃ、市長の体ですから、市長の遺伝子ですよ」


   川上、立ち上がる。


川上「じゃあ、その遺伝子とやらを直接怒鳴りつけて、ガンを作るのを止めさせる! 行くぞ!」


   川上、部屋を出ていく。

   川上、ドアを強く閉める。


川上N「突然、秘書から『私の体にガンを作る』と告げられ、怒った私は体を管理している遺伝子とやらに文句を言いに向かった」


   (遺伝子のいるオフィス)


   普通の会社のオフィスのような場所。

   電話や社員の喧騒が聞こえる。

   市長がどかどかと歩いてくる。


川上「私は川上幸三だ! 遺伝子とやらに文句を言いに来た!」


   川上は来て、オフィスが急に静かになる。


川上「遺伝子はどいつだ! 出て来い!」


   (遺伝子は前島と違って、居丈高な態度)


遺伝子「何ですか、いきなり来て騒々しい」


   遺伝子が歩いてくる。


川上「ん? お前か、遺伝子と言うやつは?」


遺伝子「そうですが、何か御用ですか?」


川上「『何か御用ですか?』だと、惚けやがっ……」


   川上、遺伝子の顔を見て、立ち止まる。


川上「ん?」


遺伝子「どうかしましたか、私の顔をジッと見て?」


川上「ああ、いや……何でもない」


川上N「私は驚いた。遺伝子の顔を見た瞬間、『前にどこかで会った』ような気がしたのだ」


遺伝子「用が無いなら、お引き取り下さい。アナタは寝ていても、アナタの体は働き続けているんですよ」


   川上、ムッとする。


川上「用はある。私に何の断りも無しに、勝手にガンを作るそうじゃないか!」


遺伝子「なんだ、その事ですか」


川上「『なんだ』だと? 人の体に勝手にガンを作って、その態度はなんだ! ガンだぞ、下手したら死ぬだろ!」


   川上、机を叩く。


川上「こっちは大事な道路建設の仕事があるんだ! ガンなんかになってる場合じゃ無い! 今すぐ中止にしろ、いいな!」


遺伝子「それは無理です」


川上「なぜだ!」


遺伝子「アナタの体にガンを作る事は、アナタが生まれる前からDNAに記録されています。今更、中止になんてできません。

あと『死ぬかもしれない』と仰られましたが、アナタはこのガンで『死ぬ』事に決まっています」


川上「し、死ぬとか軽々しく言うな! 私が今死んだら、この街はどうなる!」


遺伝子「アナタの死は、この街なんて小さい規模ではなく、地球レベルでの話です。

 新しい命が生まれたら、その分、生きている古い命は死ぬ。そうやって地球誕生から何十億年もの間、生命を育んできたんです。

あなたのワガママでどうこうなる問題ではありません」


川上「さっきから聞いてたら、私の癖に偉そうに! ガンができるのは私の体だぞ! なのに何の断りもなく、一方的に決めるなんてあんまりだろ! 

一言くらい断りを入れてからガンを作るのが筋って……(やっぱおかしいと気付く)そんな筋、通されても、ふざけるな!」


   川上、机を強く叩く。


遺伝子「地球と言う大きな生命を維持する為に、多少の犠牲は致し方ありません」


川上「なにぃ!」


遺伝子「それに、アナタの体にも、ガンを作る事に賛成している方は多くいらっしゃいます」


   川上、それを聞いて「なっ!」と驚く。


川上「嘘をつくな。ガンを作られて賛成の奴など、いるはずがない」


遺伝子「アナタの身体を隈なく調査した結果ですので、間違いはありません。

守秘義務がありますので、個人名は言えませんが……強いて言えば、アナタも良く知っている人物です」


川上「私がよく知っている人物? 私の体で? 私以外に誰がいる?」


遺伝子「市長。アナタの体と言うのは、アナタが思っている以上にアナタだけのものでは無いんです」


川上「ん? どう言う意味だ?」


遺伝子「私はガンの転移に関しての打ち合わせがありますので、これで失礼します」


   遺伝子、歩いていく。


川上「待て! 私の体に私以外、誰がいるんだ! 名前を言え!」


遺伝子「ここは夢ですよ。そろそろ起きないと仕事に遅れますよ」


   遺伝子が指パッチンを鳴らす。

   その瞬間に目覚まし時計の大きな音が鳴り響く。


川上「くそ、目覚まし時計の音か!」


   大きな音に川上、耳を塞ぐ。


   (川上の家 寝室)


   夢と同じ目覚まし時計の音。


川上「ああ、うるさいうるさい!」


   川上、布団から飛び起き、目覚ましを止める。


川上「夢……だよな?」


   窓の外、雨が降っている。


川上「雨か……そう言えば、夢の中も雨が降っていたな」


川上N「いつもと違い、妙にリアルで後味の悪い夢であった」


   (市役所 駐車場)


   雨が降っている。

   川上の送迎車が停車する。

   ドアが開く。


秘書「市長、おはようございます」


   市長が車から降りてくる。


川上「雨のせいで、また渋滞だ。なんとかならんのか、あの駅前は」


秘書「その為の道路建設ですので、もう少しの辛抱かと思います」


川上「そうだな。そう言えば、あの辺の商店街の立ち退きはどうなった? 進んでいるのか?」


   秘書、言いづらそう。


秘書「その事なんですが、市長。反対派の代表の前島さんが『道路建設の件で、市長とお話がしたい』と仰って……朝イチから市長室でお待ちになっています」


   川上、舌打ち。


川上「まだ、反対してるのか。県からも『着工を急げ』とせっつかれているのに……相手にしている暇などないぞ」


秘書「しかし、あの辺りは、昔からこの街に住んでいる方々ですし」


川上「古株だからって、デカい面で街の発展を邪魔して良いわけじゃない。いつまでも居座られたんじゃ、他の住民の迷惑だ」


   川上、大きな咳をする。


秘書「市長、大丈夫ですか?」


川上「(少し苦しそう)反対派って言葉に気が重くなっただけだ」


   (市役所 市長室)


   市長がドアを開けて入って来る。


前島「市長。おはようございます」


川上「アナタが反対派の……えーっと(名前が出ない)」


前島「あ、あの、前島です」


川上「ああ、そうでした。こうやってお目に掛かるのは初めてですね」


前島「ああ……はぁ」


   前島、苦笑い。


川上「どうかしましたか?」


前島「いえ! 何でもありません」


川上「あまり時間が無いので、用件は手短にお願いします」


前島「あ、はい。その……道路建設の是非を問う住民投票を、もう一度、市長権限を行使して、お願いできないでしょうか?」


   川上、フッと笑う。


川上「住民投票でしたら、前にもやったじゃ無いですか」


前島「しかし、あれは投票率が低くて無効になりました」


川上「それは条例ですから。

投票率が五十パーセントを下回った場合、住民投票は不成立になる。これは決まりですので、文句を言われても困ります」


   川上、苦笑い。


前島「ですが、投票用紙の開票すらされなかった。それでは投票結果がどうだったのか、何も分からないです!」


川上「無効になった投票は開票せずに処分する。これも決まりです。

それに投票率は、たったの四十パーセントでしたよ。

つまり、投票に来なかった六十パーセントの人は、道路建設には反対していないと言う事でしょう」


前島「ですから私は、そういう『たられば論』では無くて……」


川上「前島さん。道路建設は県の方で何十年も前から決まっていた事なんです。

そうやって、駄々を捏ねても、いつかは建設は始まるんです」


前島「あそこには昔から住んでいる人々や、商店街や公園もあります。

昔からずっと住んでいるのに、何の断りもなく、いきなり「道路を作ります」って一方的に追い出すのは、あんまりじゃないですか?」


   川上、ハッとする。


夢の川上の声「ガンができるのは私の体だぞ! なのに何の断りもなく、一方的に決めるなんてあんまりだろ!」


   川上、動揺し、咳が出る。


川上「し……しかし、あの道路ができれば、駅前の渋滞も減って、この街の経済も潤う試算が出ています。

もちろん、商店街の人達の気持ちは、痛いほど分かります。

でも、もっと大きな目で見れば、街の発展には多少の犠牲というのはどうしても付き物で……」


遺伝子の声「地球と言う大きな生命を維持する為に、多少の犠牲は致し方ありません」


川上「(遺伝子と前島に気付く)お前は、あの遺伝子!」


前島「え? 遺伝子?」


川上N「その時、私は前島さんが夢に出て来た遺伝子にソックリな事に気付いた。

 しかし、彼と会ったのは今日が初めてだ。なぜ、彼が私の夢に出て来たのだろうか?」


   川上、急に咳き込み出す。


前島「私は断固反対がしたいんじゃないんです! ちゃんと住民投票をして、正しい街の声が聞きたいんです。

お願いします。もう一度、住民投票をして下さい。それで賛成が多数でしたら、その時はキッパリと諦めます」


   川上、咳が止まらなくなる。


秘書「市長、大丈夫ですか? (前島に)前島さん、すいません。市長の体調が優れないようですので、今日のところはお引き取り下さい」


前島「しかし、」


秘書「申し訳ありません。後日、必ず連絡いたしますので」


川上N「突然、咳が止まらなくなった私は、その後、病院で精密検査を受ける事となった。すると……」


   (病院 診察室)


   医者からガン告知を受ける川上。

川上の座っている椅子が鳴る。


川上「そんな……」


川上N「私の体からガンが見つかった。

まだ致命的では無かったが、できた場所が悪く、無理に手術をすると神経まで傷つける恐れがあった」


遺伝子の声「『死ぬかも』ではなく、アナタはこのガンで『死ぬ』事に決まっています」


川上「どうなってる? あの夢の通りになっている」


   川上、ハッとする。


川上「もしかして、あの前島という男が原因か!」


川上N「ガンを小さくするべく、放射線治療が始まり、治療に専念する為、私は市長の職を退く事となった」


   (市長の夢 議会)


川上N「すると、またあの夢を見た」


   議長がガベルを叩く音。


遺伝子「『体内投票』の結果、『川上幸三の体にガンを作る事』は賛成多数で可決されました」


   大きな拍手が起きる。


川上「こんな結果はおかしい! インチキだ!」



遺伝子「これは、アナタの体の臓器や骨など、全ての部位が投票した結果ですよ? 何処が不満なんですか?」


川上「遺伝子。お前の正体は前島だろ! 私のことが憎くて、こうやって復讐しているんだろ!」


遺伝子「前島? 何の事ですか?

結果に納得がいかないのなら、賛成派の代表の方からお話を聞いてみますか?」


川上「代表?」


   川上(25)が立ち上がる。


川上(25)「失礼します!」


   若い川上、議会の中央に歩いて行く。


川上「お前は……」


川上(25)「今回、ガンを作る事に賛成しました「二十代の頃の川上幸三」です」


川上N「代表として立ち上がった人物は、政治家を志して間もない頃の私自身であった」


遺伝子「今回の体内投票には、全年齢の川上幸三さんにも投票していただいております」


川上(25)「私がガンを作る事に賛成な理由は、はっきり言って、最近の私自身の仕事ぶりには目に余るモノがあるからです」


   川上(25)の意見に歓声が飛ぶ。


川上「私はこの街の市長を四期も務めた。

ガンさえ無かったら、五期目も……それどころか、もっと大きな地位になれたかもしれないんだぞ!」


   川上、机を強く叩く。


川上「まだ、駆け出しでペーペーのお前には、どれだけ凄い事かわからないだろ!」


川上(25)「その市長の座を守るために、どれだけ市民の声を蔑ろにして来たんですか?」


川上「なに?」


川上(25)「私が今、政治家を志しているのは、私が生まれ育ったこの街の人達に、少しでも幸せに暮らして欲しいからです。

今のアナタは自分が偉くなる為に、権力者の都合を市民に押し付けているだけだ!

今回の道路建設もそうだ! 住民投票も無効。街の人の声を全く聞こうとしない!」


   ギャラリーからブーイング。

   

川上「時には強引に進めることも大事なんだ。

 市民は政治の全てを分かっているワケではない。だから、今は反対でも、道路ができれば、税収も上がり、街も大きくなる。

その時に「やっぱり道路ができて正解だった」というハズだ! そこまでを見越して、今は反感を買ってでも決断するのがリーダーの仕事だ!」


川上(25)「でも、街の豊かさよりも大事な事がある人々だっている。しかし、アナタは厄介事を避ける為に、その人達の声には耳を貸そうともしない」


   若い川上の意見に鳴り止まない拍手。


川上(25)「お尋ねしますが、今までアナタが市長をして来て、幸せになった人と不幸になった人、どちらが多いんですか?」


川上「そ、それは……」


   会場からブーイング。


川上(25)「自分が全て正しいと思い上がって、街の人達の声を聞こうともしないなら、癌になって市長の職を退いた方がマシだ。その方が街の人達の為でもある」


   歓声が上がる。


川上「じゃあ、私以外に適任がいるのか? 居ないから、私が四期も当選しているんじゃないのか? それが街の声だろ?」


川上(25)「アナタ、本当に前島さんを覚えていないのか?」


川上「前島? なぜ今、前島の話になる?」


川上(25)「あの人は初めて当選した時の対立候補だった人だ」


川上「……え」


川上(25)「それだけじゃない。あの人は落選した後も、困っている人達の意見を聞いて、何度も市長室に頭を下げに来ていた」


川上「嘘だ。彼と会うのはこの前が初めてだった」


遺伝子「本当です。前島さんとお会いした記憶は、いろんな年齢の川上幸三の記憶に幾つも残っていました。

ですから、私は彼の姿を投影できたんです」


川上(25)「なのに、アナタは彼に会うと、いつも『初めまして』と作り笑顔をしていた。

 アナタは街の声など、右から左で聞いていなかったんだ!」


   会場からブーイング。


川上「そんな……バカな」


川上(25)「アナタと前島さん、どちらが市長になった方が、この街の為だったんですか?」


   (川上の家 寝室)


川上「うわぁ!」


   川上、布団から飛び起きる。

   窓の外から雀の鳴き声。


川上「また、夢か」


川上N「調べたら前島さんが私の対立候補だった話は本当だった」


   秘書に電話をしている川上。


秘書(電話)「はい。前島さんは何度も市長室に足を運んでいましたよ」


川上「お前、知ってたのか!」


秘書(電話)「市長が覚えてない様子でしたので、言いませんでしたが」


川上「(ボソッ)本当だったのか」


   川上、ため息。


川上N「前島さんの件が事実だとわかると、夢の中で糾弾された事が現実味を増し、私の胸を痛めた」


   (街を散歩する川上)


   小さな小川の流れる音。

   長閑な鳥の鳴き声が聞こえる。


川上「こんな良い散歩コースが近くにあったのか」


   川上、しばらく歩く。


川上「ずっと車の送迎だったから、のんびりと歩くのも久しぶりだな」


   川上、深呼吸をする。


川上「ガンが進んだら、もうこんな風に歩けないかも知れないな」


鳥の長閑な鳴き声。


川上「道路ができると、この辺りまでトラックやらの騒音が届くかも知れないな」


   川上、歩く。


川上「街の豊かさだけを望んでいる訳じゃない、か」


川上N「私は立ち退きが予定されている商店街に足を運んでみる事にした」


   (商店街)


   縁日の様に出店が出ている。

   焼きそばを焼く音。

   人々が騒いでいる声が聞こえる。


川上N「商店街は飲食店から縁日の屋台の様な出店が出たり、ビアガーデンのように、昼間から外でお酒が飲めるようにもなっていた」


   大道芸の曲が流れている。

   人々の拍手。


川上N「広場では、地元の有志の人達が大道芸や音楽の演奏を披露する催しが行われ、思っていた以上に盛況だった」


川上「(余興を見て)おお、凄いな」


   川上、笑いながら拍手する。




川上N「近くにいる人に話を聞いてみたら、週末はいつもこんな賑やかな感じだと言う。

しかし、『商店街がなくなったら、もう集まれない』とその人は寂しそうに言っていた」


   (公園を歩く川上)


   野球を楽しんでいる人々の声。


川上「草野球もしばらくやれていないな」


   川上、立ち止まる。


川上「ガンが進んだら、草野球もできなくなるのか……こうやって、当たり前を失って行くのか」


   川上、大きなため息。


川上「商店街の人も、今の私みたいな気持ちなのかもな」


   川上、咳き込む。


川上「少し、座るか」


   川上、「よいしょ」とベンチに座る。

   そこにゴミ拾いをしていた団体が歩いて来る。


前島「この辺で少し休憩しましょうか!」


川上「ん?」


川上N「ベンチに座ると、私の近くをゴミ拾いのボランティアらしき集団が通り掛かった」


川上「(前島に気付く)あっ」


前島「(川上に気付く)あっ」


川上N「その集団の先頭にいたのは前島さんだった」


   × × ×


前島「市長を辞められたと聞いて、驚きました」


川上「ガンになってしまって、治療に専念する事になりました」


   川上、苦笑い。


川上「いつも、ゴミ拾いをされているんですか?」


   ゴミの入ったビニール袋の音。


前島「私が捨てた訳じゃないんですけどね。拾わないで通り過ぎると、寝る時まで、そのゴミの事が気になってしまう体質なんです」


   前島、自嘲気味に笑う。


前島「女房からは貧乏クジばかり引く、お人好しって呆れられてます」


川上「……さっき、商店街に足を運んできました」


前島「週末のあそこ、とても楽しそうでしょ?」


   川上、苦笑い。


川上「私は街が便利になれば、街はどんどん良くなるんだと、ずっと思っていました。

だから、今が幸せな人から、今を奪う事の恐ろしさに気付いていなかったんです」


   野球をしている人達の音。


川上「ガンになって、『今まで当たり前だった事が、もうできないかも知れない』って、何気ない瞬間に何度も思うようになりました」


   川上、涙ぐむ。


川上「本当、地位とか名誉より、今は普通の生活が欲しくて仕方がない。

でも、相手が病気だと、私の言い分なんて無視して勝手に大きくなってしまいます」


   川上、涙を拭く。


川上「でも、人と人は、それじゃいけないですよね」


前島「え?」


川上「私も、もう一度、住民投票ができるようにお手伝いをさせて下さい」


前島「良いんですか?」


川上「もう市長ではありませんので、できる事は限られていますが、何とか皆さんの声を県の人達に聞いて貰えるように尽力します」


前島「実は、次の市長選の候補者の平川さんという方が『住民投票の実施』を公約に掲げてくれたんです。

ですが、何せ無所属なので、勝てる見込みが微妙なんです」


川上「私もツテを頼って、何とか票を集めましょう」


前島「よろしくお願いします」


川上N「それから、私は放射線治療の合間を縫って、政治家時代のコネを使い、平川さんの援助を方々にお願いした」


   (電話をする川上)


川上「あ、ご無沙汰しております。川上です。今日は先生に折り入ってお願いがあってお電話差し上げたんです」


   (駅前でビラを配る前島さん)


   駅前の喧騒。

   ビラを配っている前島。


前島「平川芳雄をよろしくお願いします。お願いします」


川上N「選挙の結果。平川さんは無事当選し、住民投票が再び行われる事となった」


   (公園)


川上N「そして、同じ時期に私の放射線治療も終了した」


   川上が前島にガンのことを報告する。


前島「ガンが小さくなっていたんですか?」


川上「放射線治療と相性が良かったみたいです。医者も『これなら手術も成功するかも知れない』と言ってくれました」


前島「それは良かったですね」


川上「手術も一ヶ月後に決まりました」


前島「一ヶ月後ですか」


川上「ちょうど、住民投票が行われる辺りになります。お互いに良い結果が出るといいですね」


前島「どんな結果が出るか、楽しみです」


   前島、嬉しそうに笑う。


川上「前向きですね」






前島「私は反対している人の声も、賛成の人の声も、お互いの耳にちゃんと届いて欲しいんです。

どちらかの声しか聞こえないのは、街の声ではないと思うんです。

それが守られたら、どう言う結果でも、この街で生きていきます」


川上「どちらかの声しか聞こえない、か」


川上(25)の声「今のアナタは自分が偉くなる為に、権力者の都合を市民に押し付けているだけだ!」


   夢の中の若い川上を思い出す、川上。


川上「私にも、あんな熱い時代があったんだな」


川上N「私も手術がどんな結果になっても、自分の人生を全うしようと心に決めた」


   川上、「よしっ」と膝を叩く。


川上「なら、道路ができても、商店街のイベントが開ける場所を今から探しておきましょうか」


前島「あ、良いですね。それ」



                           (終わり) 

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市長の見た夢 ポテろんぐ @gahatan

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