怪談「高校の先生から聞いた話」

りりぱ

***

 当時、ある進学校の教師をしていたY輔さんから聞いた話。


 ある日、Y輔さんが夜遅くまで職員室で課題の添削をしていると、生徒のK太が深刻な顔で「先生、ちょっと相談が……」と現れた。

 K太は裕福な家庭の少年だった。明るく社交的な性格で、成績もそこそこ良かった。クラスの女子のFと交際しているとも聞いており、K太は学生生活を満喫しているように思われた。だからY輔さんがK太から深刻な相談を受けるのはこれが初めてだった。


「ん、どうした?」

 Y輔さんは極力なんでもないように返事をし、K太に椅子を勧めた。K太はおどおどと周囲を窺っていたが、職員室に他に誰もいないのを確認すると、低い声でおずおずと話し始めた。


「最近、なんかおかしいんですよ」


 事の発端は先月、K太が少し遠くの廃屋に肝試しに行ったことだった。そこは街の郊外にあるボロボロの民家で、昔そこで乱暴されて殺された血まみれの女の幽霊が出るとの噂があった。Y輔さんもその廃屋を知っていたが、幽霊というよりもそこには時折不審者が出る、という理由だった。いたずらだろうが放火の跡もあり、周囲は荒れた林で人通りもない場所だ。危険なので行かないように、と生徒たちには普段から指導していた。

 しかしK太はそこへ行ったらしい。嫌がるFを連れて白昼堂々廃屋に足を踏み入れたものの、中はすっかり荒らされていて特にめぼしいものはなかった。K太は周囲を一通り見て回ったが誰もおらず、もちろん幽霊なども出ない。K太はすぐに飽きて帰った。


 異変はその日の晩、風呂に入っている時に起こった。頭を洗っている最中、手に絡まった髪を見ていたK太は、ふと一本の白髪があるのに気づいた。

(うわっ、俺に白髪なんてあったっけ……?)

 K太は慌てて鏡を見たが、頭髪は問題なく黒々としており他に白髪はないようだ。その時のK太には白髪が生えるような理由に心当たりがなかったが、まぁそういうこともあるのだろう。K太は気にしないことにした。


「でもなんかどんどん、白髪増えてきちゃって、しかも髪が抜けてくるようになって」

 K太の髪は日を追うごとに白くなっていった。真っ黒だったK太の頭髪の全体に、変わった方法で脱色でもしたようにぼつぼつと白髪が生えてくる。既に生えていた毛髪の色が一晩で真っ白になるようだ。その白髪がごっそり抜ける。


「あー……」

 Y輔さんはK太の頭を見た。確かにK太の髪はまだらに白くなっており、ところどころ頭皮が見えるほど髪が薄くなっている。露出した頭皮は赤く爛れて皮がむけており、まるでなにかに乱暴に毛髪をむしり取られたようにも見える。明らかに異常だ。


「そんで、身体もなんかおかしいんですよ」

 そう言ってK太は服の袖をまくった。両腕に赤く爛れた湿疹が広がり、深い引っ掻き傷が無数について血がにじんでいる。かゆいのだろう、K太はY輔さんが見ている前で腕をばりばりとかきむしりながら話し続けた。みるみるうちにK太の爪の間に血と削れた皮膚がたまり、崩れた肉片までも混じり始めた。

「腕、こんな風になって、でも病院に行って色々見てもらっても異常はないって言われて」

 Y輔さんはK太の全身に素早く目を走らせた。腕だけではない。ズボンの裾から覗く白い靴下には赤い染みがついており、全身がそうなってしまっているのだろう。そうY輔さんは思った。


「それは……大変だなぁ……」

 Y輔さんは何と言っていいか分からず、つい間抜けな相槌をうってしまった。しかしK太の話にはまだ続きがあるようだ。


「そんで俺、Fの家の神社行ったんですよ。先生も知ってるでしょ?Fの家神社なんです」

 どうやらK太は、身体の不調は心霊現象ではないかと考えたらしい。あの時はなにもなかったが、自分で気づかないうちにあの廃屋の悪霊でもついてきたのかもしれない。K太は交際相手のFの家を頼ろうと、その神社に向かった。

 Y輔さんも知っていたが、Fの家は確かに伝統ある神社で、巫女や神主も何人もいるような大きなところだ。そこならK太の不可解な症状も祓ってくれるに違いない。K太はそんな期待を抱き、宮司をしているFの父親に会いに行った。


「でもFの親父、俺を見るなりすげぇ顔で『なぜここに来たーッ?!』って俺のこと怒鳴りつけてきて」

 K太は驚いたが、涙目で窮状を訴えた。しかしFの父親は憤怒の形相でK太を怒鳴り続ける。

「帰れ!ここはお前のような穢れた人間が来ていいところではない!娘にももう二度と近づくな!」

 Fの父親は一方的にわめきちらしながら、文字通りK太を境内から蹴りだした。


「そんで俺、もうどうしていいか分からなくて……先生、助けてくれませんか?」

 うつむいて肩を震わせるK太を見て、Y輔さんはうーんと腕を組んでこれはどうしたものかとしばし考えた。しかしここは教師としての仕事をせねばなるまい。Y輔さんは意を決して口を開いた。



「でもお前、それは仕方ないだろう?お前はFを流産させたんだから」



「え……?」

 K太は驚いて目を見開いたが、Y輔さんは言葉を続ける。

「Fがやっと病院で全部話してくれたよ。お前がFに無理やり売春させてたこと、Fが妊娠したと知ったらあの廃屋につれていってFの腹を蹴ったこと。何が幽霊だよ、バカじゃないか?お前はFをあそこに置き去りにしたがな、あの後Fは本当に死にかけてたんだぞ」


 Y輔さんは腕を組んで溜息をついた。

「お前は知らなかったのかもしれないがな、クラスで噂になってたぞ。お前がFに色々とひどいことをしてるって。Fはずっとお前を庇って黙っていたがな、やっと犯人を証言してくれた。もうすぐ警察がお前のところに行くだろうよ。


 お前の親御さんはカネだけ出してお前を放置して育てていたみたいだが、そんなんだからお前にマトモな人間としての品性が養われなかったのかもな。クズの所業とはこのことだ。あんなクズの両親がいたからお前みたいなカスが生まれてきたんだな、つくづく哀れだよ。


 気づかなかったか?みんながお前のことどういう目で見てるか。はっきり言って異常なんだ、気持悪いんだよお前。この学校にお前みたいな奴がしれっと混じってるのがおかしかったんだ。今の状態でようやくお前の見た目と中身が釣り合ったんじゃないか?だから助けてくれとか言って被害者ぶるのはやめろ、な?」


 K太は真っ青になってぶるぶると震えていたが、やがて椅子から転げ落ちた。床に這いつくばると、げええ、とえづく。K太の口からごぼごぼと、血にまみれた赤い肉塊のようなものが吐き出された。

「汚いな、自分で片付けろよ」

 Y輔さんはK太を見下ろしながらそう一言だけ言うと、荷物を片付けて帰り支度をした。


----


「……それで、K太君はどうなったんですか?」

「さあねぇ、とにかく次の日から登校してこなくなりましたよ。気づいたら退学届が出されていました」

 Y輔さんは興味なさそうに珈琲を啜った。わたしは堪らずY輔さんに尋ねる。

「教師としてK太君を更生させようとは思わなかったんですか?」

 わたしの問いにY輔さんは露骨に面倒そうな顔をすると、はああと大きな溜息をついた。

「いるんですよねぇあなたのようなことを聞く人。教師を聖人か何かだと思ってるんですか?あのねぇ、こっちだって仕事なんですよ」

 俺はマトモな高校生を教えるのが仕事です、カスの外道のお祓いはそこに入ってない。Y輔さんは迷惑そうにそう答えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪談「高校の先生から聞いた話」 りりぱ @liliput

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説