後篇 失敗した告白の真実 [終]
そこへ、仲と調子のいい女生徒の一人がぴょんぴょんやってきた。
「燕ちゃーん、今伏見くんと何ラブラブ話してたのお?」
誰かの真似をした彼女に遠慮はなく、きっと廊下の何人もがこちらを振り返ったに違いない。確認する勇気のない私は「数学の難問が解けたって自慢されただけ」と真実を告げて下を向いた。左肩がやけにちくちくする。
「はあーっ、数学の自慢! 私あなたのこと見てきて心配だから言うんだけど、そんなんじゃ幸せはつかめないよ? もっと自分の胸に正直に、まずは燕の一番、誰にも譲れないところを彼に見せていこう?」
「それは……、だって女の子がそんなこと、やっぱりだめだよ」
私はあの「遺言」に従えない本音をもらし、
「もう燕、いつの時代のこと言ってんの? 告白したのは誰?」
普段通り調子ばかりいい子は腰に手を当て仁王立ち。それこそいつの時代だと思っても口にせず、素直に「十九世紀。橋本燕」と答える私。生まれたのは二十一世紀で、漢字「燕」が名づけに使えるようになったのはその一年前、お父さん一推しの名前だった。
「正直でよろしい。今は女子が気づかせてあげなきゃ、いっそ唇を奪っちゃうとかね」
唇って! 無茶苦茶な女生徒は私の肩を強くたたき、自分の唇でにっと笑みを浮かべる。
「あーあ、私もハロウィンと修学旅行用に男つくろうっと!」
彼女は気合い入れに頬をぱんぱん鳴らして教室へ、今すぐ粘土で人形作りでも始めそうだった。続けざまに地獄を見たクリスマスとバレンタインデーは「もう二度と」来ないらしいけど、修学旅行だって来年の初夏まで来ないよ? 逆にハロウィンは今月末、苦手な自分がどう乗り切るか残った廊下でしばし考えてみた。中学生が変装してお菓子を強要したら犯罪だし、一年生だった去年は逃げて……どうしたっけ。記憶が真っ白けで――、ねえ、今年もし伏見くんに誘われたら?
えっ? どうしよう、どうすべき?
ほら、二十一世紀は女の子から主張していく時代だよ。うん、よし――えっ?
私が決意しかけた時、「こらっ、橋本チャイム鳴ったぞ? 中二病か?」と教室に爆笑のうずを生成させる理科好きな英語の先生。気がつかなかった、扉の外で考えにふけっていた。それを「中二病」とまで言われてお尻からも火が出そうなくらい恥ずかしい、確かに私は中二なのだ。
次の社会は居眠り男子が先生を怒らせて終わり、私は湿った風が揺れ躍る教室を同じ廊下から静かに眺めていた。火曜日のこの時間一組は理科室への移動なのだけど、伏見くんは我が二組の友達に教科書を貸すのがきまり。まずなくした教科書を隣席に頼るのが恥ずかしくなってきた男の子を待つ消極的な女の子の私、顔を二組に向けたせいか耳が一組の余計な声を拾ってしまう。
「ふーしーみくん、今日さあ、昼やす……ってくれない?」
あれ、はっきり聞こえなかったけど女の声が伏見くんにちょっかい出して、不健全な急接近だ全身がかっと熱く冷たくなる。彼も彼で「……けど、それでいい?」ってうわあ乗り気だやめてよ! 二年二組に目をやったままの私、恐怖で疑惑を何も確かめられず、
はっとした。耳に廊下の喧噪が蘇る。
馬鹿馬鹿何してるの私、こんなことで妬んで負けて情けない。嫉妬するなら二十一世紀の女の子らしく堂々と闘ったらいいんだ。私は目を見開き、ぎろり一組を振り返った。
湿気が呼んだ雨の夜、まだまだきらきら若い珠子おばあちゃんから電話が掛かってきた。普段はいきなり現れる彼女、声だけなら緊張しないと新しい発見をしたはずが、
「燕ほら、例の子。どう、うまくいった?」
いきなり本題で私は「うー……んと、それがあの、失敗というか」と窮屈な本棚から左手に視線を落とし、何だ無茶苦茶緊張してる。
「あらあ、うちの燕を邪険にするなんて罰当たりな子ねえ。今度おばあちゃんが取っ捕まえて還暦ばばあの鉄拳制裁しちゃうから」
「いや、そ、そのでもおかしな失敗で。友達になりたかったから失敗なだけで……」
「燕、何言ってるの? まさかいじめられたりしてないわよね」
超短絡的に心配するおばあちゃんに、私は白い薬指の爪をはじいて言った。
「私、伏見くんと恋人になっちゃった」
忍ぶれど 色に出でにけり わが戀は 物や思ふと 人の問ふまで
平兼盛
了
▼小倉百人一首
参考:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/百人一首
㊵
㊶
▽読んでいただきありがとうございます。
はい、失敗という名の成功でしたね(笑)。
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二十一世紀生まれの女の子は大変 海来 宙 @umikisora
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