二十一世紀生まれの女の子は大変

海来 宙

前篇  告白はおかしな失敗

 好きになると表情も行動も分かりやすくなるのか「色に出でにけり」私の恋。お母さんの母親である珠子たまこおばあちゃんが愛する小倉百人一首四十番、平兼盛。四十一番の壬生忠見に勝った歌。顔に出るのが恋心だけならまだいいのだけど、私には惚れた男の子の名前が朱色で書かれるらしく、いつも覚悟を決める前に相手の知るところとなり失恋。頻繁に好きになっては告白する前に断られたり微妙な雰囲気に恋心の息を止められたり、しかも私は告白された経験すら皆無だった。この哀しい事実に憤慨しているのが、私を心配しすぎな珠子おばあちゃんである。

 彼女は娘の育て方に失敗したと日々仏壇に歎いてばかり、その娘から生まれた私はどう向き合えばいいんだ。最大の失敗は赤いホットパンツの女と出ていったお父さんに一度は選ばれたことで、夏休みにつばめのお婿さんには死んでも妥協しないとあと百年生きる顔で宣言されてしまった。

「燕はきちんと自分から告白した男の人と結婚するんだよ」

 本人の話では「立派な遺言」らしい。お母さんがプロポーズの夜景と指輪に道を踏みはずしたから? さらにこうも言われた。

「ううんそれだけじゃだめ。もう中学生なんだから、男とは親しい間柄になるにも誓約が必要だからね。必ず燕のほうから言うんだよ、友達になってくださいって」

 は? それっておばあちゃんが生まれた頃か戦前の話じゃないの? 今は忘れた教科書を見せ合う隣の席だって男の子だよ?

 隣席とのご近所づきあいはともかく、私が好かれないのは美醜ルックスではなく引っ込み思案すぎる性格が原因だった。内気なくせに顔はいい――これは自信過剰か、はじかれると知ってて恋に落ちるのも同じ理由? 本当の私は肩がぶつかれば泣く男子恐怖症、それでもすぐ誰かを目で追い、中学校に上がると恋だけでなく視力まで悪くなった。

 しかし十四歳の誕生日を迎えた二年生秋、私もついに気づかれずに告白に至ることができた。相手は隣の一組にいる伏見ふしみくん、バドミントン部。ただ、私は彼と友達になりたかった。つまりその日その瞬間まで気づかれずにいたのはまだ友達ですらなかったからで、友達になってくださいの予定が仲と調子のいい女子たち周りの勢いでこのようなやり取りになってしまった。

「えっと、伏見くん、ちょっ、あ……」

 昼休みも声を響かせる一階の廊下、私は仲と調子のいい子が見掛けた長身の伏見くんにどきどきの胸で声を掛けた、震えながら。

「へ? え、橋本はしもとさん?」

 声変わりずみのきょとんとする彼に対し、「おやっ、燕ちゃーん何ぃ?」と誰も使わない呼び名でからかいモードのお邪魔男子。厄介なことにあちらも一人ではなかった。

「――こ、この間……ありがとう、それで」

 何とか先日のお礼を言う。私が運悪く学年主任の先生に頼まれた仕事を伏見くんが手伝ってくれたのだ。

「そんなことより早く言っちゃって!」

「あの、私、ああいう風に話せる友達、男子にはなかなかいなくって」

「友達なんていいから!」

 盛んに囃し立てたのは誰だったか、頭が真っ白になって記憶がもう飛んでいる。

「友達じゃないの? え、どうした?」

 伏見くんは余裕なのに、私は突如投げ込まれた声「好き!」でぎゃっと飛び上がり、

「い、いや、伏見くん私、友達になってほしいかなって。えっ、好き?ってだからそうはそうなんだけどその、橋本燕を友達、じゃない恋人……で、でもいい、いい?」

 大量の汗と不気味なまでの震えが止まらない。混乱錯乱した私は優しい猫背の彼とのやり取りももはや曖昧模糊、周りに盛り上げられて――とにかくこの橋本燕は同級生の伏見隆弘たかひろに告白し、結果は失敗だったといえる。ただしおかしな失敗で――、

「昨日話した三角形の難問、うちのクラスで俺だけできたんだ。教えてあげよっか」

 数日後、伏見くんは私に声を掛けてくれるようになっていた。

「だっ、だめだよ。ずるになっちゃうもん」

 私は彼の「ずる」提案を誰かに聞かれてないかひやひや止める。

「そう? いいところまでできてたから、頑張って。二組明日だよね」

 あっさり離れる伏見くんに、私は振りかけた右腕を手持ち無沙汰にふわふわ。ああお腹が痛い。彼は他の男子に聞こえるように「今日生理?」なんて訊いてこないし、いや彼にだって恥ずかしいから教えないけど、もしそんな風に言ってくる男がいたら「こないだエッチな本見て何かしてたでしょ」と返せと珠子おばあちゃんからけしかけられている。できるわけがない、絶対無理不可能。だいたい会話が戻ってきたら次どうすればいいんだ。

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