意欲の再燃
snowdrop
文月
読書は書く欲求を引き起こす。学ぶは真似ぶからはじまり、すべての創作は模倣から生まれる。
七月中旬、今年も『カクヨム甲子園2024』の応募作品を読んで感想を書きはじめた。
日本在住の高校生を対象にした小説コンテストで、毎年多くの才能ある若い作家たちが腕を競う合う。大賞や奨励賞のほか、特別賞も設けられ、高校生たちの創作意欲を大いに刺激している。
そんなタイミングで、『夏』をテーマにした犀川よう様の自主企画『第一回さいかわ葉月賞』開催の知らせを目にした。
感想を書くのと創作は似ているが、異なる思考を要する。片手間にできそうにないと判断し、感想書きに専念していく。
ある夜、一日の疲れを風呂場で洗い流したあと、母の弾んだ声が飛び込んできた。
「生まれたって」
母の妹の次女が妊娠している、と聞いたのは一週間前のことだった。早いなと思いながら、「生まれたんだ」と言葉を返す。
母の妹には良い印象を持っていない。彼女は私のおもちゃを壊しても謝らず、借りたCDを傷つけて返すなど、無責任な行動が多かった。そのため、私は幼いときから彼女との関わりを避けている。しかし、子供は別だ。親の遺恨を引き継がせるのは酷だと思う。
彼女たち姉妹とはよく遊び、自分の道を選ぶようにと応援もしてきた。そんな次女が結婚して親になるとは、月日の経つのも早いものである。
お祝いの品に可愛らしいスタイ(よだれかけ)を選んで購入した百貨店は、夏に閉店が決まっていた。
祝い事がある度に、足を運んできた場所がなくなる。
うら寂しさに襲われたとき、ふとよぎった葉月賞。テーマは『夏』だし、小説の題材としては申し分ない。帰宅するとすぐ、プロット作りに取り掛かった。
やはり、感想書きをする片手間に創作するのは難しい。
そんな折り、カクヨム側からコメントの公開中止を受ける。応募作品の誤字脱字等のアドバイスをしたのが原因だった。昨年は注意を受けなかったのに、どういうことだろう。深く静かに潜伏し、ニッチな活動を心がけてきたが、気づかないうちに、悪目立ちする存在として認識されたのかもしれない。
当面、コメント書きは中止。七月に読んだ作品の感想は、月末に一括掲載することで若干の先延ばしを行い、運営側の反応をみることにした。
創作する気分はどこへやら。感想を書く意欲も薄れていく。これから数百も読んで書いていくのに、出鼻を挫かれ、いっそのことやめてしまおうかと思いを巡らせる。使っているパソコンは、もうすぐ十年で、かなりガタが来ている。ストレスなく使うには容量が必要だが、求めているスペックのパソコンは高い。購入も感想も、なにもかも辞めれば楽になるかもしれない。気分が落ち込むと、すべてが嫌になる。
書き続けるモチベーションを求めて、作品を読み続けていく。
カクヨム甲子園2023で大賞を取った白玖黎様の応募作品を読んで感想を書く。昨年は推敲が間に合わず、字数オーバーだったものを手直しされていた。良くなった分、細かなところが気になり、コメントに書いたら公開中止を受けたのだ。感想には、ほのめかす程度に表現を抑えた。昨年の感想にも、同じ箇所を指摘している。変えていないということは、作者はこの表現を是としているのだから、尊重しなくてはいけない。
他の作品も読んでは、感想を書いていった。どの作品も魅力的で、ワクワクさせられる。相変わらず出来が良いものばかり。これがやる気に満ちた現役高校生の若さというものかと、毎回身震いさせられる。
感想を書いてきた数年間を振り返る。稀に出会う優れた作品に、「人生何周目なんだ、この高校生はっ」と圧倒されてきた。凄まじい作品に対して、こちらも最大の尊敬と敬意を払わねば失礼と、椅子であっても正座して読むことにしている。昨年の応募作からは質の高さに息を呑み、正座で読むことが常になってきた。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の作者、暁佳奈様が選考委員を務めた昨年から、心情描写を強く描く作品が増えた。たしかに一人称で心情描写をすれば内面の葛藤や変化が読み手によく伝わるが、それだけだと、なにが起きているのかわかりにくい欠点もある。心情と人物の動きを示し、風景や状況の描写を加えれば、思い描く場面を読者は想像し、物語世界により没入できるかもしれないのに。なぜ心情描写ばかりにこだわるのだろう。
一作でも多く感想を書こうと、就寝前にベッドで寝そべりながら、スマホでも作品を読みはじめる。感想書きのために貯めてきた広告の裏紙に書いていく。あとでパソコンに打ち込むために。
雨湯うゆ様の『エナちゃん』というタイトルが目に入る。なんとも可愛らしい響き。恋愛ものかとジャンルをみると、ホラーとある。
かつて永六輔が「暗い話は昼間のうちにしなさい」といっていたのを思い出す。ホラーは怖いミステリー。夜に読むものではない。そう思ってもシステム上、画面には作品冒頭が表示されているので見てしまう。一話だけ読んでみようと、画面をタップした。
思わずモニターを覗き込み、体を起こしては正座し、作品を読んでいく。体がゾクゾクと打ち震えた。怖いからではない。作者の文章力に恐ろしさを感じたのだ。一週間かけて読んでは考え、何度も感想を書き直す。最低限気になったことをコメントで作者に尋ね、教えてもらう。さらに一週間かけて、自分なりの感想を書き上げる。それでも確信が持てなかった。
物語の恐ろしさ以上に、この話を描こうと思い、調べては積み上げ、読者を深く誘う構成と描写を用いた作者の技量が怖ろしかった。これほどのものを高校生が書くのかと舌を巻く。
毎年必ず、幾人かは凄まじいものを書く作家がいる。こういう子達が世に出ていくことを願いながら次の作品を読んでみる。目を引く作品は一つだけではなかった。
一昨年、事件ものを書いた作品があった。テレビの刑事ドラマで描かれる嘘を排し、警察機構を丁寧に描いたリアリティーあるミステリーもので、出来が良かった。その作家、醍醐潤様もミステリー作家になる夢を持ち、はやみね先生に憧れを抱いている。
今年のカクヨム甲子園の選考委員は、児童文学のミステリー作家、はやみねかおる先生。
どんな作品を書いて応募するのかと期待していると、ミステリーではなかった。西武大津店を舞台に家族の絆と愛情を描いた心温まるヒューマンドラマ。これほどのものを描けるのかと、幅の広さと奥深さに感じ入ってしまう。修練したのだろう。本当に出来が良かった。
選考委員がはやみねかおる先生だから、応募する作品はミステリーでなければならない、という縛りはない。他のジャンルでも応募できる。そもそも彼は自宅に図書館並みにミステリー小説の蔵書を持つプロなのだ。
応募参加者は「受賞」が目標なのであって、ミステリー小説である必要はない。相手の得意分野で挑むのならば、厳しい目でみられてもなお、唸らせるだけの実力が必要である。自信があるなら構わない。狙うなら相手が不得意とするジャンル、なおかつ、作者が得意とするもので挑むのが賢い選択だろう。
書き上げた半月分の感想、五十作品余りを、七月末に公開設定する。以後の公開は毎週日曜日に決めた。月末公開では感想の数が膨大になり過ぎる。運営側への配慮も必要だと考えた。それでも、毎週の感想公開は四十作品近くになる計算だ。一作でも多く読んで感想を書くためには、むしろペースを上げていかなくてはならない。質より量に傾きがちな自分を省みつつ、より深い読解を目指さなければと気持ちがはやる。
七月三十一日、地元の百貨店が閉店を迎えた。最後の日とあって、館内は人で溢れている、常連客と店員が別れを惜しむ声があちこちから聞こえ、涙ぐむ姿も見受けられた。こうした盛況ぶりが続いていればなくならずにすんだのでは、と思わずにはいられなかった。
シャッターの下りた商店街。それは時代の流れと街の衰退を象徴しているのかもしれない。しかも閉店は、書店消失をも意味していた。また一つ、思い出の本屋がなくなってしまった。
帰り道。重い足取りで駅ビル内の書店に立ち寄る。新たなインスピレーションを求めて、慣れない本棚の間を歩いていく。幾つかの体験と凄まじい応募作品の数々を読んだからだろう。鳴りを潜めていた創作意欲が湧き上がる。
帰宅して、短編『塩むすび』を書き上げる。字数が足らず葉月賞には出せないが、構わない。この経験を通じて、自身の表現力や物語作りについて深く考える機会を得たのだから。
読むことで他者の技術を学ぶ機会となるも、自分の創作活動は後回し。書きたい気持ちはあっても、感想に明け暮れているのが現状だ。このジレンマを乗り越えるために、湧き上がる創作意欲を感想書きのモチベーションに変え、さらに多くの作品に触れていく。
自分の技術も磨き、新しいテーマやジャンルにも挑戦していけたらと思いを馳せる。だがその前に、まずは感想を書くことを充実させ、自分の視点や感受性をより豊かにしていくことが重要だ。
カクヨム甲子園の応募作品を読み、感想を書き進めていると、二十世紀の芸術家ジャン・コクトーの言葉が心に浮かぶ。「人々は先を急ぎ、行を飛ばして読み、物語の結末ばかり求める」と。
かつて読むことは職人仕事であり、年季を入れないと上達しなかった。一冊の本を何度も読み返し、奥深さを味わう喜びを知る人も多かった。
だが、早わかりが流行し、ネットとスマホの普及から、さらに結論ばかり知りたがる速度崇拝が職人仕事を抑圧している。
本当に読むためには忍耐や修練が必要なのに、先を急ぐのが現代人のスタイルとなっている。
私もまだまだ修練が足らない。一つの作品に十分な時間をかけて向き合う大切さを、日々痛感している。
感想を書くことは、他者に触れ、自分の視野を広げる旅。この旅路を辿る中で、どんな物語と出会い、どのような創作の機会が待っているのか。
読む期待と書く不安を胸に抱きつつ、今日も感想を書き続けていく。
意欲の再燃 snowdrop @kasumin
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