ショートショート・ポストヤドカリプス

間 敷

ショートショート・ポストヤドカリプス

◆新たに知覚されたぼくらの上位種として〈すでに生まれていた〉兄と妹は、旧世界の言葉でいうカニとなった選ばれし者たちだ。カニといえば、かってのぼくら、つまり祝福を授かる前の兄と妹とぼくとでボイルしたものを食卓に並べ、舌鼓を打ったことが記憶に色濃い。比較的高価な食べ物だったけれど、赤いものは縁起がよく噛むほど旨みが溢れたので子どもだったぼくと妹は特別好んでいた。

兄も日頃の節制を忘れ、その日の夕食ではとっておきの純米大吟醸を戸棚から引っ張り出していた。しかし、カニは現在の肉親の姿であり……少なくともぼくはそう認識し、決して彼らを傷つけないということがどのように異質かを、当のぼくは忘れつつある。緊急性を感じる暇もなく、急速に。


◆かつてはヤドカリと呼ばれた甲殻種が都心の一等地を買うようになり、家を借りることなどなくなっても、ダウンタウンに住む下賎なおれはやつらをヤドカリと呼ぶ以外に名を知らない。ヒトの居住地を奪った種族、漢字を当てるなら宿狩りといったところだ。交流らしい交流はない。種族間の文化や経済の断絶と格差はますます深刻になり、簡単に不満や敵愾心を生む。海洋学者を名乗るストリーマーは、海がヒトを支配しているのだ、これは復讐だと指摘して即刻BANされていた。青空を見て憂鬱になるほど狭いアパートのワンルーム。おれはひたすらwebライターの安い肩書きで小銭を稼ぐ。甲殻種を守るために働くことがいかに人類と地球のためになるかを説く500字の記事を量産し、ネットに放流しながら、ここからも見える高層ビル、ホテルみたいなばか広いエントランスホールに、やつらの〈中身〉が寝転がる奇妙な景を想像している。


◆たとえば水田や用水路の隅のほう、草の茂っている下の辺りをタモで突つくと現れたザリガニ。日本人の知るザリガニの多くは外来種のアメリカザリガニやウチダザリガニであり、唯一の日本在来種であるニホンザリガニは北海道と北東北地方にひっそりと生息しているに過ぎない。上位種として威圧的に振る舞うのは専ら生態系を破壊する外来種であり、在来種はことのほか大人しい。溜池から海に視線を移せば、海水温の上昇に伴い生息域が北上し続ける伊勢エビも、自らの優位性を自覚しているかのように横暴だ。なぜ同じ甲殻種にも支配傾向の差があるのだろうか。実際、外来ザリガニの生命力は注日に値する。〈みらい〉の居住空間で我々は考える。当局の監視の日を避けつつ地球のネットワークから孤立を図った我々は、独自に環境調査を続けてきた。上位種は甲殻類の遺伝子操作と人類の認識改変によって、人類を含めた既存の生態系を破壊しようとしているのか。すでにそれは完了しているのか。なぜ我々の意識は無事なのか。なぜ無事だと思うのか。我々は宇宙飛行士として、変わり果てた故郷に着陸すべきか。

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