印象に残らないはずのフレーズ

脳幹 まこと

そのフレーズは今も


 その日は、志望大学の合格発表があった。

 期待はあまりしていなかった。当時は「センター試験」と呼ばれていた天下分け目の戦いでボロ負けして以降、精神的に折れてしまっていた。


 雨が降っていた。

 予想は当たっていた。天気予報の通りだった。


 俯いたまま母のいる車に乗り込んだ。

 顔も向けずに「どうだった?」と訊かれたので「うん」とだけ答えた。

 そのまま車が走っていった。


 帰り道の途中に、自分がお世話になった写真館があった。母はその駐車場に車を停めた。

 雨が降る音と、ワイパーの往復音がずっとしていた。


 しばらく間があってから、母は呟くように「うまくいかないもんだね」と言った。


 その後のことはよく覚えていない。多分、それなりの日常があったのだろう。



 うまくいかないもんだね。

 

 別に大した台詞じゃない。どこにでもある、ありふれた言葉。

 当人だってとっくに忘れているだろう。

 なのになぜだか、自分の中枢に深々と組み込まれ、事あるごとにリフレインしてくる。

 もう少し前向きなのが良かったのだが、仕方がない。


 人生は悲しいことばっかりだ。

 期待に胸を膨らませるたび、定員だと知らされることの繰り返し。

 おあずけだ、またこんどと苦笑いをする。

 そうやって色々なアトラクションをひとつずつ外れていって、結局何にも乗れなくてベンチに腰かける。

 心の底が妙に落ち着くのを感じて、鼻唄でも歌ってやろうとしたら、一フレーズ目で急に込み上げてきて。

 鼻が詰まって、あーあ、やんなきゃよかったと思いながら、空を仰ぐ。

 そんなことばかり。


 何にもうまくいかない。



 帰省で会った両親の姿は、生前の祖父母に近づいていた。


 子が親に似るなら、親が親の親に似るのも自然な話なのに、その事実を何故か受け止められなかった。

「おわり」に近づいているのを認めたくなかった。

 そんな感傷に縁があるとは思わなかった。


 二人とも昔話をしたがらなかった。

 訊いてみても「つまらないよ」と返されるだけだった。

 うまくいかないことばかりだったのか。

 面白い成功談ドラマなんて、世間に出回る有名人のやつだけで十分なのに。


 近所をぶらぶらと歩く。

 自分が通った幼稚園も、駄菓子屋も、文房具店も、写真館も、全部なくなっていた。あるのは茫々に生えた草だけ。

 あの時と同じだ。予想通り。


 跡地に止まって、ぼんやりと空を仰いだ。


 田舎で見る星は、憎たらしいほど綺麗だった。

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