第53話 試練

 橘麗美は学校に来なくなった。

 志桜里は何度もお見舞いに行っているが、彼女の両親が会わせてくれない。

 そんな中、季節は冬となった。清少納言が説いた枕草子には、冬の季節をこう読み解いている。

 冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるもいとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもて行けば、火桶の火も白き灰がちになりてわろし。


 その意味は——冬は早朝が良い。雪が降った朝は、言わずもがなだが、霜が真っ白している朝も、そうで無い朝でもすごく寒い日に(火鉢の)火などを急いで起こして、その起こした炭火の鉢をもって 廊下を渡り歩いているのも、季節感がある。

昼になって寒さが緩んでいって、火鉢の中の炭の灰が白くなってしまって 態冷めする。といったものだ。

 平安時代に詠まれた句であるが、現代であってもそんな趣は分かるような気がする。

 

 その日、雪が降った。淋しくもあり、趣がある現象だ。

 そんななか、志桜里は志連蛍の経営している駄菓子屋へと向かっていた。

 秋から二か月間、志連一家には会えてはいなかった。

 駄菓子屋の前に着く。屋根に少しの積雪がある。引き戸を開けて蛍の名前を呼ぶ。今は冬休みでスクールカウンセラーの仕事は長期休暇中のはずだ。そうしたら眠そうな目をこすりながら蛍が階下へと降りてきた。


「休日なのにすみません。少しお訊ねしたいことがあって」

「電話でもいいでしょ」

「そうなんですけど……」

 対面のほうがいいんで。そう言って持っていたバッグから心理学の教材を取り出した。それを見て、すべてが理解したようだった。「ああ、勉強していて分からないところがあったのね」


「そうなんです。心理学ってちょっと哲学っぽさも入っているじゃないですか。ちょっとそういう部分が難しいなって」

「分かった。中に入って」

 駄菓子屋に入るとエアコンの暖房の風が志桜里の頬を撫でる。暑すぎず寒すぎず、心地よい温度だ。掘りごたつの上に座って教材とノートを広げた。蛍もそこに座って教材を覗き込んでくる。

 それから一時間程度、心理学を勉強させてもらった。自分にとって有意義な時間だった。


「それで、いつになったら北海道に行くの?」

「北海道大学に受かったら、ですかね」

「国立、受けるんだ」

「そのほうがいいかもな、なんて浅はかな理由ですけど。国立大学のほうが、名刺代わりにもなるんで」

「そういう考え、嫌いだな」


 苦笑する蛍。それに慌てて否定をする志桜里。そしたら蛍が「冗談冗談」と笑みを見せた。

 でも、どこまでが本心かは分からない。心理学を勉強してから、この技術や知恵を使えば人を助けることもできるし、傷付けることも出来る諸刃の剣だということを安易に想像出来るからだ。


「そういえば、香帆のこと最近見かけた?」

「え? いいえ? あの花屋の店にいるんじゃないんですか?」

「いないのよ」

「というか、あの花屋で香帆ちゃんは働いているんですか」


 蛍は首を振った。それから真面目な顔をした。


「以前、香帆には殺人願望があるって言ったわよね。心理的に見てそれが外的にも内的にも向かってはならないって私は判断して、いわゆる『フラワーセラピー』を施したの。出資金はパパにお願いしてね。そしてお母さんがあの店を切り盛りしている形かな」

「そうなんですね」

「今は殺人願望も寛解して治まっている。それはあなたのおかげでもあるわ」


 そう言って蛍は微笑んだ。

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