第52話 情事と生
「ねえ、私の家に来ない?」
そう言ったのは志桜里だった。なぜなら、花という不思議な少女を見てほしかったからだ。だがその言葉を変な風にとらえた香帆はいけずな笑みを見せた。
「それって恋人が言う『今日親いないんだよねえ』みたいなこと?」
「えっ、違うんだけど……」
「じゃあなに?」
「いや、見てほしい人がいて」
「ふーん。恋人だったら許さないよ」
「そんなわけないじゃない」
「ほんとに?」
香帆は訝しげに見つめてくる。そんな香帆の頬を撫でて笑みを見せる。
「もしかして嫉妬してくれているの?」
すると香帆の顔が真っ赤に変色した。「そんなわけない。もう、志桜里ちゃんの意地悪」
「ふっふーん。意地悪で結構」
なんだって香帆のことが愛おしいのには変わりはないんだし。唯一の恋人なんだ。
そんな考えを見透かしていたのか香帆はより一層ふくれっ面を見せる。
「もうバカバカバカ」
「ごめん、ちょっと冷静になってきた。私たち何しているんだろう」
これじゃあバカップルだ。それに気付いた志桜里の冷静に変わる様に困惑の顔をする香帆だった。
「愛情の確かめ合い?」
香帆のその言葉にふふっと笑う志桜里。
「なんか面白いね」
「もう嫌い!」
スンと拗ねてしまった香帆。志桜里はそんな香帆を抱きしめて頭を撫でてやった。
「大丈夫だからね。冗談だから。本気にしないでね」
「もう、嫌いになるところだったよ」
「え? 本当に?」
そしたらまたフフッと香帆が笑って、「嘘だよ。からかってみただけ。お返しだよ」と言ってみせた。
「なんだよそれ~」
互いに微笑み合う。
家に入るも、花はいなかった。そしたら自室で香帆が抱き付いてきた。突然なことだったので驚いて固まってしまう志桜里。「ねえ、しない?」その誘い文句に志桜里は頷いて唇を重ねた。そして情事に及んだ。互いが互いを求めあっているときに感じる、心地よい快楽。それに抗えず沼ってしまう。美しい曲線美の乳房の先端を嘗め回すと彼女は喘いだ。
いけないことをしているのに。それも含めて快楽だと感じてしまう。
志桜里が死を渇望したとき、いつも傍らにあった快楽。
死と快楽は対極の位置にある。快楽はもっとも自然な生のメタファーだ。ということはつまり、志桜里が以前、ラブホテルで香帆に絞殺されかけた際に快楽を感じたのはまだ生きたいと願う心があったということだろう。
そうして両端の性質を有しているのが百合の花だ。死者への餞の花でもあるし、美しく飾る生のメタファーでもある。
一度は死を渇望した志桜里であったが今では快楽(生)の虜になっている。
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