第8話『私へ』

目が覚め、カーテンを開けると気持ちいいくらいの青空が広がっていた。


大きく背伸びをしていると、妹の小雪こゆきが部屋に入ってきた。


「おはよ、おねーちゃん。昨日はよく寝れた?」

「おはよう、小雪。あんまりよく寝れなかったけど、大丈夫よ」


もう一度、大きく背伸びをしてリビングに小雪と向かう。


朝食を済ませ、部屋に戻って身支度を整えるけど、なかなか髪型が決まらない。


「おねーちゃ!遅刻するよ!」


時計を見ると、家を出る予定時間を過ぎていて、真冬は焦る。


鞄持ち、生徒手帳を胸ポケットに入れ、家を飛び出した。


「いってきまーす!」


駅まで走って向かう真冬。


「こんなはずじゃなかったのにー」


と、心の中で叫びながら、なんとか電車の時間に間に合った。


電車に飛び乗ると、意外と空いていた席。

何も考えずにとりあえず座りたい欲求を満たす為、目についた場所に座った真冬。


隣を見ると、少しブカブカの制服を着た男の子が座っていた。


何だか不思議な雰囲気を持っている男の子から目が離せずにいた真冬だったが、新入生代表挨拶の練習をする為、生徒手帳を開いた。


周りに聞こえないように、生徒手帳に記載してある文を読んでいたが、周りが気になり、途中で読むのを止めた真冬。


スマホにLINEがきている事に気づいた真冬は、LINEを開くと小雪からだった。


『おねーちゃん、入学おめでとう!』

『いい出逢いがあるといいね(笑)』

『もしかして、もう出逢ってたりして?(笑)』


私の妹は、大きな声で自慢したくなるほど、かわいい妹。でも、ちょっと人をからかったりするところは直した方がいいと思ってはいる。


でも、やっぱり、かわいい妹に変わりはない。


小雪に返事をしてスマホを鞄にしまうと、春の暖かい陽射しが昨日、寝不足な私を夢の中に誘拐していった。


夢の中で、私は甲子園のベンチからグランドに向けて声を出していた。


マウドに立つ誰かがボールを投げた瞬間、目が覚めた。


目を覚ますと驚いたことに、隣に座っていた男の子の顔が目の前にある。


え?この男の子は何をしてるの?


そう思った時には、手を出していた。


私の右手は男の子の左頬にクリーンヒットし、鞄を掴んで電車を飛び出した。


「なに?あの子。ほんと最低。なんて最悪な入学初日なの」


ブツブツと独り言を言いながら真冬は改札を抜けたが、生徒手帳がないことに気づき、急いで改札に戻って駅員に声をかけた。


「すいません!」

「どうしましたか?」

「あの、忘れ物をしたので取りに行ってもいいですか?」


駅員と話していると、さっきの男の子が改札に向かってくるのが目に入り、急いで隠れた。


男の子は改札を抜けると周りを見渡していて、左手には生徒手帳が握られていた。


男の子が歩き出したのを確認すると、真冬は立ち上がった。


「あのー?」

「あ、すいません!何でもないです!」


そう言うと真冬は立ち去った。


あー…絶対、変な子だと思われた。


「…変な子だなぁ」


駅員の視線が気になるが、真冬は男の子との距離を一定に保ちながら学校へと向かう。


学校に着くと、男の子はクラス表の方へと向かったので、「チャンス!」と思い、体育館へ急いで向かった。


体育館に入ると、野球部の柴田コーチが私を待っていた。


「白雪!遅かったじゃないか!」

「すみませんコーチ!ちょっと色々とありまして…」

「まぁいい。それより、リハーサルを始めるぞ」

「はいっ!」


新入生代表挨拶をする事になっていた私は、他の生徒と違って教師席で式を受ける事になっていた。


リハーサルが終わると、保護者が続々と体育館に入ってきて、私のパパとママの姿も見えた。


人が増え、一気に緊張してきた真冬。

目を閉じると、目に違和感を感じた。


「いたっ…」


左目のコンタクトがズレて、目が開けられなかった。


柴田コーチにその旨を伝え、「早く直してこい。もう、式が始まるぞ」と言われ、急いでトイレに向かった。


鏡の前でコンタクトを直そうとした時、ある事を思いついた。


「目が見えづらい方が、緊張しないかも」


そう思った真冬は右目のコンタクトも外し、トイレを出た。


席に戻ると式はすぐ始まり、新入生が続々と入場してきた。


誰かの親が大きな声で子どもを呼ぶ声が聞こえてきて、思わず笑ってしまった。


式は順調に進んでいるが、私は見えにくい目である人を探していた。


「新入生代表挨拶。1年3組、白雪真冬」


名前が呼ばれ、私は壇上へと上がっていく。


壇上で一礼をして顔をあげると、ハッキリとは見えないけど、ハッキリと皆が私を見ている事を感じる。


でも、その中に1人だけ、顔を逸らしている人がいることが何となくだけど分かった。


何となく気になり、その人を見ようとするが、ボヤケてよく見えない。


制服からして男の子という事しか確認できなかった。


ハッと気づいた時、体育館はざわついていて、急いで新入生代表挨拶を行った。


代表挨拶が終わると、大きな拍手が私を迎えてくれて、涙が出そうになる目を堪えて壇上を降りて教師席に戻る。


無事に入学式は終わり3組の教室に戻ると、小学校から真冬の親友の巳神成美みかみなるみが真冬を迎えた。


「よかったよー、ましろー!」

「ありがとう、なるみちゃん」


抱きついてきた成美を抱きしめ返しながら、教室を見渡すと、机に伏せている男の子を見つけた。


ホームルームが始まり、私はクラス委員に立候補し、もう1人のクラス委員はあの机に伏せていた男の子に決まった。


「あか…赤羽…です」


何とも頼りない自己紹介をした男子のクラス委員の赤羽くん。


隣に立って、今朝の男の子である事が確認できた。


それから私達がホームルームの進行をするはずだったが、赤羽くんは何もせず、ただ立っているだけだった。


ホームルームが終わり、皆が帰った教室には、私と赤羽くんの2人だけ。


クラス委員の仕事があるのに、全く起きる気配のない赤羽くんに近づき、私は声をかけた。


「赤羽くん。赤羽くん」



私は今、ある場所で慶を待っている。

待っている間、昔の事を思い出していた。


あの日から今日まで色んな事があったね。


あの時、違う車両に乗っていたら。

あの時、寝ている慶に声をかけなかったら。


今、どうなっていたのかな?


慶を好きになって、楽しい事ばかりじゃなかった。


苦しい事、辛い事、悲しい事がたくさんあったね。


それでも、生まれ変わっても、私はあなたと恋をしたい。


私を好きになって欲しい。

私に恋をさせて欲しい。


不器用で、意固地で、優しいあなたの隣にいたいです。


高校1年生の私へ。


新入生代表挨拶であなたが言ったとおり、どの高校よりも、高校3年間を楽しんで。



未来の真冬より


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ゆずれない「1」がある 岩悠 @harukaiwa

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