第13話 終焉

「遅くなって、大変申し訳ありません!」

 英介は小走りにスタッフの元へと駆け寄る。

「トイレに行ってたら、迷子になっちゃって」

 しかしどういうわけかホテルのスタッフは怪訝な表情を浮かべたまま動こうとしない。

「あの……ドアを開けてくれるかな」

 すると不承不承といった感じで式場のドアは開かられる。

「すみません。お待たせ──」

 英介はそこで言葉を切る。貼り付けられていた作り笑顔は、徐々に強張っていくのだった。

 振り返った招待客たちは、みんな口々に何やら噂話をしている様子だ。

 戸惑う英介は一歩二歩と式場に入って行くと、様子がおかしい理由を理解した。彼の目に飛び込んで来たのは、結婚式にある大きなスクリーンに映し出された美優の姿だったからだ。その足元にはうつ伏せに倒れた田崎。

「これでおわかりいただけたでしょうか。坂上英介は人のクズです。いえ、クズ以下で、もはや人ではありません。私はこれからこの映像を盛って警察に行きます。

 あっ、ちなみにこの映像と音声を段取りしてくれたのは私の親友、山田和葉ちゃんです」

 美優がカメラを受け取ると、照れたようにうつむく山田が映る。

「これは一体どういうことだ!」

 社長が叫び出す。

 それが合図になったかのように会場は騒然となるのだった。

 すっかり血の気が失せてしまった英介は、カタカタと唇を震わせながらその場にへたり込む。

「貴様、娘のことをバカ女だと! それにワシを殺そうとしてただなんて! 絶対に許さんからな!」

 社長に胸ぐらをつかまれた英介は、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。


          *

 結婚式場を出た美優は、「ありがとうね」と山田に向けて微笑んだ。

「マイクとか映像のセッティングもそうだけど。田崎の件もね」

 実は英介が部屋を出た後、山田がスタンガンで田崎を気絶させてくれたのだった。

「どうしてこんな危険な真似を……」

 山田はやや怒ったようにつぶやいた。

「色んな証拠を集めて社長やお嬢さんに送りつけるだけで良かったんじやない?」

「でも、それだと握り潰されちゃうかもしれないじゃない。あのクズは、人当たりだけはいいから」

 そう言って美優は顔をしかめる。

「私もアイツの人当たりの良さに騙されて、結婚しちゃったわけだしね」

 大きく息を吐く。

 肩の荷が降りた気分だった。

「だからどうしても、あの馬鹿の口からこれまでの悪事を暴露させたかったの。だから和葉ちゃんにも嫌なことお願いしちゃった。ごめんね」

「わたしが裏切るとは思わなかった?」

 山田が上目遣いに美優を見ていた。

「もしもわたしが裏切ってたら、美優ちゃんは終わりだったわけじゃない? これまでやって来たことが全部水の泡になってだんだよ」

「だね」

「だねって……不安じゃなかったの?」

「和葉ちゃんは絶対に裏切らないってわかってたよ」

「何を根拠に……」

「女って、自分がどんなふうに扱われたのかは、一生忘れないものだもん」

 美優は和葉を見てうなずく。

「この先ずっと、あんなクズの言いなりになって生きるなんて絶対に嫌でしょ?」

 美優は思い切り伸びをした。

「私は一生忘れない。あのクズ男にされたこと、それから言われたこと全部ね。でも、それに囚われて生きていくのは嫌。だから復讐したの。区切りをつけるために」

「これから美優ちゃんは、どうするの?」

 美優は青空を見上げる。

 そこには雲一つなく、今の彼女たちの晴れやかな心の中のようだった。

「クズ男に苦しめられてる女性が、新たな人生を歩めるよう手助けできる会社を作ろうかな」

 山田を見た美優はペロと舌を出して、「なんちゃって」と笑った。

 その笑顔はまるで、イタズラをした少女のようだった。


                (終わり)

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絶対復讐主義 〜ドウカ ジゴクニ オチテ クダサイ〜 らるむ @Rooha

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