巌流島の不在果し状

ちびまるフォイ

果たし合いの連鎖

「なんだこれは?」


武蔵がゴミを出そうと玄関にいったとき、

郵便ポストに黄色い果し状が挟まっていた。


「なになに。不在果し状……?」


送り主は小次郎だった。


「巌流島で待っていたが不在だったので

 果し状を送った……だと?

 いや、そんな話きいてないぞ」


武蔵はプライドの高い男だった。


なのにまるで敵前逃亡かましたと

思われているのがどうにも許せない。


まだいるかもしれないと巌流島に行くと、

そこにはやっぱり誰もいなかった。


「むう、やはり遅かったか。

 ようし再果たしをしておこう」


不在果し状に書かれているQRコードを肉眼で読み、

次の果たし合いの時間を再度決めることに。



▼次回の果たし合いを決めてください


◯:午前中

◯:午後

◯:深夜



それをみて武蔵はキレそうになった。


「なんでこんなにざっくりなんだよ!

 午前中ってなんだ! 午後ってなんだ!!」


武蔵は侍の心を持つ熱き日本男児である。

あいまいなものと、甘いものは苦手であった。


とりあえず午前に果たし合いを再設定したが、

どの時間にくるかわからないのでソワソワしっぱなし。


休日なのに朝から心休まることはなかった。


「ううん。もう13時だぞ。果し状はまだか」


しびれを切らして立ち上がると、

ふたたび玄関には不在果し状が届いていた。


内容はまた巌流島に誰もいなかったので帰りました。

という小次郎の事後報告であった。


「なんでだよ!! ずっと家にいたのに!!」


忍者でもないのにしれっと玄関にやってきて

インターホンほら貝をも鳴らさずに人知れず帰る。


それによって武蔵が二度も果たし合いから逃げたと、

後世に語り継がれると困る恥を作ってしまった。


「ええい、やはり待っているのは性に合わん。

 こうなったらこっちが出向いてやる!」


再果たしを設定して、今度は自分から巌流島へ向かった。

巌流島では小次郎の姿はまだなかった。


「ここで待っていればやつも必ず来るだろう。

 もう武蔵が逃げたとは言わせないぞ」


武蔵が巌流島で待つこと半日。

郵便飛脚がやってくると、武蔵に手紙を渡した。


「あながた武蔵さんですね」


「ああ。なにか? 今は果たし合いのため精神統一しなきゃなんだ」


「不在果し状です」


「はあ!?」


飛脚から渡されたのはもう見飽きた黄色い紙。


どうやら2度も巌流島に来なかったので、

いっそ武蔵の家で果たし合いをしようと向かったが

そこにも武蔵がいなかったので不在果し状を出したということ。


「なんでこうなるんだ!!」


3度目の敵前逃亡の汚名に武蔵は切腹を考えた。

しかし果たし合いに備えてつけていた防刃チョッキに阻まれた。無念。


巌流島までせっせと船をこいで、

新作アイフォンを買うでもないのに寝ずの番をし、

そのあげくにすれ違いで果たし合いもできなかった。


苦労の果てにある落胆に武蔵はつかれてしまった。


「はぁ、もういいや。果たし合いなんて……」


「あちょっと! 再果たししなくていいんですか!?」


「その紙は破り捨てておいてくれ」


そう言い残して武蔵は静かに巌流島をあとにした。

これにて二人の果たし合いは終わった。




はずだった。


数日後、今度は小次郎のもとに武蔵から果し状が届いた。


待ち合わせ場所の巌流島に向かうと、

ついに武蔵と小次郎の果たし合いが実現した。


「武蔵。まさかお前から果し状が届くとはな」


「ここでどうしても決着をつけなければならぬ」


「しかしわからない事がある。

 なんで果し状を出したんだ?

 いったいなんの恨みがある?」


「……自分の胸に聞いてみろ」


小次郎はしばらく考えて答えた。


「不在果し状を何度も送ったことで、

 それで逃げたと思われた恥を

 ここですすぐために果たし合いに呼んだのか?」


「そんな小さなことではない」


「なに……!? もっと大きなことか!?」


「そうだ」


当てにいっていた小次郎だったが、

武蔵の口から不正解と言われてショックを受けた。


武蔵の顔は明らかに果たし合いに望む男の表情。


「わからん。教えてくれ武蔵。なぜ果たし合いが必要なんだ」


「小次郎、貴様は私に不在果し状を送ったな」


「ああ」


「在宅していたにもかかわらず、だ」


「あ、ああ……」


武蔵は腰の武器に手をかけた。



「私が不在果し状を受けて巌流島に行き、

 帰ってきたときには何者かに空き巣に入られていた。

 なにか言っておくことがあるか?」


その言葉に小次郎の顔から冷や汗がドッと流れた。


「あ、あれはっ……!!!」


申開きを試みた小次郎だったが、その先はもうない。


武蔵の秘伝二刀流から繰り出される閃光の一撃を逃れるものはいなかった。


「果たし合いに言葉は不要」


武蔵はそういって薬莢やっきょうを捨てた

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