赤ずきんときび団子

香久山 ゆみ

赤ずきんときび団子

「いやだよ!」

 悲痛な叫びを、ママは聞き入れてくれない。

「おばあちゃん家へおつかいに行くだけよ。赤ずきんちゃんだって、お前より小さい頃におつかいに行ってたでしょう」

 けど彼女は危ない目に遭ったじゃないか。それに、途中の村には、いまだに鬼を悪者と決めつけるニンゲンもいる。なのに、「かわいい子には旅をさせよ」なんて、昔話みたいなことを言って僕を送り出した。いちおうツノは隠しておきなさいと、頭巾を被せられた。

 たぶん、パパもママも、僕が部屋にひきこもっているのを心配しているのだと思う。よく「もっと外の世界に興味を持ちなさい」と言う。けど、そういうのって、古い。現代は、インターネットで世界中のことが家にいながらにして知れる。わざわざ危険を冒しにいくなんて、ばかだ。おばあちゃんにだって、テレビ電話を使えばいつだって会えるのに。

 タブレットに地図をダウンロードして出発した。こうなればもう、さっと行ってさっと帰ってこよう。そう思うのに、おつかいで持たされた特製ジュースが重いのなんの。

 道も、地図通り歩いているつもりなのに、地図に載っていない脇道に迷い込んだり、通行止めになっていたり、予定より大幅に時間が掛かっていた。鳥の鳴き声が喧しいし、急に小雨が降ったり、道がくさかったり。地図にも「クモの巣注意!」とか書いててほしい。

 午前中に出発したのに、ようやく途中の村に着いた時には昼を回っていた。

 誰にも見つからずに村を抜けようと、こそこそ早足に進む。だってニンゲンに見つかったら厄介だ。オニペディアに書いてあった。ニンゲンは何かにつけ差別するし戦争するのだと。インターネットの中でさえケンカするというのだから信じられない。

 無事に村を抜けた。こそこそするまでもなかった。誰も頭巾姿の子供が一人歩いていることに興味さえ示さなかったのだから。

 ここから先は森が深いので、とくに気をつけて進まねば。と、ガサガサッと藪が揺れた。

「わっ。なに?」

 身構えると、草むらから黒い影が出てきた。

「やい、止まれ。お前、どこへ行く!」

 僕の前に立ちはだかったハチマキ姿の少年は言った。ワンワン、キーキー、ケンケンと、犬猿雉も少年のすぐ脇で吠え立てる。

「おばあちゃん家へおつかいに」と答えると、「一緒に行く」と言う。迷子なのだそうだ。

 道すがら話を聞くと、彼らは「大きな目標のために旅をしている」という。犬猿雉とは旅の途中で仲間になったらしい。「そうだ、これはお近づきのしるしに」と、少年はきび団子をくれた。「すごくおいしい!」と言うと、「ばあちゃんが作ってくれたんだ」と照れくさそうに鼻の下を掻いた。村外れに、おじいさんおばあさんと暮らしているらしい。

 大きな目標のためなら犬猿雉よりも、同じニンゲンを仲間にした方がよかったんじゃないの? と訊くと、彼はしぶい顔をした。

「ニンゲンは、俺が鬼退治に行くと言っても、取り合ってくれなかった。話さえ聞いてくれなかったり、バカにしたり。そのくせ自分は動かないのに、平和な毎日を勝手に過ごせると思っている。心底いやになった。犬猿雉とは、言葉ではなく心で通じ合ってるんだ」

 にわかに風が強くなり、僕は頭巾の紐をぎゅっと締め直した。犬はくんくんと僕のにおいを嗅いだけれど、何も言わなかった。

 このまま彼らをおばあちゃん家まで連れて行っていいのだろうか。そう思ったけれど、「きみに会えてよかった」と笑顔を向ける彼に、今さら一人になりたいとは言えなかった。

 そうこうするうち、おばあちゃん家に着いてしまった。おばあちゃんはいつももじゃもじゃパーマでツノが隠れているから、一目で鬼とばれることはないだろう。それに、おばあちゃんならきっと上手くやってくれるはずだ。そう考えて、思い切ってドアを開けた。

「いらっしゃい。あら、お友達?」

 朗らかに僕らを迎え入れてくれた。台所からおいしそうなにおいがする。エプロン姿のおばあちゃんは、頭もしっかり三角巾を結んでいたので、僕は安心した。

 手土産だときび団子を差し出した彼らを、おばあちゃんは夕食に招待した。

「あの、おばあさんの手はどうしてそんなに大きいんですか?」

 おばあちゃんの向かいに座った彼が言う。僕ははらはらするも、おばあちゃんはくすくす笑いながら答える。

「それはね、あなたたちに美味しい料理をたくさん作るためよ」

「おばあさんの口はどうしてそんなに大きいんですか?」

「それはね……、こうしてあなたたちとたくさんおしゃべりするためよ」

「そっか……」彼は呟くと、考え込むように俯いた。それから隣に座る僕を振り返った。

「なあ。家の中だし、頭巾はずせよ」

「いやだよ!」と言う間もなく、彼の伸ばした手が僕の頭巾を剥ぎ取った。

 僕が固まっていると、彼は僕の頭のてっぺんのツノにそっと触れながら言った。

「俺さ、桃から生まれたんだ。それでずっと村の連中から仲間外れにされてて、鬼退治して見返してやるって旅に出た。インターネットで鬼は悪者だと書いてたから。けど……」

 お前はすごくいい奴だし、俺も村の連中と同じように頭でっかちに誰かを仲間外れにしようとしていたんだって、反省した。ごめん、と桃太郎は真っ直ぐ僕の目を見た。おばあちゃんも犬猿雉もただ静かに僕らを見守った。

「僕も、はじめてのニンゲンの友達が桃太郎でよかった」

 そう言うと、桃太郎に笑顔がはじけた。まるで桃の花が咲くみたいに。僕は照れくさくて顔を真っ赤にしたけれど、ばれていないはずだ。赤鬼でよかった!

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