第二話 この世界について

 どうだ、面白そうか?あぁ、ほんとに夢の話だぜ。さっきの文は、俺が後から付け足したやつだ。そっちの方が面白そうに見えるだろ?実際、面白くなってるかは分かんねぇけどよ。……夢って不思議だよな。いきなり変なところから始まって、いきなり変なところに飛ばされてって……俺自身が見せてるはずなのに、俺自身が制御できないものなんだぜ。サイラスの夢もそんな感じだ。制御できない何かがあふれだして、ここからの夢を作っていってる。何か言いたいものが、こいつの内側にため込まれてたのかもな。


 第二話 この世界について


 11月21日

 昨日の分の日記を書き終えた俺は、部屋を出て一階に下った。そこには、まだ早朝なのに何かを作業する爺さんの姿があった。俺は肩を抑えながら階段を降りると、爺さんは俺に気づき、椅子に座るように指示した。

「肩は痛むかの?」

「動かすとまだ痛い。普通にしてても痛いときはあるけどよ……」

「ならば、また鎮痛剤だな。昨日よりも少し量を減らしても大丈夫かの」

「さあな。俺に医療の知識はねーよ」

 爺さんはゆっくりと、でも迷いのない手つきで、薬みたいな液体を作り、俺に出した。

「……ありがとよ」

 俺はそれをゆっくり飲み始めると、爺さんは俺の向かいに座った。

「少年の生きる世界の科学は、どんなものなのかの?」

 俺は薬を飲みながら、その問の答えを考え、そして爺さんに言った。

「どんなものって……まぁ、爺さんが想像するものより、はるかに上なんじゃねーの?向こうの世界じゃ、うっすい金属とかプラスチックとかでできた板で、世界中の人とつながれるくらいだし」

 すると爺さんは、

「それは、こんなものかの?」

 と言い、俺にあるものを渡してきた。それは、俺が向こうの世界で使っていたスマホだった。

「それ……!」

「少年が来た道を周囲の人に聞きながら辿っての。ちょうど少年が現れたであろう所に落ちていたんじゃ」

 俺はスマホを受け取り、電源ボタンをつけた。さすがに反応は無かった。でも長押しをしてみると、画面にカラフルな『Google』の文字が表示された。

「マジか……!」

 多分、ガキが走ってる時か何かに、電源を切っていたんだろう。充電は78パーセント溜まっていた。爺さんは立ち上がり、俺の後ろに立って同じ画面を見た。俺はロックを解除し、ホーム画面に移った。モバイルデータはもちろんつながるわけなく、日付表示もバグっている。しかし、画面は動く。現代の文明が生きている。写真もちゃんと見ることができる。俺はそれを確認すると、すぐに電源を切った。充電はなるべく保存しておきたい。いざというときのために。俺はスマホをポケットにしまった。

「すごいの。向こうの世界ではそんな魔法が使えるのか」

 爺さんは元の席に戻りながら言った。

「魔法じゃねーよ。科学の集合体みたいなものだ」

「なるほどの。いつか我々の生きるこの世界でも、つくられると思うかの?」

「作られるんじゃねーの?もしかしたら、俺らよりも早く」

 そう言うと、爺さんは微笑んだ。

「未来では、科学がしっかりと人類の発展に使われているようじゃの。儂らの仕事が役に立っているようじゃな」

「そうかもな」

 俺も同じように、少し口角を上げた。しばらくすると、シュレンが部屋から出てきた。すでに筋トレでもしているのか、目はしっかり開いていた。

「シュレン君も起きたことだ。少年に外を見せてあげるとしよう。シュレン君、あれを」

 爺さんがそう言うと、シュレンは部屋の奥から、木製の車いすのようなものを持ってきた。

「足の悪い老人のために作ったものの、亡くなってしまっては出番が亡くなっての。時間をかけたものだから使えられるのなら使っておかなければ」

 爺さんは笑いながらそう言った。シュレンは俺の傍までそれを持ってきて、俺はそれに座った。

「では、行くとしようか」

 俺はシュレンに車いすを押されながら、まだ日が昇りたての街に出た。少し人はいるものの、昨日に比べたらそこまでだ。時間的には、6時半くらいかもしれない。石畳の道だから、少しがたがたとする。電車に乗っている感じだ。周囲の建物が後ろへ流れていく。そのすべてが、灰色の石と木製のドアでできた、古風の物だ。そして俺たちは、街の中心地へ近づいて行った。

「なぁ、今からどこに行くんだ?」

 俺は前を歩く爺さんに聞いた。

「少し、少年に見せたいものがあっての」

 爺さんはそれ以上なにも言わなかった。街の中心へ向かうと広場があり、そこには朝市のように、いくつかの露店があった。人もそれなりにいる。

「すげーな。こんなんやってんのか」

「定期的に開催されているものじゃ。このあと少し見るとしよう」

 俺らはさらに進んで行き、街の中心地を抜けていった。小さな川にかかる橋を通り過ぎると、畑とかの農地が増えてきた。その農地のはずれに、集落のように固まっている建物が遠目から見えた。始めはただの街か何かだと思ったが、違った。それは街に近づくにつれ、徐々に分かっていった。その街は、焦げ臭かった。建物の外壁に黒いすすが付き、完全に崩れてしまっている家もある。まるで、災害後の街のようだ。

「……これが見せたかったものか?」

 俺は爺さんに聞いた。爺さんは、街の有様を見ながら答えた。

「そうじゃ。少年が向こうの国に行く前に、見せておきたくての」

 爺さんは俺の方を見た。

「これは、少年の生きる世界で実現可能なものかの?」

 俺は小さくうなずいた。

「大砲ってやつがある。遠くに爆弾飛ばしてるみてーなもんだ。俺には作れねーけど……知識と材料がある奴なら作れる。多分、結構簡単にな」

 俺は街に目を落とした。朝日に照らされている焦げた街に、生きようとする意志は感じられなかった。

「儂らはこれがわざとではないと信じておる。ただもしこれが、向こうの国の明確な意思のもとに起こされたものならば……」

 爺さんは真っすぐに街を見つめた。

「儂らは永遠に、少年らを敵視するであろう」

 爺さんはそう言うと、少し声を優しくし、

「まあ、少年に吠えても無駄だがね」

 と言って体を俺に向けた。

「少年は、向こうの国へ行く気はあるかの?」

「……ねーな。今の所は」

 俺はすぐに答えた。

「そうか。では、少年には少しばかり、向こうの世界の知識を教えてもらうとしよう」

「医学の知識はあんまねーぞ」

「では、天文学の方じゃな。夜までは家の中で静かにしておくんじゃ」

 爺さんは俺の横を通り過ぎ街の方へ歩き出すと、シュレンは俺の座る車いすを押し、爺さんの後を追った。家に戻ると、朝飯を食ったあと、爺さんとシュレンは俺を残して街の診療へ行った。暇になった俺は、とりあえずここまでのことを、日記にまとめた。


 その後、家の中のいたるところを見て回った。

 一階にはリビングとキッチン、ダイニング的なところと、三つの部屋があった。

 一つはシュレンの部屋で、俺と同じような造りだ。

 もう一つは爺さんの部屋で、部屋の面積は俺やシュレンよりも狭い。寝るためだけに存在するような部屋だ。

 最後の一つは、爺さんの研究部屋だ。机の上に機械時計、薬の調合に使いそうな鉢とか医学本のようなもの、天文学の研究に使う本や道具があった。時計は8時を指していた。

 そこで俺は、天文学に関連してそうな一つの本を手に取った。天文学は、並みの知識はあるつもりだからだ。この世界の時代ではどの程度進んでいるのか知りたかった。俺は分厚い辞典くらいある本の適当なページを開いた。そこには、ヨーロッパの各地域から見える星の紹介をしていた。さらにページをめくると、あるページに、『地球と星の動きについて』と書かれてあった。この時代だと、当然天動説のはずだ。あの軌道がめちゃくちゃなやつ。俺はそう思った。

 だが、実際に書かれてあるものは違った。そのページには大きく図がかかれてあった。真ん中に大きな丸があり、その周りを囲うように、6つの楕円とその上に乗る丸が書かれている。中心の々には、太陽と書かれている。その外側の円は、水星、金星、地球、火星、木星、土星と書かれてあった。要するに、地動説の軌道が書かれてあった。地動説と言えば、16Cのコペルニクスの提唱やらガリレオの提唱やらの時代にようやく出来たものだ。紀元前にもあったが結局は天動説が支持された。キリスト教の教えもあって、地動説が認められたのは20Cに入ってからのはずだ。なんで大々的に、こんな本に載っている?弾圧はされなかったのか?

 俺は周りに置いてある、ほかの本も見た。それらにも全部、地動説の説明がされていた。しかし、どこにも『地動説』なんて言葉はなく、当然『天動説』なんて言葉もない。俺は本を閉じ、少し考えた。この世界は、向こうの世界とは何かが違う。当然の事ではあるかもしれない。俺みたいな人が現れれば当然、向こうの世界とは歴史も技術も変わってくる。だが、それ以外にも要因はあるはずだ。さっきの本らを読む限り、この世界に天動説というのは存在しない。つまり、向こうの世界とは根本的に、過去の歴史が違うかもしれない。

 その時俺は、あることを思い出した。今朝行った爆撃跡の街に向かう途中、俺は街の中心地を通った。しかしそこにはどこにも、教会らしきものがなかった。見た感じ、ここは中世前期のヨーロッパなはずだ。この頃にはキリスト教が多く広まっていて、ひとつの街にひとつの教会があってもおかしくない。街は教会を中心に形成されるものだから、街の外れに配置されるなんてことは無いはずだが……。

 俺は1度部屋を出て、2階の部屋に戻った。2階は、俺のいる部屋だけしかない。ベッドに横になって、腕で目を覆った。1度脳を休めたかった。

 朝から1時間近く外にいたからか、もう大分疲れていた。

 俺はそこで、ポケットのスマホの存在を思い出した。俺は電源をつけ、使えそうなアプリを探した。1つはフォトアプリ。適当に向こうの世界で撮った写真を眺めていたが、特にいい思い出もない。別に帰りたいという気持ちにもならない。

 次に、音楽アプリ。ダウンロードした曲を聴くことが出来た。適当に1曲だけ選び、少し流して目をつぶった。その一瞬だけ、元の世界に戻ったような感じがした。ただ、それがいい感覚だったかと言われれば、そうでもない。

 俺はまたスマホの電源を切り、しばらくの間目をつぶった。次に目を開けたのは、時計が11時を指している頃だった。

 俺は適当にキッチンの食糧庫を漁りパンを食った。

 そのあとは爺さんの部屋の本を読み漁ったり、シュレンの部屋で面白いもんでもないか探したりした。それで数時間は潰れたものの、やっぱり物足りない。

 そもそも、俺の中の最大の疑問は消えやしなかった。俺はシュレンのベッドにしばらく寝転がった後、決心した。少し、少しで良い。外に出たい。そして確かめる。この世界にキリストがいるのか。この世界は、向こうの世界とは違うのか。単純な好奇心から、その疑問は生まれていた。

 俺はシュレンの部屋にあった服を着て、外に出た。なるべく周囲に溶け込むように、あたりは見回さないようにした。

 だがさっきまでの車いすとは違い自由に動ける分、あたりを見回してしまう。建物の形、道行く人の服装、装飾品から道の石、いたるところへのびる小道。どれも新鮮で見入ってしまう。俺はいろんな所へ行きたい欲を抑えながら、町の中心へ足早に向かった。

 幸い誰にも命は狙われることなく、町の中心地へたどり着いた。そこにあったのはやはり教会ではなく、町役場のような施設だった。中には入らなかったが、大体どんな役目かは想像できた。

 俺はそれを確認すると、その場からすぐ離れ、来た道を戻るがてら、細い路地の方に入ってみた。家のドアがあったり猫がいたりする路地を進み、いくつもの路地が交差しているその道を真っすぐに行った。

 気づけば人の声も遠くなり、ついに道を抜けた。その合図は、小さな川にかけられた短いアーチ橋だ。

 橋の向こうには、背の低い茶色い草の生えた、小高い丘がある。その丘の向こうはぎりぎり見えない。しかしその丘には、一本の土の道が敷かれていた。あとは全てが、まさに自然だ。

 目の前にある短い人工物が、街と自然とを分けていた。

 俺はその橋を渡って、向こう側へ渡った。土の道を登っていき、丘の頂上から向こうを見た。そこには、夕日に照らされ燈色に輝く草原と、その奥に小さく見える、別の街が見えた。かなり遠くにある。そしてそこへ向かう茶色い道が、真っすぐに伸びていた。

 俺はその場に腰掛けた。ただずっと、その景色を眺めていた。久々にそんな時間を取った気がする。ただぼーっと何かを眺めるなんてこと、向こうの世界じゃ到底できない。贅沢な時間だ。しばらくして、俺の後ろから聞きなれた男の声が聞こえた。

「ずっと眺めてて、退屈じゃないのか?」

 それはシュレンだった。シュレンも丘を登り、俺の横に腰掛けた。

「退屈なのがいいんだ、こういうのはな。退屈な時間こそ、一番贅沢な時間だ」

「……そんなものなのか?」

 シュレンは納得できない声で言った。

「なんでここにいるって分かった?あの爺さんはどうした」

「診療帰りにサイラスを見つけたんだ。博士は先に帰って、俺は後を追ってきた」

「そうか」

 俺は少し間を開けて聞いた。

「なぁシュレン、キリストって知ってるか?」

「キリスト?なんだそれ。人か?」

「神だよ、神。向こうの世界で信仰してる人が大勢いんだ」

「神か……聞いたことはあるな。オリエントの方ではそういうのが盛んって話は聞いたことがある」

「こっちでは?」

「ほぼいないな。キリストってのも聞いたことがない。そもそも、そういうのを考える暇がない」

「そうか」

 やっぱりそうだ。この世界にはキリスト教がない。オリエントって言ったから、ここはやっぱりヨーロッパだ。今の季節が冬で、乾燥もしてるから、地中海沿岸ではない。そもそも気候が同じかは分かんねーけど……。

「随分、考え事が多いんだな」

 シュレンは、一点を見つめて考えてる俺に、笑いながら言った。

「仕方ないだろ。生きてくためにここがどんなとこか知っとかねーと。それに、単純に気になるからな。ここがどんな世界か」

「何か分かったことはあるのか?」

「そうだな……まぁ、俺が生きてた世界とはめちゃくちゃ違う。細けーことはまだ分かんねぇけどな」

「博士は、何が違うか詳しく聞きだしたいって言ってたな」

「んな細かく説明できねぇよ……」

 俺がそう言うと、シュレンは小さく笑った。

「そういや、シュレンはなんであの爺さんの助手やったんだ?跡取りか何かか?」

「いや、そういう訳じゃない。ただ手伝いがしたいだけだ」

「なんだそれ。答えになってねぇよ」

 俺がそう言うと、シュレンは少し息を吸って答えた。

「簡単な話だ。俺はこの街に来る前、大陸中を旅しててな。でもある時、ここらの土地で遭難しかけたんだ。その時に、天体観測中の博士と会って、助けてもらったんだ。そこから少し博士の話を聞くうちに、天文学に興味を持つようになってな。それで、今は恩返しの念も込めて博士の助手をやってるって訳だ」

「博士は命の恩人か」

 俺がそう聞くと、シュレンは「そんなものだ」と答え、立ち上がった。俺も片手をつきながら立って、小道を戻って家へ帰った。そして夕飯を食ってしばらくすると、爺さんから声がかかった。「天体観測についてきてほしい」と。

 俺はそれに応えて、爺さんとシュレンの天体観測についていくことにした。ただ、俺がしたのは俺がいた世界の天文学を教えるだけで、直接観測に関わることは無かった。分かったことと言えば、この世界では天動説なんてものはもともとなく、『太陽を中心に水星、金星、地球、火星、木星が回っている』という考えが広まっているということ、星座の名前は変わっていないこと、向こうの世界で言うグレゴリオ暦に基づき、今が11月21日で合っていることだ。さすがに、星座の場所から地域を割り出せるほど俺に知識はない。ただ、それが分かっただけでも十分だ。向こうの世界とこっちの世界がある程度リンクしているのなら、いざとなった時に戻れる可能性はある。いつ使うことになるかは分かんねぇが。

 そのあとは家に戻り、爺さんは研究、シュレンは休みに入った。俺は爺さんの部屋に一冊あった歴史書を借りて、部屋の机で読んだ。

 俺はその歴史書の中から、俺のような存在がいつ現れたのかを調べた。国が作られているのなら、ここ最近現れたわけじゃなさそうだからだ。もしかしたら、向こうの世界とのつながりも書かれてあるかもしれない。

 本によると、向こうの世界からこの世界にやってきた最初の人は、約150年前に来た、ドアズと名乗る人物だ。この街のすぐ横に現れたらしい。そこから月に4、5人程度が現れるようになり、次第に数は増えていった。ドアズが来てから38年たった頃、この町の森の向こうの広大な土地を使い、向こうの世界の人々ペーラ人のみで構成される街を作った。その町は次第に大きくなっていき、やがて『ペラズポーラ』と呼ばれる国を作り、森の中に境界線となる柵を立てた。今でもそれは、国と街を分ける境界線として使われている……。

 俺はページをめくっていき、ペラズポーラの歴史について読んでいった。その中で、一つ気になる項目があった。それは、『ペラズポーラ侵攻』という文言の項目だ。

 どうやら80年前、未知の存在であるペーラ人を恐れた人々が、ペラズポーラへ武器を持って侵攻したらしい。結果はペーラ人による強力な武器によって追い返され失敗はしたものの、ペーラ人18名、侵攻者11名の死者を出した。この侵攻から、ペーラ人は外の世界の人々を恨んでいる可能性があるという。

 ……これは本当の話なのか?あまりにも物語のようで、信じることができない。一応、博士に聞いてみるか。そう思って俺が椅子を立つと、部屋の窓の向こうに、一筋の閃光が、空から降ってくるのが見えた。何だあれ。そう思った瞬間、その閃光は家のすぐ近くの地面に落ち、大きな爆発音をとどろかせた。振動と爆風で建物が揺れ、壁が一部崩れてきた。俺は後ろに吹っ飛んで、壁にぶつかった。俺はすぐに立ち上がって、すぐに何があったのか理解しようとした。目の前は、壁が全部崩れたこの家があり、その向こうには赤い炎に燃えている家々があった。爆弾でも投げ込まれたか?いや違う。これはあれだ。今朝見たやつだ。直感で理解した。俺は机の上にある日記とスマホを持って部屋を出た。一階の壁も一部が崩れ、部屋の中が燃えている。多分、この建物はすぐに崩れる。

「爺さん!シュレン!」

 俺は叫びながら階段を駆け下りた。シュレンは、すぐに一階の部屋から、慌てたように出てきた。

「サイラス!無事か!?」

 俺は一階に下りてシュレンのもとに駆け寄った。

「爺さんは!?」

 俺がそう聞くと、シュレンは日を掻き分けて爺さんの実験室のドアを開けた。しばらくして、シュレンは足にガラスの破片が刺さっている爺さんを抱えて出てきた。

「とりあえず出るぞ!」

 シュレンはそう叫び、建物を飛び出した。しかし、外も地獄だ。地面が燃え、建物は崩れている。シュレンが爺さんを安全なところに運んでる間、俺は下敷きになっている人がいないかを探した。すぐ近くの家に、その人はいた。地面と柱に体が挟まれている女性がいる。気を失っているようで自力で出てくる気配はない。火の手がすぐそこまで迫っているから、早く助けないと間に合わなくなる。俺はその人の上にある木の柱をどかそうとした。ただ、重くて動かせそうにもない。てこの原理を使おうにも、周りの使えそうなものは全部燃えている。そうこうしているうちにも、火の手は迫っている。俺が息を切らしていたその時、俺の横に一人の男が来た。

「これどかさないと、この人引っ張り出せないのか!?」

 男は大声で俺にそう聞いた。

「そうだ!ただ、柱が重くて動かせそうにねぇ!」

 俺がそういうと、その男は柱を持ち上げようとした。

「マジだな。二人で動かせんのか?」

「とりあえずやるしかねぇだろ!」

 俺は男と息を合わせて、その柱を少し上に持ち上げた。男は素早く、下敷きになっていた女性を引っ張り出した。

 男はすぐに女性の息を確認し、心臓マッサージを始めた。それを初めて、俺は気づいた。この男の服装は、この時代には合わない、近代の服装だ。

「お前もしかして……」

 俺がつぶやくように聞こうとすると、男は何を聞かれるか察したのか、

「その話はあとだ!今は助けられる人がいないか探せ!」

 俺はすぐにそのばを離れ、逃げ遅れた人がいないか探した。ただ、手遅れそうな人しか見つからない。瓦礫の中にある千切れた手足や、息の止まった人、燃えている人型の塊に、家の前で泣き叫ぶ人。まさに地獄だった。俺がその様子を唖然としながら見ていると、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

「やっぱりそうだ……お前はちゃんと殺す場べきだったんだ!」

 俺が振り返ると、昨日のあいつが、弓を構えて立っていた。

「この前のやつも、全部お前たちの仕業だ!人を殺すためにやったんだろ!」

「知らねぇよんなもん!なんで俺がわりーみたいな言いぐさなんだよ!」

 弓を構えた男に、俺はそう叫んだ。そうだ、俺も分からない。誰がやったのか、なんでやったのか。男の持つ矢が徐々に後ろに引かれていき、限界まで達したころ、男のさらに後ろに、俺と同じペーラ人の男が、古めかしい拳銃を構えて立った。

「おい、弓構えてるお前!すぐにこっから離れろ!いつか焼け死ぬぞ!」

 弓の男は、亀の態勢を崩して後ろを向いた。俺はそのすきに男に向け駆け出し、手に持った矢を奪い取って、拳銃を噛めてる男のすぐ横についた。

「おい、何なんだよお前」

 俺はその男に小声で聞いた。

「俺は森の向こうにある国から来た。今は自分の身の安全を気にしろ」

 弓の男はこっちを睨みながら一度舌打ちをし、向こうへ走って行った。

「ほかに助けられそうな人はいたか?」

「いや。もう手遅れの方が多い」

「じゃあ、俺たちも離れるぞ」

 俺らは走って、火の手が迫っていない方へ進んでいった。進んだ先には井戸があり、そこに人々が集まっていた。その中に、爺さんとシュレンもいた。俺はそこに駆け寄った。爺さんは気を失ているのか、目をつぶっていた。肌は暖かいし、心臓は動いている。脚には布切れが巻かれ、破片は取り除かれていた。

「シュレン、爺さんは?」

「無事だ。ガラスもそこまで奥に刺さってなかった。博士は多分、寝てるだけだろう」

 俺はそれを聞いて、安堵のため息をついた。

「そうか……」

 しばらくして、シュレンは真剣な声で俺に言った。

「サイラス、お前は向こうの国に行った方がいい」

「向こうって……ペラズポーラとかいう国か?」

「そうだ。ここにいたら、サイラスは確実に、命を狙われる」

「……そうだな。さっきも狙われた」

「だろ?ここにいる人も、すでにお前を恨んでる人がいるかもしれない。そうじゃなくても、いずれサイラスを悪として復讐を試みる人が現れる。だから、そうなる前にここを離れた方がいい」

 シュレンは俺の目を真っすぐ見た。

「サイラスが向こうの国に行きたくないことは、俺も博士も分かってる。でもここにいると、あまりにも危険だ。だが、俺たちがサイラスの持っている向こうの世界の知識を欲してるのも確かだ。だから俺たちはこっちで、サイラスは悪くないってことを証明する。戻りたくなったら、そうなってからこっちに戻ってきてくれ」

 俺はそれを聞いて、決心した。

「……分かった。そうする」

 そういって、俺は立ち上がってその場を離れた。そして、さっきの国から来た男を探した。その男は、少し離れたところで、燃えている街を見ていた。

「お前誰だ。なんでここに来た」

 その男は、街から目を離し、俺の方を向いた。

「俺はアーサー・カーライルだ。向こうの国で議員をやってる。俺がここにいるのも、それが理由だ。ほんとは大砲が着弾する前に来て、逃がす予定だったんだがな……」

「予定って……わざとってことかよ」

「あぁ。俺たちも今日の昼にそれに気づいた」

「……は?」

 俺は、その男が何を言っているのか理解できなかった。向こうの国の人が団結してこれをやっているわけではないのか?こいつはどの立場にいるんだ?

「なぁお前」

 アーサーは、考えを巡らせる俺に、真剣に声をかけた。

「こっちに、仲のいい人がいるみたいだな」

「……俺を助けてくれた人だ」

「そうか」

 男は、俺の目を真っすぐ見た。

「その人のためにも、一緒に戦争、止めてみねぇか?」

 男はこっちに向けて歩きながら言った。

「向こうの国のトップは、この町、ひいてはここの国と戦争して、一国を制服するつもりだ。俺たちはそれを止めようとしてる」

「……お前たちに協力すれば、この攻撃も止められるんだな?」

 アーサーは一回うなずいた。

「分かった。お前たちに協力する」

 俺がそういうと、アーサーは歯を見せながら、口角を上げた。

「そうこなくっちゃな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

隔日 22:05 予定は変更される可能性があります

OVER WORLD Ev.ki @maguro0913

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ