うわっ…私の給料低すぎ…!? ~薄給聖女は転職したい~

マチバリ

1話

 

「うそでしょ!」


 うららかな昼下がり。

 絶望に塗れた私の悲鳴が、古びた神殿の中に響き渡った。

 私、ルプレが聖女を勤める田舎村の神殿に、都から定期的に届く支援物資の中に紛れていた新聞の求人欄を見てしまったからだ。


『求む! 神殿の聖女! 給与は月1,000リラ~。賞与あり。住み込み可。経験者優遇。』


「ウソでしょ!! 私なんて月500リラだよ!!賞与だってないし!!」


 10歳で聖女の力を覚醒させてからの6年間、ずっと神殿で働いてきたルプレの給与はきっちり毎月500リラ。

 そのことに疑いを抱いたことなど一度もなかった。

 だって、この田舎村は殆ど自給自足。住んでいる住人もお年寄りが殆どで、日が暮れれば全ての家の門は閉じられ家の中で静かに過ごすのはあたりまえ。

 500リラでも全然困ったことはない。


 が、それも今は昔の話だ。

 私は目覚めてしまった。そう、読書というものに。

 定期的に都から届けられる支援物資に紛れてやってきた、綺麗な装丁の本には、私が知らなかったあらゆる物語が書かれていた。

 最初はよかった。荷馬車の御者をしているおじさんが、来る度に安い古本を買ってきてくれたから。

 しかし最近ではとうとう古本では満足できずシリーズの最新刊に手を出してしまったのだ。

 新品で購入すると1冊50リラ。2冊買ってしまったらその月の生活はカッツカツだ。


「1,000リラあったらどれだけ本が買えることか!」


 だん、と机を叩きながら嘆いていると、奥からのほほんとした神殿長様が顔出した。

 髪の毛も眉毛も髭までも真っ白なおじいちゃんである神殿長様は、この村の人々からとても慕われている。


「何を騒いでおるのじゃルプレ」

「神殿長様! 昇給してください」

「なんじゃい藪から棒に」

「見てくださいよ! これ! ここ!」


 神殿長様に求人広告をずっいと突き出し、私は鼻息荒く訴える。


「1,000リラですって、1,000リラ! これだけあったら、何ができると思います?」

「何ができるのじゃ?」

「まず、新しい本が」

「ほう」

「次に、また他の本も買えます」

「なるほど」


 私の訴えの深刻さがわかっているのかいないのか、神殿長様は長い髭をなでつけながらぼんやりとした返事を返すばかりだ。


「いくら何でも安すぎなんですよ、私の給料」

「しかしのう、ルプレ。都はここに比べて物価も高い。それに比例して給与が高いのは当然じゃと思うが」

「うっ」


 神殿長様のいうことも一理ある。

 村でならば卵ひとつ1リラのところ、都会ではふたつで5リラはくだらないらしい。

 給与があがっても物価が高ければ、生活の大変さは変わらないだろう。

 しかし、それくらいでくじける私ではないのだ。

 だって、本の価格は都会だろうが田舎だろうが同じなのだから。


「でも、ここに賞与アリって書いてありますよ」

「確かに」

「私、賞与なんてもらったことありません!」


 幼い頃、両親が病気で死んで家族がいなくなった私はこの神殿で育ててもらった。

 聖女の素質があるとわかってからは住居兼職場としてずっとここで暮らしてきた。

 感謝もしているし恩義もある。

 平和を祈る聖女という仕事にもやりがいを感じているので、不満はない。

 しかし、田舎過ぎるが故にやってくる旅の冒険者たちがとても少ないのがネックだ。

 回復したり薬を売ったりという小銭稼ぎが全然できない。

 つまり、給与が安い。

 しかもここに来る冒険者というのはみんなゴツいし顔つきも険しい人ばかり。

 物語で見るようなキラキラした美形なんて1回もお目にかかったことがない。

 これまでの冒険話を聞きたくても、みんな疲れているのか口数も少なく、ストイックな雰囲気なので到底話しかけられない。

 つまり潤いがないのだ。

 読書くらい好きにさせてもらっても罰は当たらないと思うんです、神さま。


「居住費相殺ってことじゃ駄目かのう」

「この求人にも住み込み可って書いてあります」

「しかしのぉ」

「もうちょっとだけお給料あげてもらうってできません? せめて8、いや700リラ」

「ううむ」


 まさにのれんに腕押し。

 神殿長は髭をなでつけながら明後日の方向を向いてしまった。


「ぐ、ぬぬ……わかりました!」

「お、諦めてくれたか」

「いいえ。私、転職します」

「なんと」


 普段は長い眉毛に隠れている目をカッと見開き神殿長様が驚いた様子を見せた。

 これは後一押しで昇給の見込みありと言うことではないだろうか。

 期待をぐっと押し隠しながら、私はチラチラと横目で神殿長様を見ながら、わざとらしく腕を組む。


「まあ、どおしてもぉって言うなら、今なら100リラの昇給で我慢してあげますけどぉ」


 交渉には何ごとも妥協が必要だ。

 せめてあと100リラ増えれば、諦めていた本が2冊は買える計算になる。

 うんうんと唸っていた神殿長様は私に向かって指を一本指し示す。

 よもや!という期待に瞳を輝かせた私に、神殿長様は静かに告げた。


「10リラなら」

「お世話になりました!」


 私はその勢いのままに自室に戻り荷物をまとめると、支援物資を運んできた都からの荷馬車に飛び乗ったのだった。



 ***



 荷馬車に揺られること10日。

 私は念願の都に来ていた。


「なんて華やかなんでしょう!」


 都の町はずっと憧れていた光景そのままだった。

 あらゆる商品が並ぶ店に、おしゃれな服を着た若者に上品な大人たち。

 飴をなめながら歩いている子どもまでなんだか垢抜けていて、自分の田舎臭さが急に恥ずかしくなる。


「ありがとう、おじさん」

「はいよ。次に村に行くの1ヶ月後だから、もし帰るようなら声をかけとくれ」

「ふふ。嬉しいけどそれはないわ!」


 ここまで乗せてくれた荷馬車のおじさんにお礼を言って、私は求人に書かれてあった都の神殿を目指した。

 私は今日からこの都で暮らすのだと、意気込んで。






「新入りさん、次はこれの処理をお願い」

「はい」

「あ、終わったら礼拝にきた冒険者の対応もね」

「承知!」

「それとそれと、今度の洗礼で使う花の注文もしておいて」

「はいよろこんでー!」


 私は無事に都の神殿の就職試験をクリアした。

 クリアというか「ちょっと聖女をしてまして」と言っただけでOKだった。

 揺れる荷台でしたためた履歴書を渡す暇もなかった。

 その日のうちから入ってくれと言われ、今では新入り聖女としてせっせと働いている。

 給与は、なんとひと月前払い。経験者ということで1,500リラもいただいてしまった。


 都の中心にある神殿での暮らしは華やかだ。

 ちょっと外に出ればみたこともないようなお菓子やかわいいお洋服にも出会える。

 やってくる冒険者たちもかつて村の神殿に来ていたようなゴツくて猛者っぽい人ではなく、細くて綺麗でなんだかいい匂いがする人ばかり。

 なにより都には大きな書店がある。

 ずっと諦めていたメイプル先生の新刊が棚に刺さっているのを見かけた瞬間、私は奇声をあげてその場で神に祈りを捧げた。

 ありがとう都。ありがとう転職。


 しかし問題は仕事だ。

 次から次に細々とした用事が生まれて勤務時間中に座ってのんびり読書なんてのは不可能に等しい。

 持ち込まれる小さな雑務のせいで就業時間を過ぎても居残りなんて当たりまえ。

 時間が来たら門を閉めなさいよ門を!モンスターが来たらどうするの!と怒りたくなったが、ここは大きな城門と壁に守られた都の中なので、別に正門を閉めなくても危険はない。というか都の近くは治安がいいので、凶悪なモンスターはいないのだとか。平和か。

 つまりここは24時間営業の神殿だったのである。

 住み込み可なのも当然だ。

 交代制で朝から晩まで誰かが仕事をしている状況を維持するためには住み込みじゃなければ無理。

 礼拝の受付や、護符の配布は入り口で全てやってくれるので、私は与えられる仕事をこなすだけでいいのだけれど、如何せん量が尋常ではない。


「忙しいけどやりがいがなさ過ぎる!!」


 だって、呪われた遺物だからとギルドから持ち込まれる品は指先ひとつで浄化できちゃうし、怪我をしたと駆け込んでくる冒険者の傷なんて殆どが擦り傷レベル。面倒くさいから数十人まとめて一気に治療をしている。

 護符も一番小さいサイズしか売らない方針らしく、もう半年分もストックを作ってしまった。

 時間いっぱい働いて部屋に戻ると、言いようのない疲労感でグッタリと寝台に倒れ込むしかできない。

 せっかく買った新刊がどんどんサイドボートに積み上がっていく。

 読みたい。読めない。頭の容量が足りないよぉ。

 そんな嘆きに塗れていると、二段ベットの上からひょくっと美人が顔を出した。


「おつかれさま」

「ミランダさん! おつかれさまです」

「ルプレちゃんが来てからずいぶん楽になったわぁ」

「そうですか?」

「ええ。本当よ。いつも真面目に働いててすごいわ」


 にっこり微笑んでくれるのは寮で同室になった先輩聖女のミランダさんだ。

 大人ぽい美人のミランダさんは、もともと白魔法使いだったそうなのだが、引退して聖女をやってるらしい。

 といっても彼女もまたこの神殿に来て半年ほどの新入り仲間だ。


「冒険の旅も楽しかったけど、やっぱり都で安全に暮らす方が肌に合ってるわ」

「そういうものですかねぇ」

「ええ。結局私たちのパーティは魔王城まではたどり着けなかったけど、いつかきっと誰かが魔王を倒してくれるって信じてるの」

「なるほどぉ」

「後輩のためにもなにかできることはないかな、ってこの神殿に来たのよ」


 ミランダさんの高尚な考えに私はうんうんと頷く。

 この世界に魔王という存在があらわれて早数十年。

 結界の張られた大きな都や町、そして神殿の加護がある場所以外はおちおち歩けない危険な場所になってしまった。

 そのため、冒険者たちはモンスターを討伐し、いずれは魔王を倒すのを目的に活動している。

 神殿はそんな彼らを支える大切な場所なのだ。


(神殿長、どうしてるかな)


 いくら田舎村の神殿だって、月に1組くらいは冒険者パーティがやってくる。

 神殿長様の祈りは強力だったけど、一人では大変かもしれない。

 勝手に飛び出してきた罪悪感で少しだけ気持ちが落ち込む。


「どうしたの?」

「はっ! いえ、何も……」

「そうそう。明日は新しい冒険者たちの洗礼の日だから、いつもよりちょっと忙しいかも」

「あ、そうでしたね!」


 ギルドに登録し冒険者となる人は、神殿で洗礼と呼ばれる儀式を受ける必要がある。

 自分の持つスキルが何かを知り、職業や活動の選択肢を広げるのだ。


「私、洗礼ってはじめてです」

「そうなの? 神殿ならどこでもやってるはずなのに」

「私のいたところってあまりに田舎で、経験者しかこなかったんです」

「あ~」


 ミランダさんが残念な生き物を見るような顔をして頷く。


「それじゃあ出会いなんて」

「ないない。ないですよぉ」

「ふうん。じゃあ、明日は結構楽しいかも。たまに、新人冒険者が聖女をパーティに勧誘したりするの」

「え!? そうなんですか」

「そうそう。治癒や加護が使える聖女がパーティにいれば安泰だからね。生活はちょっと大変だけど、やりがいがあるのよ。君が必要だ!って言われたりなんかしたね」

「へぇぇ~~はっ! ミランダさんもまさか……」

「ふふ……」


 思わせぶりに頬を染めながら身体をくねらせるミランダさんに、私は前のめりで食いついた。

 その夜はミランダさんの過去の恋バナで盛り上がったのは言うまでもない。



 そして翌日。

 きらきらとした新人冒険者たちが神殿にやってきた。

 老若男女入り乱れだったが、みんながそれぞれに瞳を輝かせ未来への期待を抱いているのがわかる。

 洗礼はこの神殿の神殿長が担当するそうで、控えの間には順番を呼ばれるのを待っている冒険者たちが溢れていた。

 様子を見に来た私の目の前に、ひらりと一枚の紙がとんできた。

 どうやらすぐ近くに立っていた青年が落としたようだ。


「あ、整理券を落としましたよ」

「うわっ、ありがとう」


 声をかけると、青年が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 くすんだ金髪にぶ厚い眼鏡をかけた青年は、見た感じ私よりも少し年上くらいだろうか。

 厚いレンズの奥に見える目の下にはうっすらくまができていて、なんだかとても疲れた顔をしている。


「ごめん。緊張してて」


 落ち着かない様子で周りを見回す姿は、弱った子犬みたいで見ていて胸が痛くなる。


「疲れてるんですか? だったら、先に癒やしを受けて行かれます?」

「あっ、いや、そうしたいのはやまやまなんだけど、お金がなくて」

「ああ……」


 それは仕方がない、と私は眉を下げる。

 神殿も完全な慈善事業ではない。

 治癒も加護も護符も、そしてこの洗礼も有料なのだ。


「俺、早く冒険者になりたくって。なんとかお金を貯めて先に洗礼に来たんだ」

「そうなんですね」

「魔王を倒して、早くこの世界を平和にしたいって」

「すばらしい!」


 なんて純粋な目標なんだろうと胸が熱くなる。

 昇給目当てで田舎から転職してきた私には眩しすぎる存在だ。


「私、ルプレと言います。この神殿で聖女をしております」

「あっ、俺はガイ。剣士なんだ。見習いだけど」


 腰の剣を嬉しそうにさすりながらガイさんはにっこりと微笑んだ。

 やつれているが笑顔はなかなかに愛らしい。

 なんだか応援してあげたくなってきた。


「ガイさん、ちょっとこっちに」

「えっえっ?」


 ガイさんの腕を引っ張り、物陰に連れ込む。

 なんだか悪いことをしている気分で少しワクワクしてきた。

 実際、悪いことをしようとしてるんだけど。


「あの、えっ、ルプレちゃん!?」


 狼狽えているガイさんに人差し指でしーっと合図をしてから、私は彼の腕を掴んで治癒の力を流しこむ。

 ガイさんの身体は本当に疲れてあちこち傷だらけだったのでかなり力を持って行かれた。

 それでもまだ余裕があったので、彼の腰の剣にも私ができる限りの加護を授けておく。


「うわっ、えっ、これって……」

「ふふ。秘密ですよ。頑張ってるガイさんに特別サービスです」


 本当はお金をもらわずに治癒や加護を授けるのは規律違反なのだが、これくらいいいだろう。

 どうせ大した金額ではないのだから。


(完全治療はせいぜい50リラだもの。もし見つかっても私が払えばいいや。本1冊を諦めるくらいだし)


 どうせ買っても読めないのだからと私が笑っていると、その反対にガイさんは酷く狼狽えた様子で両手を上下させていた。


「な、なんで。こんな……!」


 心なしか声も震えている。

 もしかして、治療がうまくいかなかったのだろうか。


「大丈夫ですか」

「いや、大丈夫じゃないよ、だって……」

「だって?」


 ガイさんの手が眼鏡に伸びる。

 それを外すと、宝石のような青い瞳が姿を現した。


(わお! 美形!)


 痩せてやつれてはいるが、びっくりするほどの美形が現れた。

 ガイさんはいわゆる美青年だったのだ。


(なんということでしょう)


 驚きのビフォーアフターに声も出さずに固まっていると、ガイさんが私の両手をがしっと掴んできた。


「これまでメガネがないとまともな仕事もできなくて。冒険者になるのもホントは怖かったんだ。でも、今は違う。全部はっきり見える!」

「そ、それはよござんした」


 どうやら久しぶりに全力治癒したのでうっかり視力までも回復させてしまったらしい。


「これで遠慮なく戦える。ありがとう、ルプレちゃん」

「いいえ! 冒険者さんたちのお手伝いをするのが私の役目ですから!」

「ルプレちゃん……」


 うるうると瞳に涙をにじませて感激しているガイさんの視線がなんだかいたたまれない。

 とりあえずガイさんの腕をそっと外し物陰から出た、その瞬間だった。


 控えの間の扉が勢いよく開かれる。

 そこに立っていたのは、凜々しい騎士の制服に身を包んだ大柄な男性。

 男性の横には何故か白魔法使いの服を着たミランダさんが立っている。

 その後ろには、ずらりと兵士たちが。


 控えの前にいた人々がどよどよと騒ぎ出す。

 奥の間で洗礼をしていた神殿長や他の聖女たちが慌てた様子で飛び出してくる。


「何ごとですか!?」

「調査の結果、この神殿は法外な金額で治癒や加護を授けていることがわかった。神殿長、説明して貰おうか!」

「なっ!!」


 男性の言葉に神殿長がザッと青ざめる。

 聖女たちの視線も彷徨いっぱなしだ。


「法外な金額って……」


 ぽかんとした顔で立ち尽くす私に気がついたミランダさんがひらひらと手を振りながら近づいてきた。


「ルプレちゃんは来たばかりだからしらなかったんでしょうけど、ここ、1回の小治癒だけで100リラ請求してたの。完全治癒は500リラ。加護はその倍。洗礼に至っては10,000リラよ」

「ウッッソ!!!!!!!!!!」


 思わず大声が出てしまう。

 法外にも程がある。

 そりゃ給料も高いはずですよ!!


「本来の洗礼は一律10リラで行うのが決まりよ。なのにここは、治癒だって相場の倍。こんなのおかしいって匿名の通報があって、私は調査のために潜り込んでたの。この金額を払うために無理をして身体を壊したり、治癒が受けれずに長く苦しむ冒険者があとをたたなかったの」


 はっとなってガイさんを振り返れば、真っ青な顔で震えていた。


「そんな、俺、騙されて……」

「ガイさん、払っちゃったんですか、お金」

「うん……」


 涙目で頷くガイさんの姿に胸が痛くなる。

 冒険者になりたくて一生懸命働いてようやく洗礼に来たのに。

 あまりにも酷い話だ。


「安心して。神殿長は捕まえて追放処分になる。今日の洗礼代金は、きちんと返金するように手続きを取るから」

「本当ですか!」

「よかったね、ガイさん」

「言ったでしょ。私はかわいい後輩のために頑張るためにここにきたって」


 ぱちっと片目を閉じてみせるミランダさんの頼もしさに、私とガイさんは手に手を取って喜んだ。


 その後、私たちの目の前で不正に関わっていた神殿長たちは捕まってドナドナされていった。

 ガイさんをはじめ、洗礼に来た人たちにはきちんとお金が返された。

 これまでにも法外な金額で治癒や洗礼を受けた人たちにはきちんとお金を返すことになるらしい。


「よかったですねぇ」

「本当に。ありがとう、ルプレちゃん」

「いえいえ。私は何もしていませんよ!」

「いいや。君に出会えたおかげで、俺、変われた気がするよ。ありがとう」


 にっこりと微笑みかけられ心臓がちょっとだけ跳ね上がってしまう。

 メガネなしのガイさん、ちょっと素敵じゃないかしら。

 なんだか落ち着かない気持ちでソワソワしていると、後処理をしていたミランダさんが駆け寄ってきた。


「ルプレちゃん、おつかれさま」

「ミランダさんもおつかれさまでした」

「しばらくは色々バタバタすることになりそう」

「あの、この神殿はどうなるんですか?」

「ん? あ……残念だけどしばらくは閉鎖かしら」

「やっぱり」


 私はがくりと項垂れる。

 そんな気はしていた。


「仕方がない。私、田舎に戻ります」

「えっ!」

「ええ!?」


 ガイさんとミランダさんが揃って驚きの声をあげた。


「私わかったんです。うまい話は裏があるって。お給料に釣られて出てきましたけど、やっぱり田舎の神殿でのんびり過ごすのが性に合ってるんですきっと」


 奇しくも今日は荷馬車のおじさんが村に支援物資を運ぶ日だ。

 今から荷造りをして準備すれば、出発に間に合うだろう。


「そっか……寂しくなるわねぇ。ルプレちゃんがよければ、うちのパーティに入ってもらってもいいんだけど」

「いえいえ。私には向きません。神殿長様も心配だし、帰ることにします」

「ルプレちゃん」


 残念そうなミランダさんと何故かしょんぼりしているガイさんに手伝って貰い、荷造りを済ませた私は荷馬車の出発所まで送って貰うことになった。

 おじさんは私の顔を見てやっぱりという顔で笑った。


「それじゃあ二人ともお元気で」


 荷馬車に荷物を積んでいると、ガイさんがさりげなく手伝ってくれた。


「……あの、ルプレちゃん!」

「はい?」


 妙に真剣な表情に心臓がちょっとだけ高鳴ってしまう。


「俺、立派な冒険者になって君のいる神殿に行くよ」

「はい! 待ってますね!」

「……うん。その時になったら、聞いて欲しいことがあるから……」

「?」


 今じゃダメなのだろうかと首を傾げていると、ミランダさんがなぜかふふっと吹き出していた。


「それじゃあ出発するぞ」

「はーい!」


 動き出した荷馬車に気がついてガイさんが一歩離れた。

 ゆっくりと遠ざかっていく


「そうだ、ルプレちゃん。あなたの神殿がある村ってどこ?」


 ミランダさんが思い出したとばかりに声を張り上げた。

 そういえばずっと言っていなかった気がする。

 ガイさんも来ると言っていたくせに聞くのを失念していたとばかりに「教えて!」と叫んでいる。


「はい、サイハテ村の神殿です。近くにでっかくて黒いお城があるのでわかりやすいですよ~!」


 元気よく教えてあげると、二人はカチンと固まって動かなくなってしまった。

 もしかしたら聞き取れなかったのだろうか。

 もう一度叫ぼうかと思っていると、荷馬車がガクンと大きく揺れる。


「喋ると舌を噛むから座ってなさい」

「はーい」


 おじさんに言われ私は大人しく荷馬車に座り込む。


「あーあ。薄給返上と思ったんだけどなぁ」


 少し残念ではあるが世界を知れたのでよしとしよう。

 鞄の中には買ったはいいけれど読めなかった本がみっしり詰まっている。

 しばらくは十分暇が潰せそうだ。

 したり顔で自分を待っているのであろう神殿長の顔を思い浮かべながら、私は大きく伸びをしたのだった。




 ――それから数年後。

 聖剣を振るう美貌の剣士が魔王を討伐し、世界に平和が訪れた。

 彼は自分を支えてくれた魔王城にほど近い神殿の聖女に求婚したというが、それが受け入れられたかは誰も知らない――


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うわっ…私の給料低すぎ…!? ~薄給聖女は転職したい~ マチバリ @matiba_ri

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