道を間違えた恋文

海来 宙

道を間違えた恋文 [終]

 過去のトマトを探す旅なんて、俺は何をしているのだろう。もし恋が叶っていたら自分の存在はなかったのに、俺は母が育った町である青果店を探していた。鍵は「六月柿」という古名でトマトを売っていたこと。

 母は名も知らぬその息子に魅かれ、宛て名のない恋文は仲介役のいたずらで父に渡った。今や母は夫も記憶も失い、俺は病床に奇蹟を起こそうと昔の恋にすがってここにいる。

 六軒目にはトマトがなかった。ありし日の父を思わせる白髪の店主は「六月柿」にこだわった店を覚えていたが、六年前の閉店後は連絡先も分からないという。俺は落胆して停留所への道を間違え、青果店に戻って驚いた。店頭に赤い野菜と「六月柿」の値札がある。

「気がついて麻袋で隠したんだ。でもな、手紙が渡ったのは不良さ。俺は気がなくて、あんたの親父が不良から奪って自分のものにした。もう仏さんなんだろ、勘弁してやれよ」

 親父、何だよそれ。やるじゃないか。


          了

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道を間違えた恋文 海来 宙 @umikisora

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