話にならない話

@miri-chill

話にならない話

 私は小さなミニコミを発行するサークルに属している。次の特集は何にするかということになった。地域のコミニュティでは様々な催し物や、まつりなどがある。毎月発行するようにはしているのだが、どうしても、そういう話題がない時期が1年に1回ぐらいはある。そういう時期だった。

 リーダーが言った。近所で引退した、なにか社会学とか歴史学とかを研究した教授がいるらしい。もしかしたら面白い話が聞けるかもしれない。ちょっとインタビューしてみたらどうかと。調べてみると、「戦争」について研究していたらしい。「戦争」なんて言葉、生まれてこの方、聞いたことがなかった。辞書には確かに記載があったが、その言葉をあてはまるような概念が実感がわかなかった。

 そんなこと面白いですかねえ、訝しげに聞き返すと、まあ、人物的に面白いかもしれないから、と言われたので、仕方なくアポを取った。こちらも仕事があるので、日曜日に近所の喫茶店で待ち合わせをすることとした。御大はもう80歳を超えているという、果たして、話が聞けるのだろうか。

 午前10時、南向きの喫茶店、少し窓をあけて、いい空気が入ってきていた。御大はゆっくりと腰をかけると、頼んでいたコーヒーではなく、まずは水を飲んで、口を開いた。

 私の研究に興味があるのですか。確かに変わっていますから、「戦争」なんて、今、というか、私が生まれる前にはすっかりなくなっていたのですからねえ。私は変わり者だったのですよ。歴史の中に「戦争」という言葉は遠い過去に何回も出てくる言葉なのに、その概念がもうないということが、どうしても気になって、道を踏み外したのですよ。歴史学は、それはそれで人類の過去を振り返る上で重要なものです。しかし、「戦争」というのは、なんていうか、研究しても研究しても、実際のことはわからないものでした。一応、研究していた身ですので、それがあったのは確かです、そして、ある日突然になくなったのです。そうとしか書いていないのです。

 ある日、突然にと、書いてあると申し上げましたが、実際のところ、それがあったことは、理屈には合わないのです。なにかのために大勢が殺し合う、しかも、そのために、国家をあげて、国費を使い、あらゆる「兵器」というものを開発し、配備していた。兵器というものは人を殺すために作っていたそうです。空にも海にも陸にも、そういうものが大量にあったそうです。信じられますか。人類は人類を殺すために、大量のリソースを使っていた。少し考えれば、いや、子どもでも考えればわかることですよね。人を殺すために何かをつくるなんて。確かに、我々は殺生をしていますが、それは必要な食料のためにやっているだけで、人を食べるわけじゃない。いや、考えても、考えても、どうしてそういう世界が成立していたのか、不思議でしょうがないです。

 人類は、自らを万物の霊長と称して、ホモ・サピエンスという学名をつけております。霊長というのは、知恵があるということです。知恵とはなにか、それは理屈に合わないこと、理性的でないことはしないということですよね。実際、今、そうなっていますよね。それがわからないなんて、ナンセンス以外の何者でもない。

 そのある日は、突然、来たらしいです。そりゃ当たり前ですよね。というか、そのときまではわからなかったのが不思議ですが。そのとき、突然に人類は分かったのでしょうか、今、わかっている、私たちにはその感覚はわからないです。学問の限界ですよね。どうしても精神的な変化を、書き表すには、言葉というのは不自由なものですから。しかも、100年以上前の出来事ですからなあ。

 私は、メモを取りながら、ときどき、コーヒーを飲み、自分の限界というか、想像力の限界を悟った。どうしても分からなかった。メモを取るのをやめ、ボイスレコーダーのスイッチをオフにして、御大に、コーヒーを勧めた。

 御大は、肩をすくめて、コーヒーをすすると、ま、わからんですよね。そりゃ。苦笑いを浮かべた、私も多分、同じ表情だったと思う。コーヒーの味がおいしいのはわかるが、戦争のことは何一つ分からない。それより、企画を考えないと笑。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

話にならない話 @miri-chill

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ