第2話 変わる日常
私の名前は
翼を閉じればアイドルやモデルともそう変わりなく、そんな容姿が幼い頃からずっとずっと憎かった。
母は娘の美貌に嫉妬して暴力や暴言を浴びせたし、父は母よりも美しい娘に性的な視線を向けてきた。
それらは十分に辛いものだけど、そんな私の何十倍も何百倍も苦しんできたのは兄だった。幼い頃こそ可愛げのあったものの、小学校高学年にもなると美しいと褒められる芸能人や子役達と比べても群を抜いていた。
その頃から母の暴力や暴言はぴたりと止んで、喜んだのも束の間、父の性処理の餌食とされかけた。阻止しようとしてくれた兄が代わりになり、母の機嫌をとるために母の相手もしていると知ったのは、中学生になりたてくらいの頃だった。
何も知らなかった自分がどれほど憎かったか。
私のせいで傷つく兄を見ているのがどれほど辛かったか。
夜の街、闇の世界で、双子の兄は未成年でホストとして働かされ、その収入は父のキャバクラ代やギャンブルの借金に消えていた。
終いには風俗店で働くだなんて話も出ていて、それまで私のために堪えてきた兄はついに堪えきれず爆発した。
「リコごめん。俺もう無理だ」
そう言って泣きじゃくる兄を私は否定しなかった。ただ泣きながら頷いて、隙を見て二人で逃げ出した。どこでも良いから人生を終わらせる場所を探していた。
岸壁を見つけたのは偶々でしかない。
ここにしようと、言わずともそう決めた。
私達が住むのは広い島国で親戚はほぼ亡くなっており、唯一の親戚である叔父一家は遠い王国に住んでいる。
出席日数が少なめな上虐待児である私達は陰気でろくに友達もおらず、特に信頼できる教師もいなかった。
公的機関に頼ろうともネットと繋がれる機械は買ってもらえなくて、一人での外出は認められない。
一日も経たぬ間に捕まるから逃げ出したって無駄だということは、これまでの経験上よく分かってる。死ぬ以外の選択肢なんてなかった。
でも――
「やり直したい」
確かにそう思った。
初めて会った名前も知らない魔法使いがくれたチャンス。自殺願望者を利用した非道な詐欺を考えなかったわけでもない。裏があっても良いから兄と生きたいと思った。
ずっとずっと守ってくれた兄がもう無理だと言ったとき、その意味を理解して肯定したのは確かだけど、少しだけまだ生きたいと望んでしまっていた。
私が受けてきた虐待は兄と比べればずっと軽いし、顔も成績も兄より不出来な私は大した期待もされてなく、話せる友達も少しだけならいる。
兄よりはマシな境遇だからこそまだ希望というものが残っていたんだろう。
やり直せるならやり直したくて、その希望を兄にも持ってほしくて、見ず知らずの他人に付いていくことを決意した。
★★★
学園内の応接室に置かれたソファに腰を下ろした私と兄に手渡されたのは、これから共に過ごすことになる共同部屋のメンバーリスト。
この学園に引き取られた子供達は皆、四人〜六人の共同部屋で授業以外は過ごすらしい。
大風呂や食堂は別にあるが、トイレは部屋に備え付けで、一応小さな湯船もあり、食事の持ち込みも可。
小学校の修学旅行気分で少しだけわくわくしながら、メンバーリストに書かれた名前を小さく呟いた。
「
私が寝泊まりすることになった部屋のメンバーの名前を見ると、皆可愛い名前ばかりで羨ましくなった。
リコ、という響きが悪いのではなくて、その字が悪い。もっと素敵な字でも読めたのに、母曰くあえて私に似合う字にしたと言う。呼ぶときだけは困らない当たり障りのない名前。
性格も確定していなかった私に似合うのが利己だなんて、あまりにも――。
――いや、私よりも名前を変えたいのは兄だ。
よくそんな名前が通ったものかと思うだろうが、私達みたいな亜人の名前は所詮呼ぶときに使う代名詞に過ぎず、よほど名前として不向きでなければなんでも良いとされている。
その結果、こちらも呼ぶときには殆ど支障なく、それでいて良くない意味を込められている。
亜人は基本的に改名が禁止されていて、唯一の例外は保護者が変わったとき、その国や民族に合わせた名前への変更ができるだけ。
この学園に引き取ってくれる保護者を持つ子供はいないだろうが、私達を助けてくれた彼らに相談してみればどうにかなるかもしれない。
「あの……、図々しいお願いかもしれませんが聞いてくれますか?」
目の前にいる私達を助けてくれた恩人――私をキャッチしてくれたオレンジ色の髪をした彼に聞くと、彼は快く頷いた。
「うん。どうしたの? ちなみに僕の名前はミウコって言うんだ。見ての通りほぼ同い年だから良かったらタメ口で気安く呼んでね!」
「僕はハイコ! ミウコと同い年だし、リコちゃんとは異性だけど僕とも仲良くしてくれると嬉しいな!」
兄をキャッチした青い髪の方からも続けて自己紹介をされ、その名前が少し変わっているなと思いつつ深追いはしないことにし、私は本題を話す。
「ミウコさんとハイコさん、凄い我儘だけど、私の名前変えれま――変えれない? 読みはそのままでも良いんだけど、字がずっと気になってて」
我儘にも程があると自覚している私が不安で俯くと、ミウコがそれをいとも簡単に打ち払う晴れ晴れとした笑顔を向けてくれた。
「ああ簡単さ! 前にも言ったけどここは現実世界との隔離空間だからね。ここで名前を変えるだけなら簡単だし、望むなら義両親も探せるよ!」
「本当!? 義両親なんてどうやって?」
「ここに来る子供達の中にはね、家族から逃げて僕達に捕まった人と、その他の原因から命を絶とうとして保護者の許可の元暮らしている人との二通りがいるんだ。その他の原因ってのが孤独感だとか虐めだとかで、兄弟が欲しいっていう子も何人かいてね。ほぼ名義上だけで時折会うだけの関係だし、そういう子達の親が里親になってくれたりするんだよ。どうする?」
「優しい家族に触れてみたいんです。お願いします」
隣りにいる兄の顔色を伺ってみると、私の意思に合わせると言ってくれた。
学園に登録された私達の名前は、
ルームメイトのトア・キティ・メトロノームの保護者が里親を引き受けてくれたそうだ。
こうして私達は正式に学園に入学をし、ここでの生活をスタートすることとなった。
この学園の隠された本質である、恋愛も。
「今日の授業は恋愛語。予習はしてきたかしら!?」
ミウコとハイコの義母――教員である女性が教壇に立って声を上げた。
目指せ最強ウェディング!! non-mame @b592va2
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