幻想
古橋レオン
幻想
目覚めると、そこは水の中だった。
ここは一体どこだろうか?
見渡す限りの薄暗い、果てない蒼い空間。
全身を包み込む、この独特の浮遊感。
深い海の底、とでも言った感じだろうか。
だがそれならなぜ今私は息ができているのだろうか?
そもそもいつからここを漂っていたのだろうか?
これは現実なのだろうか?それとも夢か、幻か?
色々な疑問が答えを求めて私の頭の中を散り散りになった魚の群れのように忙しなく泳ぎ回る。
しかし不思議と恐怖は感じない。
眼の前の光景はどこか懐かしく、私を優しく抱きしめてくれているようだった。
ここに何もせずに浮かんでいても埒が明かない。
私は思い切ってちょっと冒険してみることにした。
辺りを散策し始めて直ぐに、私はただ海の底にいるわけではないことを悟った。
ここはあまりにも美しすぎるのだ。
時々周囲の水がキラキラと煌めいて見える。
潮の流れそのものまでが鮮やかに模様を描いているかのようだ。
そして気づくと下の方から湧き上がってくる数多の水泡たちが淡く輝き出しているではないか。
私は思わず口に出して尋ねた。
「ここは一体どこなんだい?」
すると、どこからともなく声がした。
「どこだと思う?」
私は辺りを見渡した。案の定どこにも人影はなく、辺りは静寂そのものだった。
だがまだ耳の中にはさっきの声が木霊していた。
「どこだと思う?」
そこで私は目で見る代わりに目を瞑り、耳を澄ませて聴いてみた。
すると、微かだがこんな声が聴こえてきた。
「ここは君が生まれた場所。ここはみんなが生まれた場所」
「いつも心のどこかで懐かしいと思い出す場所」
「おかえりなさい」
バラバラに泳いでいた頭の中の魚たちが徐々に一つの群れにまとまった。
そうか、そういうことか。
最初の生命は海の中で生まれたと聞く。
ここに来て私が懐かしいと感じたのは、私の中のどこかに生まれるよりも前のその頃の記憶が眠っていたからなのだろう。
つまり、ここは誰しもの中にある美しい生まれ故郷、そして私は今その幻を見ているのだ。
そう気づいた途端、目の前の水にぽっかりと穴が空いた。
恐る恐る中を覗くと向こう側には闇ばかり。
だがただの薄暗い陰湿な場所というわけでもなさそうだ。
私はそっと穴の反対側に広がる世界に足を踏み入れた...
急に体が軽くなった。
地面を蹴ったら、このまま上の方へ昇っていってしまいそうだ。
先ほどとは全く違う、新たな感覚が全身を支配した。
しかし、私はそれよりも両目に飛び込んできたものに目を見張った。
辺り一面に濃い靄のようなものが浮かんでいる。
雲だ。
私は海の底から夜空の雲の上にやってきたのだ。
だが、なぜ?
私にとって海が生まれ故郷の幻であるならば、今見ているこれは何なのだろうか?
まるで頭の中にまで雲がかかってしまったかのように、私にはまるで分からなかった。
私はまた尋ねる。
「私は今、何を見ているんだい?」
風が頬を撫でる。
風に乗って声がする。
「これは君が憧れているもの。これはみんなが憧れているもの」
「変わることは有っても、いつも心のどこかに抱いているもの」
「君はいつも願っている、叶え、叶え、と」
徐々に頭の中の雲が晴れてきた。
確かに、誰しも一度は子供の頃、鳥のように空の上、雲の上を飛んでみたいと想うものだ。
ならば私は今皆が心のどこかに抱いている夢を見ている、ということなのだろうか...
そこで目が覚めた。
私はいつも通りの場所に、いつも通り佇んでいた。
だが私の心はいつもとは見違えるほどに澄んでいた。
辛いことがあろうと、願いが届かなかろうと、肩を落とすことはない。
私にはいつでも優しく迎えてくれる故郷と叶えたい夢があるのだから。
幻想 古橋レオン @ACE008-N
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