第43話 私の未来、貴方の命

 


「わ! つよしくん! ちょっとこっち来て下さい!! チンアナゴですよ! チンアナゴ!」


 そんなにチンアナゴってテンション上がるものなのか?


 歓声を上げながら手招きしてくる雛乃にやれやれと思いながらチンアナゴ水槽に向かう。


 5時間にも及んだ手術は無事成功し、雛乃の容態は順調に回復。その後リハビリを経て退院した。


 そして今、この前プレゼントしたチケットを使って俺たちは水族館に来ていた。


 雛乃曰く、水族館デートらしいが……あまり普段と変わらない気がする。


 雛乃と並んで水槽を覗き込むと中にはたくさんのチンアナゴがクネクネと揺れている。


 ふと、隣でチンアナゴを見つめる雛乃の横顔を眺める。


 桜井雛乃。やかましいから忘れてたが、相当可愛いし、モテる女子だ。学年で言ってもカーストトップと言い切れるほどの人気と人脈を持っている。


 そんな女の子と水族館デート。ときめかないはずがない。正直、ここまでくるのに、すでに20回ほど雛乃に対してきめいている。



「……なんか、チンアナゴって思ってた以上にチンコみたいですね」



 俺のときめきを返せ。


 少し前の自分を恥ずかしく思いながら、俺は水槽へ視線を戻した。



「さて、デートが始まって2時間が経とうとしていますが、つよしくん。私に何か言うことがあるんじゃないですか?」



 チンアナゴを見終わって、トンネル水槽を歩いていると立ち止まり、そんなことを言い出した。


 何か言うこと? え、なんだろ。


 俺の考えが伝わったのかとても不満げにくるりとひと回転する。



「今日の服、ちょっと奮発したやつなんですけど……」


 

 なるほど。つまり、ほめろと言うことだな。



「……いい感じじゃないか?」


「……いい感じですか。他には?」


「え、よ、よく似合ってると思うぞ」


「似合ってますか……他には?」



 こいつ、これ以上の感想を求めるというのか? 全く…俺のポキャブラリーのなさを舐めないで欲しい。


 えっと、なんて言えば良いんだろう。くそ、こんなことになるなら千秋から色々と教えてもらうべきだった。


 頑張れ俺、今こそ脳みそをフル回転させろ。


 雛乃が満足する言葉を捻り出せ!!



「…………とても、可愛いと思います」



 俺の脳みそ大したことねぇなぁ、チクショウ……



「ん、まぁいいでしょう」



 なんとか捻り出した俺の言葉に雛乃は満足そうに頷くと再び歩き始めた。


 よかった。どうやら、雛乃にとっての正解の言葉を言えたらしい。



「ご主人、デートで女の子の服装を最初に褒めるのは常識ですよ。私が相手じゃなかったらビンタかまして帰られてますからね」



 マジかよ。デートって難しいんだな。


 リア充イベントの難しさを肌で感じながら、この水族館のメインである大水槽に来た。



「おお……」



 思わず、感嘆の声が出るほど、神秘的空間だった。

 目の前が水と魚の世界に埋め尽くされ、まるで海の中にいるような没入感がある。



「ちょっと、座りましょうか」



 雛乃は海中の岩をモチーフにしたソファーに座りながら、隣をぽんぽんと叩く。


 確かにここまで結構歩いたし、いったん休憩するか。


 雛乃の隣に座り、目の前の水槽を眺める。気持ちよさそうに泳ぐたくさんの種類の魚たち。



「無言じゃつまらないですね……つよしくん、何か楽しい話してください」



 また、急に無茶振りをかましてくる雛乃。


 今日の雛乃はなかなかにめんどくさいことを言ってくる。もしかしたら過去一かもしれない。


 しかし、今日は雛乃の退院祝いなので、できるだけ彼女の要望には応えなければならない。


 ……雛乃が喜びそうな会話か。



 目の前にはたくさんの種類の魚たち。



「あ、今日の晩御飯なににする? アジフライ? サバの味噌? 鯛の蕪蒸し?」


「ご主人、マジですか?」



 あかん。結構ガチな感じだ。これ。



「……はぁ、やれやれ。全く、ご主人、ムードもへったくれもないんですから」



 チンアナゴをチンコみたいと言っていたやつに言われてしまった……



「……心臓の調子は大丈夫か?」


「絶好調です! 拒絶反応とかもないですし! きっと、この心臓と私は相性が抜群なんですよ」



 元気な様子で語る雛乃。


 俺の心臓はきちんと雛乃の為に動き続けているようだ。 



「……ご主人は、どうして私のためにそんなに頑張ってくれたんですか?」


「頑張るって……今回のことか?」



 こくりと頷く雛乃。真剣にこちらを見つめる瞳。水族館の賑やかさが、どこか遠く感じる。


 可哀想だからとか、そんな綺麗な理由じゃないんだけどな……



「……たくさんの機械に繋がれて、段々と近づいてくる死の怯えに耐えながらもドナーが決まるかもしれない。そんな『もしかして』を信じて。寝たきりの人生を消費するように過ごす……雛乃のそんな姿が見たくなかった」



 ただ、自分がそういうことを見たくなかっただけ……そんな自己中心的なエゴ。



「………………」



 それに、あの夜の雛乃の姿が生前の自分と悲しいほどに重なった。


 生前、機械に繋がりながら俺は……ずっと助けを求めてた。なのに、いざ、自分が助けを求められて、何も出来ないのだけは絶対に嫌だったんだ。



「結局は俺の自己満足だったんだよ」


「でも、貴方の自己満足のおかげで私の命は助かりました。それだけは……どうか忘れないで下さいね」



 そう言いながら雛乃が俺の肩に頭を乗せてきた。



「……なんだよ。しんどいのか?」


「いや、別に〜? ただ、つよしくんは私の事が好き過ぎるって思って」


「……これからもコキ使っていくからな。ちゃんと俺のために働けよ」


「ひどい……鬼畜! 悪魔! でもそういう素直じゃないところも好きですよ?」



 雛乃はくすくすと笑いながら、そのまま大水槽を眺め続けた。



 




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2024年12月25日 20:00

エロゲの噛ませキャラに転生した俺は主人公の代わりにヒロイン達をNTRフラグをへし折った結果、ヒロイン達から好かれるようになってしまった件 社畜豚 @itukip

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