第42話 石橋の望み



「……ふぅ」



 祖父源一郎の協力を得る為、石橋の実家に帰って時が経ち、俺は自室の前に立っていた。


 今、帰ってきたのだ。


 いや、ほんとここに帰ってくるのに色々とあったなぁ。色々と。


 この扉もなんだか久しぶりに感じる。まぁ、そう感じるのも無理もないか。



 ここに帰ってくるの2週間ぶりだし。



 スマホを見ると膨大な量のメッセージ。不在着信。


 思わず目を背けたくなる数字を見ながら心の中で弁解する。


 いや、違うんだ。手術とか色々と源一郎にノンストップで物事を進められたから連絡を送っている時間というか、スマホを触ってる余裕がなかったんだ。



 だから、俺は悪くな……いや、俺が悪いよな。



「……いつまでもこのまま突っ立ているわけにもいかないか」

 


 まずは、中に入ってバレないように雛乃の様子を伺ってからトイレに逃げ込むとしよう。


 よし、部屋に入ってからのルートも脳内シュミレーションも完璧だ。


 恐る恐る扉を開けると



「おかえりなさい強くん」



 そこには笑顔の雛乃が。


 バタン。俺は扉を閉じた。


 ……まさか、玄関で出待ちしていたとは。


 どうしたものか頭を悩ませていたら勢いよく扉が開いた。



「おかえりなさい強くん」



 ひぃぃ……同じことを二度も。



「あ、ああ……」


「このメッセージを見なさい」


「……1週間ほど帰ってこない」


「このメッセージはいつのものですか?」


「……2週間前のものです」


「その後何か連絡は?」


「……何もしてません」


「私、心配したんですけど……もしかして強くんに何かあったんじゃないかって」



 目元にある隈が俺をどれほど心配していたかを物語っていた。


「……すいません」


「ほうれんそうの大切さについて、話したことがありましたね」


「……はい」


「今なら、ほうれんそうの大切さわかってくれますか?」


「はい」


「……ならいいです。つよしくんが私のために色々してくれるのは嬉しいですけど、心配なものは心配なんです。以後気をつけるように」


 雛乃の言葉に頷いて、家の中に入った。


 そのままリビングまで歩き、いつもの定位置に座って互いに向き合う。


 ……俺はこれから雛乃に嘘をつく。



「……まずはこれを見てくれ」



 雛乃にある書類を差し出した。



「……え、これって」



 俺が雛乃の渡した書類は心臓の提供意志を示した証明書だった。

 

 石橋家の力を使って作り出した偽の証明書だ。同意者のサインなど事細かに作り込まれており、偽物とは気づかないレベルのもの。



「まさか……ご主人がこの2週間連絡が取れなかったのは」


「ああ、お前の心臓のドナーを探していたんだ」


「え、ど、どうやって……見つけたんですか?」


「石橋家の情報網とか、ありとあらゆる手段を使ってなんとか見つけた」


「なんとかって……そんなこと出来るわけ」


「できる。石橋家の力を使えばな。それはお前も痛いほどわかっているはずだろ?」


「……それは、まぁ……確かに……不可能ではないかもしれませんが……」



 思わず押し黙る雛乃。さすが石橋家、これで納得させることができるのがちょっと怖い。



「……………………」



 差し出した証明書を凝視する雛乃。


 長いようで短い沈黙のあと、小さな声で呟いた。



「……私のためにいろいろな人が一生懸命動いてくれたり、ご主人も相当な無茶をしてくれたんですよね?」


「……まぁ、そこそこ。な」



 俺の言葉に雛乃は真剣な表情で、俺を真っ直ぐ見つめる。


 そして、なにかを決心したように口を開く。



「わかりました。その話、受けさせていただきます。ご主人が与えてくれたチャンスを絶対に無駄になんかしません」


「そうか……」


「それに、私に命を与えてくださる方のためにも……絶対に生きなくちゃですし!」


「そうだな……提供者もそれを望んでいる」



 雛乃の強い意志が籠った瞳を見て、安心しながら頷いた。



「ちょっとじじいと話してくる」



 話は纏ったので、俺は立ち上がりスマホを取り出す。雛乃に一声かけてから、自室に戻り、扉の鍵をかけた。



 俺は雛乃に嘘をついた。


 本当はドナーなんか見つけてない。


 例え、石橋家の力を使ってもそんな都合の展開なんて起こらなかっただろう。


 


 深呼吸をしたあと、源一郎にコールをかける。



「雛乃の承諾を得た。予定通り俺の心臓を雛乃に移植するから準備を進めてくれ」


『ああ、わかった……良いのか? お前の心臓だと伝えず、偽の証明書まで作って雛乃を騙して』


「こういうのは黙ってやるから尊いものなんだよ。それに……俺はあいつには今まで通り笑顔で生きて欲しい。変な罪悪感とかなく」 

 

『……そうか』



 愉快そうな声で源一郎は言った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る