第41話 石橋源一郎



「久しぶりですね。坊ちゃんが屋敷に戻られるのは……」



 運転しているじいやが俺に感慨深そうに言った。


 俺は今、リムジンに乗りながら石橋の実家に向かっている。雛乃を助けるためにはある人物の協力が必要不可欠だからだ。 


 その人物は石橋の祖父、石橋源一郎。


 石油王とか資産王とか多くの異名を持つ……らしい。


 性格は飄々としており、唯我独尊で色々とぶっ飛んでる……らしい。


「最近の坊ちゃんのご活躍を源一郎様が大変喜んであられるようで、今日もぼちゃんとの再会を楽しみにしておりますよ」


「ならいいんだけどな」



 しばらくすると周りの風景が変わってきた。


 大きな一軒家が立ち並んでいる。いわゆるここは高級住宅街……というものなんだろう。


 以前訪れた麗華の家ような家しかない。止まっている車も外車や高級車ばかりで、すれ違う人もなんだか風格というか、オーラが違う。


 自分とは縁がなさそうな世界だなと思いつつ、街並みを眺めていると、大きな一軒家が立ち並んでいる区域の一画に圧倒的な存在感を放つ屋敷についた。



 大きな門が開かれ、リムジンは進む。



 綺麗に整えられた庭、豪華な噴水……なんかここだけ世界観が違うみたいだ。



 車を降り、屋敷に入り、じいやにある一室へと案内される。



「おお、強!! 久しぶりじゃのぉ!! 元気にしとったか!!」



 サングラスにアロハシャツに短パンを着た爺さんがガハハと笑っている。


 目の前にいる爺さんこそ、石橋財閥の当主石橋源一郎。その人だ。



「なんだその格好は……」


「このあと、ちょっとハワイに行くもんでな! お前も来るか? どっかの名家の当主と現地集合でサーフィン勝負するんじゃが、お前も参加するか?」


「い、いや、遠慮しておく……今日は頼み事があってきたんだ」


「ほう……お主がワシに? なんじゃ?」


「雛乃の事なんだが……」


「雛乃の事? はっ!? もしかして……雛乃との子が? ま、まさか……ワシにもついに初孫が!?」


「いや、違う」


「なんじゃ、違うのか……つまらん。年頃の男女一つ屋根だというのに、そういう雰囲気にならんのか?」


「いやそんな雰囲気なんか……」



 昨日なったわ……



「その反応……ふ、わしの初孫もそう遠くないようじゃな……」


「だから、違うって……というか、なんでそんな考えになるんだよ……俺と雛乃だぞ?」


「だって、お主ら幼馴染みじゃろ」



 雛乃の言っていた幼馴染み設定、マジだった。



「……で、頼みごとというのは?」


「雛乃の心臓について」


「ああ、その件か……一つ。言っておく。人工心臓を手に入れろと言われてもわしは断るぞ」


「……理由は?」


「まず、一つ。人工心臓はとても高い。まぁ、入手自体が困難なんじゃから相応の金額がする」


「……石橋家でも手に入らないものものなのか?」


「いや、別に? 手に入れようとすれば手に入られる」



 マジかよ……石橋家って一体なんなの? ちょっと怖くなってきたんだけど。



「2つが移植した後の維持費……メンテナンス費もかかる」


「つまり……金額の問題か?」


「いいや? 例えば、孫であるお主や息子……家族になら話は別じゃが……少なくともわしにとって雛乃は数多くいる雇いメイドの一人でしかない。そんなあかの他人にそこまでする気が起きん」


「………………」


「そして何より、ワシの力を使って雛乃を助けようとする他力本願なところがつまらん。どうしても、雛乃を助けたいのなら、お前自身がどうにかしろ。そのための手伝いなら協力してやる」



 結局のところ、源一郎が言いたいのはつまらないから協力しない。だ。

 

 なんだよその思考回路。頭のネジ外れてるんじゃないのか?

 


「……話は終わりじゃな。どうじゃ? このあと一緒に飯でもー」


「その言葉を聞いて安心した」



 このじいさんは人工移植の金を貸してくれとか、そんな普通のお願いなんて全て「つまらない」と跳ね返すだろう。


 だからこそ、俺が今からする提案は源一郎に刺さると確信した。



「……なに?」



 源一郎の表情が変わる。



「最初から、あんたに雛乃を助けて欲しいだなんて思ってねーよ。雛乃は俺自身が助けるつもりだ」


「ほう。何か考えがあるのか?」



「俺の心臓を雛乃に移植する」



 俺の考えを伝えると源一郎は心底驚いたように目を見開いた。



「ふ、ふふ……フハハハハハハハ!!」



 実に愉快そうに悪役みたいな笑い声をあげる源一郎。



「なるほどな……だから自分用の人工心臓を用意してくれと。そういう訳だな?」


「ああ、そうだ。それと手術の準備とか色々と手伝って欲しい」


「さすが我が孫……なかなかぶっ飛んでいるな。このわしでもその頼みは読めんかったぞ。しかし……お前、それ相応の覚悟ができているんだろうな? ここから先は責任が伴うぞ。慎重に答えろ」


「覚悟がなきゃ、こんな提案はしてない。手を貸してくれ。じいちゃん」



 源一郎が俺の目をじっと見つめる。



「……いいじゃろう。可愛い孫の願いじゃ。付き合ってやるとしよう。言っておくが、お前が自己を犠牲にしようとしているから雛乃のために人工心臓を用意する……そんなつまらん期待は捨てろよ?」



 ジロリと威圧的な眼差しで俺の見つめる源一郎。



「ああ、わかってる」


「後戻りはできんぞ」


「もう、覚悟は決まってる」


「よし! そうと決まれば行動に移す! 強! 準備せい!!」


「え、今から名家の当主とハワイでサーフィン勝負なんじゃないのか?」


「そんなもんブッチするに決まってるじゃろ!」


「えぇ……」


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