第40話 雛乃の願い(後編)



「つよしくん。私としよ?」



 しよってあれか? エッチなことを? えっと、つまり雛乃は俺とエッチをしたいってこと?



 ……はぁ、なるほど、エッチかぁ。


 そっか、そっかぁ……


 ………………えっ!? エッチ!? 今ここで!? 俺と雛乃が!?


 なんでそんな……まるでエロゲーみたいな展開が起こってるんだ?


 お、落ち着け…… 雛乃が言っていただろ……夜になったら布団で寝転んでいるところにいつもとは違う気合を入れた格好で押し倒して……みたいな展開エッチなゲームでよくあるやつ……あれ? え?


 ぐるぐると雛乃の言葉が頭を回っていた。



「……したくないんですか? 私と」



 いや、あの。まじで待ってほしい。


 さっきまで寿命がーとかシリアスな話をしていたのになんで一気にエッチな話になったんだ?


 急展開すぎて、色々と処理が追いついてない。頭がどうにかなりそうだ。



「雛乃……落ち着いてくれ。そして、なにがどうしてそうなったのか説明してくれ。この急展開に脳みそが追いついていない」



 そう訴えると納得したのか「むう」といいながら雛乃が説明を始める。



「……私、年末には入院して延命処置を受ける予定なんですよ。ですから、残された時間やりたいことをしようかなって」



 やりたいこと……



「わ、私だって、女の子ですから。エッチなことにはある程度の関心があるんです」



 何も言わない俺に対して恥ずかしがりながら目を逸らす雛乃。



「い、一度くらいは……普通の女の子として経験してみたいというか……つまり……そ、そういうことです」



 そ、そういうことなのか……



「なるほど……わからんが、わかった。でも、なんで俺なんだ?」


「……今のご主人となら、キスとかエッチしても、いやじゃないというか……」



 うつむく雛乃の表情は見えない。



「だから、私を助けてくださいなんて言わない。その代わりに……私にたくさんの思い出を下さい。死んじゃう時に楽しかったなぁって思えるような。そんな思い出を」



 あまりにも、真っ直ぐな瞳、儚げな表情。思わず逸らしたくなるほどに。


 まるで昔の自分を見ているようだ。


 俺は、選択しなければならない。



 クズ島NTRバッドエンド。


 ヤリ田NTRバッドエンド。


 粗暴NTRバッドエンド。



 今までは、俺は……あくまで当て馬キャラとして第三者の立場からヒロイン達をこれらのNTRフラグから守ってきた。


 だけど、今回は違う。


 俺は当事者で、中心人物で……


 俺の選択次第で『石橋NTRバッドエンド』が確定する。


 これまでの選択とは比較にならないほど、重たい選択。


 俺は雛乃の願いを


 受け入れるのか。

 

 受け入れないのか。



「つよし……くん」



 俺は、どの選択をすれば雛乃を救えるのか理解していた。


 だけど、この選択には覚悟が必要で……


 本当なら、即決出来る筈なんかないのに。時間が欲しいのに。


 でも、現実は俺なんかを待ってはくれない。



「……それは、出来ない」



 そう言うと、一瞬目を見開いて、困ったように微笑んだ。



「あはは……これでも結構勇気出したんですけどー」


「……お前、何にもわかってないだろ」


「……え」


 

 怒気をはらんだ俺の声に雛乃がびくりと怯えた。



「俺の言った言葉、全然伝わってない。何がなんでも助けてやるって言っただろ。なのに自分がもう死ぬ前提で話を進めてるんじゃねーよ」


「だって……!!」


「俺は。お前には……そういう大事なことはイヤじゃない相手じゃなくて、ちゃんと好きな相手として欲しい。もっと自分を大切にして欲しい」 



 雛乃の頬に軽く、手のひらを添える。



「何度でも言ってやる。何がなんでも助ける。だから俺に遠慮なんかすんな」



 雛乃の唇が細かく震え出す。必死に涙を堪えていた。



「言ってくれ。ヤケクソなことじゃなくて……最初に言った。本当の願いを」


「……、……っ!」



 雛乃の目から、大粒の涙が一粒流れた。



「私、死にたくないですっ! 助けて下さい!」


「よしっ!」



 堪えきれなくなったのか、涙をボロボロとこぼれだす雛乃の頭をくしゃっと撫でる。


 きっと、俺の選択は間違いではないのだろう。雛乃の涙を見て強くそう思った。 




 ………………どのくらい時間が経ったのだろう。


 少し落ち着いたのか雛乃はしゃくりをあげながら手の甲で涙を拭うとくわっと目を見張った。



「……寝ます! おやすみなさい!」


「ああ!! おやすみ……は? もしかしてここで寝る気か? ……あ、はい。隣どうぞ……え、抱きしめろ? 流石にそれは……あ、いえ。抱きしめさせて頂きます……え、寝付くまで頭を撫でろ? いや、それは……あ、すいません。撫でさせて頂きます」


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