第2話 ”カワイミナ”


もうすっかり世界がぼんやりするようになった。

目が見えづらく、耳が遠く、口も上手く回らない。

世界と上手く接続していない。

そんな感覚。

それが単なる老化だって言うんだから、先輩方には頭が上がらない。

もう死んだほうがマシじゃないかって。

そう思ったのは一度や二度じゃない。

でも”やろう”と思ったことはまだ残ってる。

どこまで生きれるか、明日の自分に挑戦だ。


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私の人生は単調ではなかったと思う。

思春期の時、両親を失い養護施設で育ち、高校卒業と共に営業職についた。

才能があったのか、熱意が伝わったのか、そこそこ上手く行った。

そこで集めた資金を元に小さいお店をこさえて、ギリギリ食えるくらいに稼いだ。

実はお店を多いときで6個持ってたのはちょっとした自慢だ。

でももう最後の1つ。

もう、蓄えた資金と年金で暮らせるから、完璧な趣味の、最後の家。

それがこの喫茶店だった。

ただ、時代の流れで、純喫茶なんて人がこないから、コ◯ダのマネをしてデカ盛りメニューを推しにしたら、そこそこ固定客がついた。

近所での評判も知っている。

”今日コ◯ダじゃないなと思ったら行く店”だ。

狙い通りだけど、ほぼまんま伝わってるから、本格的にコ◯ダに潰されたらどうしようとちょっとひやひやしている。

昔あったス◯バ珈琲ならぬ◯ナバ珈琲みたいなものだからぎり許してほしい。

そんなお店に今日もお客さんがやってきた。

初めて見る、かわいらしいお嬢さん。


「いらっしゃい」

「老けたね。タクミくん」

はて、自分はお店を複数持っていたから知り合いも多い。

だれかの子供か、お孫さんか。

誰だろう。

「ふふ。怒らないんだね」

「面食らいってはいますよ」

「ふうん」

彼女は確かめるみたいに目を細めた。

どこかで会ったような気がした。

昔、どこかで会ったような。

昔の知り合いの娘さんか?

「ねえ、今ってタクミくんと話もいい感じ?」

「ええ、他にお客さんもおりませんので、私でよければ」

「じゃあ、珈琲飲みながら話そうよ」

「私は業務中ですので」

「まあまあ、硬いことは言わず」

「……まあ、たまにはいいかもしれません」

「そうそう素直な方がかわいいよ」

この歳になるとなかなか”かわいい”という評価はもらわない。

すごく背伸びをした感じの、後で振り返ると寝室でゴロゴロするようなことを言っている彼女に、傷口を広げないように静かに従った。

若くて勢いのある人には基本的に敵わない。

年の功で知っていた。


「ここ、長いの?」

「ええ、私が50の時にはじめてもう36年ですか。早いものです」

「だよね。割と30年くらいはあっという間だよね」

「30歳には見えませんが」

「全長はそんくらいなの」

全長?

「なにかの比喩的な。本をたくさん読んだからその分の人生経験をしている、みたいな話ですか?」

「面白いこと言うね。本読んでも人生にカウントしなくない?」

「たしかに」

ではどういう意味だろう?

「まあ人生の全長の話はとりあえず置いといてさ。私に言う事ないの?」

「初対面なので、”他にご注文はありませんか?この小豆トーストとかいかがですか?”ですかね」

「意外に商魂たくましい」

「がめつくないと生きていけないので」

「嘘だぁ~~~」

カラカラと笑う。笑うところだったかな?

「ま、それはいいとして。私ね。16歳になったんだ」

「なるほど誕生日おめでとうございます」

「ああ、ごめんね。誕生日は5月なんだ」

「今10月ですが?」

「うん。なんか覚えてない?16」

「ラッキーナンバー的な?」

「ある意味」

「うーん」

なんだろう?まったく思い浮かばない。

「人の手握ったのに」

「初対面ですが」

「大切って言った」

「虚言もいいところです」

「……キスもした」

「はは。御冗談を」

「ごめん。最後のだけ嘘」

「いえ、全部ウソですよ?」

「嘘じゃないんだなぁこれが」

「うーん」

なかなかに変な人だ。疲れてるときだったら相手したくないかもしれない。

「ほら、ヒント並べて思い出してよ。私は全長30歳で、16歳になって、手を握って”大切な人”だよ」

いやいや、余計意味がわからない。

と思ったけど、”大切な人”がなんだか記憶の奥を刺激した。

なんだっけ。昔、なにか。

……、いや、でも。

14歳、16歳。30歳。そういうこと?

「ミナちゃん?」

「……うん。久しぶりタクミくん」

「……おかえり。ミナちゃん」


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穏やかな終わりに 駄文製造機X @ponpo15

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