アスミチが「知りたがり」になった日のできごと

紅戸ベニ

第1話(1話完結)


『アスミチが「知りたがり」になった日のできごと』



「アスミチは高いところから落ちたことがある。だから、高いところに登らないようにな」

 と、アスミチはパパから言われました。アスミチは小学四年生です。

 大型連休の前に、パパからこのように言われました。きっと、高いところに登ったらまた落ちるかもしれないと、不安に思われているのでしょう。

 それに続けて、パパはおもしろそうに、メガネの奥で目を細めて言います。

「落ちたのは、もう三年くらい前になるよな。思い出すなあ、アスミチが見たおもしろい夢。医者から帰ったとたん、ほっとしすぎて寝こんで……」

 なんでも、そのときにアスミチは一日中眠って、たくさんの夢を見たのだそうです。けれど、アスミチ自身はもうその夢を覚えていません。夢のことは、目が覚めると長くおぼえていられないものですよね。

 そこで、ママがその続きを話し始めました。

「パパにそっくりで、夢でもテレビ番組のヒーローもののことを考えてるのね、アスミチは。目が覚めてから、まだ夢のことだと気づかないみたいで、ピカピカの光る自動車みたいに乗れる虫はどこ? とか、ぼくの白い本を探してきて、とか、氷の浮かぶ海にまた行きたいとか、いろいろ話してたよね」

 アスミチは、自分ではおぼえていないので、そのときの話をパパやママから聞くのが好きでした。パパとママは、テレビで見た景色を夢の中でごちゃまぜにして見たのだろうと言っていました。きっとそうなのだと思いつつ、アスミチはできればその夢の続きを見てみたかったのです。四年生になった今でも、夢の続きを見ることはできていません。

 小学一年生といえば、アスミチはまだ本を読むことがなかったころです。

 ちょうどその夢を見たころに、あるきっかけがあって、図鑑や科学の読み物をたくさん読むようになりました。

 「テレビ番組じゃなくて、本で知ったことを夢で見たのかもしれないなあ」と、アスミチは考えることもありました。


 だいたい三年前くらいのこと。

 小学一年生のときに、アスミチは「知りたがり」になりました。本を手当たり次第に読み、しょっちゅう他人にうんちくを語っては、けむたがられる。それが今のアスミチです。そんな今のアスミチが生まれたのは、次のようなできごとがあったからなのです。


 アスミチは小さいころからテレビのヒーロー番組『アルティメット人間』シリーズが大好きです。

 この『アルティメット人間』シリーズは、エスエフ(空想科学)の作品で、アスミチもパパもいちばん好きなテレビ番組でした。

『サルとヒトが分かれたきっかけは宇宙からなぞの生き物(宇宙人)がやってきたおかげである。ヒトに知恵≪ちえ≫をさずけた』

 という設定≪せってい≫です。

 そして、

『なぞの宇宙人によって進化させられたばかりのヒトが、今ではだれも持っていないような、すごい能力≪のうりょく≫を持っていた。そのうちの一人がなんらかの理由で今の世界によみがえり、今の地球人のチームとともに怪獣≪かいじゅう≫や宇宙人から、地球人と地球のすべての生命を守る』。

 という内容でした。

 アスミチのパパもおじいちゃんも、このシリーズが好きで、アスミチも毎日ビデオを見ては怪獣や宇宙人をおぼえました。さらに、子どもむけのアルティメット人間について書かれた本もたくさんそろえていました。

 ビデオを見終わったあとも、ねる前も、アスミチはママに文字を教わりながら、アルティメット人間の本を詠みました。毎日読んだので、むずかしい漢字があっても、書かれた文ぜんぶをおぼえてしまったので読めるようになりました。

 これが、アスミチが読書が好きになった、半分の理由です。

 アスミチの話し相手は、ママでした。アルティメット人間シリーズに詳しくないママに、

「ママ、この怪獣の名前はショック・ザ・オオコンニャックといって、植物の怪獣なんだ」

 と教えると、

「すごいね!アスミチは物知りだね」

 とほめてもらえるのです。

 ほかの小学一年生が読めない漢字も読めたり、ママにほめてもらえることで、アスミチはすっかりとくいになっていました。

 夏休みがやってきました。

 となりの町のデパートで『アルティメット人間コーナー』という会場がもうけられました。夏休みに、アスミチのようなファンの子どもにデパートに来てもらうために、とくべつに開かれたイベントです。

 アスミチはママと出かけて、イベントを楽しみました。人間の大きさのビル、電車、樹木≪じゅもく≫のジオラマ模型≪もけい≫、そこの前に置かれている怪獣たち、アルティメット人間のリアルなフィギュア。

 なにもかもが楽しくて、大いに満足しました。

 しかし、そこでアスミチはひとつ大きな心のダメージを受けます。

 少し年上の男の子とジオラマを見ていて、話しかけられて、同じくらいアルティメット人間にくわしい人に出会った、とおたがいによろこんだとき。

 年上の子だけに、アスミチよりもくわしく知っていることもありました。けれど、アスミチが強く心にダメージをうけたのは、ただくわしく知っているからではなかったのです。

 その男の子は、べつにじまんそうに言ったわけではありません。話し相手になったアスミチともっと楽しく会話をしたくて、言ったのです。

「ショック・ザ・オオコンニャックは、ショクダイオオコンニャクという植物をもとに考えたって言われてるよね」

 と。

 アスミチだって知っていました。アルティメット人間シリーズは、だれかが考えて創作≪そうさく≫したお話だということくらいは。そのことは理解していましたが、アイデアの元となる植物がこの世のどこかにちゃんとあるということは考えもしていませんでした。

 そして、自分がまったく思いつきもしなかったことが、その男の子や、たぶんパパや、大人たちには当たり前のことだったんだと、気づいてしまったのです。

「どんなに怪獣や宇宙人をおぼえても、その元となったものをぼくは少しも知らなかったんだ……」

 大人にしてみれば、アスミチがとくいになって話すアルティメット人間のことは、本に書いてあるそのままで、いかにも子どもっぽいと感じたことでしょう。アスミチは、急にとてもはずかしくなりました。

 年上の男の子とさよならしてから、アスミチはママに聞いてみました。

 「ママ、ショクダイオオコンニャクという植物を知ってる?」

 と。するとママは

 「知ってるわよ。ちょっと前に日本の植物園で開花が見られたというニュースになっていたんじゃなかったかしら」と答えました。ママもその植物を知っていたのです……。


 その日、アスミチはデパートの書店でママにおねがいをしました。

 「どうしても買ってほしい。勉強にもやくに立つから」

 と図鑑≪ずかん≫をいくつもいくつも買ってもらいました。植物、動物、魚、鳥……。

 怪獣の本や、アルティメット人間の本は、イベント会場に並んでいて、アスミチが持っていないのもありました。しかしアスミチはママにねだりませんでした。

 

 アスミチは、たくさん詠みました。図鑑を読んでは書かれていたことを母に語ります。さらにアスミチの「知りたがり」は広がっていきました。図鑑だけではなく、さまざまな本を読むようになりました。

 学習まんがも、おこづかいで買いました。でもしばらくすると父と母がお金を出してくれるようになりました。

 父は学習まんがを自分でも読んで、

「アスミチ、ロケットの仕組みがわかると、アルティメット人間シリーズで人間が宇宙船を作ったくろうがわかる気がするよな」

 と、うれしそうに話しかけてくれました。アスミチは心のおくのほうがあったかくなり、

「うん。酸素≪さんそ≫も燃料≪ねんりょう≫もロケットにぜんぶ積みこんでいかないといけないし、たいへんだよね」

 テレビに見えるものが、ただかっこいだけではない、人間の努力やがんばりを見せてくれているように思えるようになったのです。

 アスミチは、知識を仕入れては母に話します。

「お母さん、図鑑に書いてあったんだけどね……」

 と、図鑑からの受け売りだということをきちんと言うようにしながら。

 植物のこと。

 動物のこと。

 鳥のこと。

 魚のこと。

 ほかにも、たくさん。

 母は前と変わらずにほほえみながら言ってくれます。

 「アスミチは、ほんとうによく知っているのね」

 と。

 

 (おわり)


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